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第41話 小学生じゃあるまいし、夏休みの宿題は計画的に手をつけようよ

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「──これはどういうことだよ!?」

「どうしたもこうしたもないよ」


 僕は彼女から、お家デートしようと言われ、緊張しながらも、ピンクの絵柄で統一された場所に足を踏み入れる。


 花の匂いらしき甘い香りに、きちんと片付けられたゲームソフトや、漫画が多めな書棚や、年季の入った勉強机、そして奥には彼女が、無防備に羽を休める神聖な寝床。


「いや、普通、女の子から自分の部屋を紹介されたら、それなりに期待しちゃうよね」

「えっ? 今日は雨が降ってるし、ハルの部屋で、お勉強な日でしょ?」


 僕らは机の前の床に置かれた、ガラステーブルで立ち止まり、春子はるこが持ってきた紫の座布団を敷くと、ゆっくりと腰を下ろした。

 それから春子は、勉強机の戸棚に強引に押し込んでいた書類の束を、手際よくテーブルに並べていく。


 山積みにされた背表紙からして、今まで溜め込んでいた宿題らしい。

 何だ、ここで秘密の話でもあるのかと思った。

 僕のドキドキを返してよね。


「気体が何かな。志貴野しきのお兄ちゃん。ガソリーンは蒸発して気体になっても、燃えるんだよね?」

「まあ、萌えの要素は、どこにもないんだけど?」


 人は車やバイクに恋い焦がれても、すぐに気体になって、消えてしまうガソリンには恋はしない。


「もえって、さっき呟いてたドキドキ要素から?」

「それは僕のひとりごと」

「ふーん……まあいいか。ハルも忙しいし」


 僕の心の叫びを追求せず、ハルは高校生には場違いな、子供用の絵日記にペンを走らす。


「よっしゃー! 早くも一番の難関の自由研究をクリア出来そうだよ!」

「あのさあ、僕の話を聞いてる?」

「うん。この二つの耳でしかと聞いてるよ」


 もともと耳は二つなんだけどね。

 見たところハルは口だけで、話は聞き流した感じだけど。


「嘘つけ、どうせ筒抜けでしょ」

「うん、お風呂にはちゃんと入るから。ねえ、お兄ちゃん、ここの図形の公式分かる?」

「えっと、ここはXを代入して……」

「ほおほお、そうなんだー♪」


 白いTシャツに青の短パンルックなハルが、僕の肩から身を乗り出して、難しい数式に頭を捻る。

 ヤベエ、その角度だったら、アダルトな胸の隙間がもろみえに。


「おわっ、近過ぎだってば!?」

「えっ、でもこうして見ないと、教科書一緒に読めないよ?」

「だからといって、肩同士を並べるかな」


 僕はハルの肩から身を離して、反対側に座り直す。


 別に仲の良い恋人同士でもないんだ。

 これくらいの距離感はあって当然……。


「もうお兄ちゃんってば、贅沢だよね」

「そういう問題じゃないから」

「はいはい。折角せっかく、お気に入りで動きやすい服で誘惑してみたのに……」


 宿題をするだけなのに、動きやすいとか何なのさ。

 危うく、誘惑されそうにはなったけど。


 積極的に迫る女の子って、話しやすくて悪くはないけど、過去の経験上、どうも苦手意識があるんだよね……。


 かと言って、向こうからは永遠と話さずに、こちらの反応を待ってるタイプとかも……。

 何か勘違いしてないかな。

 基本、女性に不慣れな一般的な野郎は、そんなに話し上手じゃないんだよ。


「それで何で、そんなにも急に落ち込むのさ?」

「いいえ、何でもないでーす。鈍感さん」


 さっきまでお日様のように元気だった、ハルの表情が曇ってきて……。

 女の子にも色々あるんだね。


「志貴野センセー、状況はどんな感じかな?」

「あのさ……、賢司けんじ、明らかに不法侵入だよね?」

「何の。お前さんのおじさんからの許可ならとったぞ。親の了承を得たから、大丈夫だろ」


 賢司が狂ったように歓喜しながら、ハルの部屋に侵入し、ベッドの上へとダイブする。

 僕はそれはマズイだろと呟き、枕代わりの茶色のクマに抱きつく大の男を、引き剥がしにかかる。


 すると賢司のポケットからスマホが転がり、すぐさま拾った画面から、二人のやり取りによるふきだしが嫌でも目に入る。

 もう一方の見覚えのある一升瓶の酒と、アンティークな酒場で置かれたアイコンは間違いなく、あの人そのもので……。


「さりげなくLINAで親父と連絡してるし……」

「志貴野、人間関係に置いて、報連相は大事だぞ」

「陰キャにはハードル高いよ!!」


 そもそも人前で話すことにも勇気があるし、みんなが一律に好意的でもないし、中にはオタクが話しかけないでよ、ウザいからという感情の人もいるんだ。


「ねえ、賢司お兄ちゃん。このメソボタミア文明を治めた国王の名前分かる?」

「簡単さ、銀河メッシュ二世だろ」

「……いやいや」


 賢司の答えが微妙に違うことを、ハルに教えてあげたいけど、あれだけ自慢げに解答を出されると、何も返す言葉が見つからない。


「もう賢司は自分の宿題やってよ」

「そうかあ、この時代から、すでにアイドルは生まれていたんだね」

「ハルも鵜呑みにしないでよ」


 きびだんごも桃鉄のゲームでもない、銀河アイドル伝説に反応したハルが、分厚い眼鏡をかけて、宿題に目を通す。


「所でお兄ちゃん。さっき交わした約束、本当かな。この宿題が終わったら、どんな願いも一つだけ聞いてあげるって」

「うん。そうでもしないとモチベが続かないでしょ」

「だよね。ハルもそう思う」


 ハルが話題のJPOPを鼻歌で歌いながら、大学ノートに答えを書き写している。

 恐らく宿題を解いた部分を、再度利用出来るように……本当に真面目な四女だね。


「フッ、志貴野は、餅に餅屋を実践しているらしい」

「賢司、そのモチじゃないから」

「何だ、巾着袋に見せかけて、ポチ袋に入れるのか。中々の腕前だな」

「ポチ袋に餅は入れないよ」


 袋の中身が重いから、さぞかし小銭がたっぷり入ってるんだろう。


 ウキウキ気分で開けたら、中身はお餅でがっかり。

 おい、育ち盛りの子供にシマウマではなく、トラウマを植えつけない。

 トラウマは内容によっては、一生かけても癒えることがない傷にもなるんだよ。


「いやしかし、あれほど女子が苦手で内気な少年が、ここまで心を開くとは。父さんは嬉しいよ。ミラクルヒャッハー!」

「……僕の親父の口真似はいいから、賢司も自分の宿題に集中」

「アイアイ集中合意ー!」


 賢司が手持ちのリュックから宿題の束を出した後、『あまりの重みに疲れてしまったぜ』と畳にごろ寝する。

 やる気が無いなら、はなっから来ないでよ。


「お兄ちゃん、この問題、分からない。ちょっと手伝って」

「はいはい、現国だね」


 普段から本をよく読むハルでも分からない、国語の問題。

 国語はこれといった完全な正解が少なく、ひっかけや意地悪な問題も多いため、公式が分かれば解ける理数系より難しい。


「では現時刻をもって、今日の宿題を中断させていただきやす」

「おーい? 今日で夏休みも終わりだよー!!」


 明日から二学期が始まるのに、ハルも賢司も夏休みの宿題を今日まで溜め込んで、何をしてたんだよ。

 小学生じゃあるまいし、夏休みの宿題は計画的に手をつけようよ。

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