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第42話 ハルとは血が繋がったお兄ちゃんなんだよね?

◇◆◇◆


「──ねえ、シキちゃん。私のこと、覚えてる?」

「はあ? 君とは初対面だろう。いきなり会うなり、何を言ってるのさ?」


 黒髪ロングの美少女が、突然変なことを言ってきて、思わず面食らう。


「そうだよね。あの頃、過ごした記憶はもう……」

「ちょっと、何でいきなり泣くのさ?」

「私じゃあ、シキちゃんの力になれなかった……」

「あー、だから泣かないでよ。ほら、このハンカチで涙を拭いて」


 時刻は昼の13時、広々とした市内の総合病院の面会室にて、この女の子と面会中だけど……。

 さっきから僕を見るなり、泣きじゃくるばかりで一向に話が進まない。


「ありがとう。シキちゃんは相変わらず優しいね」

「えーと、女の子は弱い存在だから、優しくしてあげろって親父が……」  


 白い布のハンカチを女の子に握らせ、歯の浮くような台詞を言う。

 だって女の子に泣いてる顔は似合わないし、いつも笑っていてほしいから。


「フフッ、照れちゃて。シキちゃんは可愛いね」

「シキちゃんは止めてよ。僕には……」

「うん、志貴野しきのくん。私の名前は秋星あきほ。これからもよろしくね」


 ちゃん付けはくすぐったいので、他の呼び名を……と提案したけど、それどころか、遠慮なしのタメ口になったので、僕のナイーブな心が少し傷ついた。


 だけど、女の子は、僕の暗い気持ちも知らず、太陽のようにパアーと明るい表情になり、花柄ケースのスマホを手持ちのミニバッグから取り出す。

 うっ、この流れはもしや、陰キャな僕が苦手な、例の陽キャイベントか?


「あっ、お近づきのしるしにLI○Eでもフリフリ交換しようか。ロビーにスマホ預けてるんでしょ」

「うん……えっ、女の子とおおおー!?」

「アハハ。何叫んでるの。固くなりすぎw」


 LI○Eのお友達登録は、親父と賢司けんじの二人以外は、誰も登録していない。

 ましてやこんな美少女とか、もってのほかだ。


 しかし、何で今日が初対面のはずなのに、こんなに親しげなんだろう。

 すでに前世が一緒で、恋仲から夫婦になったパターンかな?


 まあ、そんな漫画やゲームみたいなことがあったら、人生苦労はしないよね──。


****


「……まさかあんな夢を見るとはな」


 ──僕はいつもの自室のベッドから身を起こし、大きく伸びをする。


 時計の時間は朝の6時半。

 目覚ましよりも30分は早い朝だったし、登校までニ時間は余裕にある。


「シキノン、起きてるかーい?」

「言われなくても起きたとこ」


 ドアと廊下を挟んだリビングから、夏希なつきの大きな声が響き、僕は少し身をすくめる。

 近所から文句が来ても、僕は逃げの選択だからね。


「そうか。ラー油レディー!」


『ダッダッダッダッダッー!!』


 ラー油は餃子にかけるものだろと、小言で僕が漏らす中、廊下を駆ける激しい音が、僕の部屋に振動として伝わってくる。

 床が木の素材で作られているから、底が抜けそうな感はあったけど。

 夏希は軽そうだから、問題ないかな。


「ニュウガクシキナノニショクパンキラシ、ゴハンヲノドニツマラセテ、ダイギョウテンカラノテンシンハンキィィークゥゥー!!」


 ダンッ! という床を跳ねる音から、僕の部屋のドアにぶつかる、容赦ない衝撃音。


『ガツーン!!』

「はぎゃっ!?」


 だけど、ドアは頑丈で、あの時のジャンプ蹴りのように壊れることはない。

 修理業者に頼んで、ついでに防犯対策として、ドアの内部に鉄の板を入れてもらったからだ。


「どうした夏希、いつもの威勢はどこへいったのやら?」

「イタタ……純潔な乙女をハメやがったなあー!!」


 夏希がドアをゆっくりと開け、ドアを蹴った方の足をびっこしながら、僕を真犯人として指さすけど、ミステリーじゃないから。

 それに最近の高校生は意外にも大人だし、もう純潔な歳でもないでしょ。


「誤解を生むような発言はしないでよ」

「五回も何も、夏希の熱い想いを今回も平然と受け止めて……」


 あのさあ、受け止めた側が、何とも思ってない時点でアウトなんじゃあ。

 とんだ誤解だよね。


「もう……朝っぱらから何の騒ぎよ?」

「おおっ、美冬みふゆお姉、聞いてくれ。実はシキノン自らが熱い棒を仕掛けてきて……」

「アンタねえ、何度言わすのよ。女なら誰でも見境なしに襲うわけ? あんまりがっつくようなら、この家から出禁にするわよ!」


 白いシャツと紺のプリーツスカートだけの夏希とは違い、ちゃっかりと紺の冬用のセーラ服を着込んだ美冬が、ご飯粒が付いたしゃもじを持ったまま、僕に忠告する。


「いや、ここ、僕の家なんだけど……」

「アンタ、この気に及んでふざける気なの! 今ではアタシたちの家でもあるのよ!」

「シキノンはレゲエーファーストという言葉を知らない」

「何、その単語、初耳なんだけど……」


 枕元に置いていたスマホで言葉をググってみても、そのファーストの意味はヒットさえもしない。

 やっぱりどう考えても語源はレディーファーストの方だよね?


「ねえねえ、みんな揃ってどうしたの?」

「おおっ、聞いてくれ、秋星お姉も。実はシキノンが……かくかくしかじか」


 今までの出来事を、茶色のパジャマ姿の秋星の耳に吹き込む夏希。

 僕にはカクカク(ポリゴン?)と、シカとしか聞こえないけど……何かの暗号かな。


「はむぅ。そんなに熱いそうめんなら、流水によくさらしなさいな」


 今日から9月で二学期なのに、外れたメニューを出してくる秋星。


「うむ。もう秋だけど、食べたい気分でもある」

「そう、今も食べ頃なのれふよ。ムニャムニャzzz」


 秋の味覚といえば、栗とか松茸じゃないのかなって……あれ、目を瞑ったまま、秋星が地べたに崩れ落ちたよ。


「さりげなく寝てるし……」

「秋星は朝弱い日が多いからね」


 それプラス低血圧だからねと、慣れた手つきで秋星を肩に担ぐ美冬。

 なるほど、パジャマの状態だったのも分かる気がするね。


「そうそう。志貴野とのデートの前日は早めに寝て、次の日に向けて、体調を整えてるらしいぜ」

「……賢司、今回もタイミングのいい登場だね」

「まあな、相手にとって不足はない」

「賢司……」

「フッ。スーパーマンの登場に感涙したか。好きなだけ俺の胸で泣くといい」


 突然の親友の来訪に顔を俯ける僕。

 この学ランな男は、僕らの会話に乱入してきて、毎度ながら、置かれた立場をひっくり返すんだ。

 いい意味で言えば、僕らを和ませてくれるムードメーカーなんだけどね。


「さあさ、ここで強制確保ー!!」

「オッケーですわ!」

「あひっ!?」


 三姉妹が、賢司の動きを押さえる中、僕は賢司の後ろに回り込み、彼の両手を縄で縛る。


「なっ、お前ら、これは何のつもりだよ!?」

「それはこっちの台詞だよ、賢司。いい加減、ごっこ遊びは終わりだよ」


 僕は毎回、不思議に感じていたんだ。

 いつも絶妙なタイミングで輪に入ってくる、この親友……いや、この男の存在を。


「アハハッ、お前、ほんと面白いヤツだな。新しい推理小説のネタでも浮かんだのかい?」

「まあ、そんなとこかな」

「だったらさ、この拘束をちょちょいと解いてさ、いつもみたいに仲良くやろうぜ」


 僕は賢司の疑問に答えるかのように、今まで思っていたことを言い放つ。


春子はるこ、ハルも、お前とグルなんだよね?」

「……くっ」


 賢司が悔しげに奥歯を噛み締め、次への言葉を詰まらす。

 誤って噛んだのか、唇からは微かに血が滲んでいた。


「ハルとは血が繋がったお兄ちゃんなんだよね?」

「……フフッ。何もかも、お見通しというやつか」

「まあ、気付いたのは最近なんだけどね」

「ぬかったな。春子め……」


 抵抗する気はゼロと察した僕が縄をほどくと、賢司は学ランを脱ぎかけ、学生シャツの胸ポケットから、煙草を出して、口にくわえた。


 まだ未成年なんで、慌てて止めようとしたけど、一向にライターで火をつけることはなく、彼の一言でラムネ菓子ということを知り、とりあえず一安心する。


「いいだろう。それじゃ、俺らのことを話そうか。樹節きせつ家ファミリーたちよ」


 煙草の紙を歯で噛みちぎり、中身のラムネをかじりながら、賢司が静かに語り出す。

 大事な話のくせして、お行儀が悪いよね、この若造は……。

(心はおじいちゃんな志貴野より)



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