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「──ねえ、シキちゃん。私のこと、覚えてる?」
「はあ? 君とは初対面だろう。いきなり会うなり、何を言ってるのさ?」
黒髪ロングの美少女が、突然変なことを言ってきて、思わず面食らう。
「そうだよね。あの頃、過ごした記憶はもう……」
「ちょっと、何でいきなり泣くのさ?」
「私じゃあ、シキちゃんの力になれなかった……」
「あー、だから泣かないでよ。ほら、このハンカチで涙を拭いて」
時刻は昼の13時、広々とした市内の総合病院の面会室にて、この女の子と面会中だけど……。
さっきから僕を見るなり、泣きじゃくるばかりで一向に話が進まない。
「ありがとう。シキちゃんは相変わらず優しいね」
「えーと、女の子は弱い存在だから、優しくしてあげろって親父が……」
白い布のハンカチを女の子に握らせ、歯の浮くような台詞を言う。
だって女の子に泣いてる顔は似合わないし、いつも笑っていてほしいから。
「フフッ、照れちゃて。シキちゃんは可愛いね」
「シキちゃんは止めてよ。僕には……」
「うん、
ちゃん付けはくすぐったいので、他の呼び名を……と提案したけど、それどころか、遠慮なしのタメ口になったので、僕のナイーブな心が少し傷ついた。
だけど、女の子は、僕の暗い気持ちも知らず、太陽のようにパアーと明るい表情になり、花柄ケースのスマホを手持ちのミニバッグから取り出す。
うっ、この流れはもしや、陰キャな僕が苦手な、例の陽キャイベントか?
「あっ、お近づきのしるしにLI○Eでもフリフリ交換しようか。ロビーにスマホ預けてるんでしょ」
「うん……えっ、女の子とおおおー!?」
「アハハ。何叫んでるの。固くなりすぎw」
LI○Eのお友達登録は、親父と
ましてやこんな美少女とか、もってのほかだ。
しかし、何で今日が初対面のはずなのに、こんなに親しげなんだろう。
すでに前世が一緒で、恋仲から夫婦になったパターンかな?
まあ、そんな漫画やゲームみたいなことがあったら、人生苦労はしないよね──。
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「……まさかあんな夢を見るとはな」
──僕はいつもの自室のベッドから身を起こし、大きく伸びをする。
時計の時間は朝の6時半。
目覚ましよりも30分は早い朝だったし、登校までニ時間は余裕にある。
「シキノン、起きてるかーい?」
「言われなくても起きたとこ」
ドアと廊下を挟んだリビングから、
近所から文句が来ても、僕は逃げの選択だからね。
「そうか。ラー油レディー!」
『ダッダッダッダッダッー!!』
ラー油は餃子にかけるものだろと、小言で僕が漏らす中、廊下を駆ける激しい音が、僕の部屋に振動として伝わってくる。
床が木の素材で作られているから、底が抜けそうな感はあったけど。
夏希は軽そうだから、問題ないかな。
「ニュウガクシキナノニショクパンキラシ、ゴハンヲノドニツマラセテ、ダイギョウテンカラノテンシンハンキィィークゥゥー!!」
ダンッ! という床を跳ねる音から、僕の部屋のドアにぶつかる、容赦ない衝撃音。
『ガツーン!!』
「はぎゃっ!?」
だけど、ドアは頑丈で、あの時のジャンプ蹴りのように壊れることはない。
修理業者に頼んで、ついでに防犯対策として、ドアの内部に鉄の板を入れてもらったからだ。
「どうした夏希、いつもの威勢はどこへいったのやら?」
「イタタ……純潔な乙女をハメやがったなあー!!」
夏希がドアをゆっくりと開け、ドアを蹴った方の足をびっこしながら、僕を真犯人として指さすけど、ミステリーじゃないから。
それに最近の高校生は意外にも大人だし、もう純潔な歳でもないでしょ。
「誤解を生むような発言はしないでよ」
「五回も何も、夏希の熱い想いを今回も平然と受け止めて……」
あのさあ、受け止めた側が、何とも思ってない時点でアウトなんじゃあ。
とんだ誤解だよね。
「もう……朝っぱらから何の騒ぎよ?」
「おおっ、
「アンタねえ、何度言わすのよ。女なら誰でも見境なしに襲うわけ? あんまりがっつくようなら、この家から出禁にするわよ!」
白いシャツと紺のプリーツスカートだけの夏希とは違い、ちゃっかりと紺の冬用のセーラ服を着込んだ美冬が、ご飯粒が付いたしゃもじを持ったまま、僕に忠告する。
「いや、ここ、僕の家なんだけど……」
「アンタ、この気に及んでふざける気なの! 今ではアタシたちの家でもあるのよ!」
「シキノンはレゲエーファーストという言葉を知らない」
「何、その単語、初耳なんだけど……」
枕元に置いていたスマホで言葉をググってみても、そのファーストの意味はヒットさえもしない。
やっぱりどう考えても語源はレディーファーストの方だよね?
「ねえねえ、みんな揃ってどうしたの?」
「おおっ、聞いてくれ、秋星お姉も。実はシキノンが……かくかくしかじか」
今までの出来事を、茶色のパジャマ姿の秋星の耳に吹き込む夏希。
僕にはカクカク(ポリゴン?)と、シカとしか聞こえないけど……何かの暗号かな。
「はむぅ。そんなに熱いそうめんなら、流水によくさらしなさいな」
今日から9月で二学期なのに、外れたメニューを出してくる秋星。
「うむ。もう秋だけど、食べたい気分でもある」
「そう、今も食べ頃なのれふよ。ムニャムニャzzz」
秋の味覚といえば、栗とか松茸じゃないのかなって……あれ、目を瞑ったまま、秋星が地べたに崩れ落ちたよ。
「さりげなく寝てるし……」
「秋星は朝弱い日が多いからね」
それプラス低血圧だからねと、慣れた手つきで秋星を肩に担ぐ美冬。
なるほど、パジャマの状態だったのも分かる気がするね。
「そうそう。志貴野とのデートの前日は早めに寝て、次の日に向けて、体調を整えてるらしいぜ」
「……賢司、今回もタイミングのいい登場だね」
「まあな、相手にとって不足はない」
「賢司……」
「フッ。スーパーマンの登場に感涙したか。好きなだけ俺の胸で泣くといい」
突然の親友の来訪に顔を俯ける僕。
この学ランな男は、僕らの会話に乱入してきて、毎度ながら、置かれた立場をひっくり返すんだ。
いい意味で言えば、僕らを和ませてくれるムードメーカーなんだけどね。
「さあさ、ここで強制確保ー!!」
「オッケーですわ!」
「あひっ!?」
三姉妹が、賢司の動きを押さえる中、僕は賢司の後ろに回り込み、彼の両手を縄で縛る。
「なっ、お前ら、これは何のつもりだよ!?」
「それはこっちの台詞だよ、賢司。いい加減、ごっこ遊びは終わりだよ」
僕は毎回、不思議に感じていたんだ。
いつも絶妙なタイミングで輪に入ってくる、この親友……いや、この男の存在を。
「アハハッ、お前、ほんと面白いヤツだな。新しい推理小説のネタでも浮かんだのかい?」
「まあ、そんなとこかな」
「だったらさ、この拘束をちょちょいと解いてさ、いつもみたいに仲良くやろうぜ」
僕は賢司の疑問に答えるかのように、今まで思っていたことを言い放つ。
「
「……くっ」
賢司が悔しげに奥歯を噛み締め、次への言葉を詰まらす。
誤って噛んだのか、唇からは微かに血が滲んでいた。
「ハルとは血が繋がったお兄ちゃんなんだよね?」
「……フフッ。何もかも、お見通しというやつか」
「まあ、気付いたのは最近なんだけどね」
「ぬかったな。春子め……」
抵抗する気はゼロと察した僕が縄を
まだ未成年なんで、慌てて止めようとしたけど、一向にライターで火をつけることはなく、彼の一言でラムネ菓子ということを知り、とりあえず一安心する。
「いいだろう。それじゃ、俺らのことを話そうか。
煙草の紙を歯で噛みちぎり、中身のラムネをかじりながら、賢司が静かに語り出す。
大事な話のくせして、お行儀が悪いよね、この若造は……。
(心はおじいちゃんな志貴野より)