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第43話 背後から僕の姉妹が、大声で何かを叫ぶのを耳にしながら──。

「──俺と春子はるこは、児童養護施設がもらい受けた、身よりもない兄妹でさ」

「特に母さんが養子として、施設から引き取った直後の春子は物凄く抵抗し、両親の手を煩わせていたんだ」


 僕の殺風景な部屋に、部活動中の春子を除いた三人の三重咲みえさき姉妹と、賢司けんじが集まり、僕に向き合い、昔話を切り出す賢司。

 その顔にはいつもの爽やかな笑顔はないけど、イケメンだけに目立ってしょうがないね。 


 本当の親に捨てられ、施設で育ったことからの重い内容から始まり、今の天真爛漫な春子とは大違いの真相だったけど……。


「その結果、父さん(勝竜龍郷しょうりゅうたつごう)がしびれを切らし、母さんと離婚という形になってさ、同時に俺たち二人の面倒を押しつけられ、正直、母さんも困り果てていたんだ」

「そこへ僕の親父が?」

「まあ見てくれは悪くても、お前の父さん、口だけはうまかったらしいからな」


 ヒゲもろくに剃らず、髪も伸ばし放題で、身なりもみすぼらしい僕の親父。

 賢司の言う通り、会話のトーク術だけは、抜群に秀でていたよね。


 そんな口の上手さで、どれほどの女性と付き合ったのか、それすらも謎な親父でもある。


「だが、それからが地獄だった」

「母さんが別の男に手を出し、旧姓の三重咲を名乗り出してから、運命の歯車が狂ってしまった」

「えっ、僕らの母親って、浮気してるの!?」

「ああ。実は母さんには前の父さんの血を受け継いだ三人の隠し子がいたんだ。それが秋星あきほたち、三姉妹さ」


 僕はガラステーブルにのった透明なコップに麦茶を注いで、賢司に手渡す。


「はい」

「ああ、どうもありがとう」


 賢司はよほど喉が渇いていたのか、息をつく間もなく一気飲みし、空のグラスをテーブルにそっと置いた。


 でも、そんな丁寧な動作は気にも止めず、秋星たちの話題へと繋がり、僕は混乱していた。

 僕は新しい母親の声も、顔すらも知らないので余計にだ。


「ちょっと待て、頭の中がこんがらがってきた。つまり……」

「じゃあ、少し頭の中を整理しようか」


 ──賢司と春子は生みの親から育児放棄されて、後に施設で育てられ、そこを僕の今の母親が引き取り、養子として暮らすことになった。


 だけど、その母親が僕の親父を騙して、浮気をし、旧姓の三重咲の名で子供をほったらかしにして、別の神楽坂かぐらざかという男と遊ぶうちに……あれれ、もしや、僕らの親子関係って複雑すぎ?


「──その神楽坂秋蘭かぐらざかあきらって男が、秋星たちの血の繋がった親父さんにあたるんだな」

「そうさ、お前さんの父親の目を盗み、あの秋蘭おじさんとは、古くから母さんと交流を重ねていたのさ。そのことを知ったのは、つい最近だけどな」


 長身の特に目立ちもしない、あの悪眼鏡と、そんな関係があったのか。

 確かにそれなら、色々と辻褄が合う。


「だから秋蘭おじさんの弱みを握ろうと、俺自らが春子、いやハルという名前にてスパイ役を命じた……」


 ほぼ一方的に話を進めた賢司が、僕の部屋をグルリと見渡す。

 その視線は、他よりも比較的綺麗な作りの押し入れのふすまに向けられるが、特に関心はないらしく、こちらに目線を戻す。


 ヤベエ、危うく隠していた、サブカルなオタクグッズを見られる所だった。

 こんなにヒヤヒヤするんなら、専用の金庫にでも、収めたい気分だな。

 そんなに本体の値段も高くないし。


「……そうやって、三重咲家の姉妹として、潜入させたのさ。表向きには義妹としてな」


 春子だけが他の三姉妹と違い、挨拶に遅れた原因や、ゲームショップという意外な場所で出会った理由も分かる。

 義妹といえど、お役場で、かなりの数の書類と闘っていたのだろう。


 それじゃあ、あのアカサカファミコンショップでは兄と一緒に働いていたんだね。

 ヤベエ、ハルは意図的にあの店内にいて、初めから二人の計画に踊らされていたのか。


「しかしハルは俺に似て、嘘が苦手な妹だ。一人だと怪しまれる可能性もある」

「それで賢司の出番というわけか」


 まあ、賢司は春子と同じく、明るい印象で内向的な性格じゃないけど……。


「ああ。スマホのGPS機能を利用し、LI○Eの連絡でこっそりやり取りすれば、大抵は志貴野たちの行動は判明する」


 賢司がグレーのスマホを見せつけて、思う以上に情報を繋げてくる。

 春子が大型犬と戯れる待受画面を見せつけて、何のジェスチャーゲームだよ。


最早もはや、ストーキングだね」

「何だよ、お前自身がそう言ってたじゃんか」

「うぐぐ、言われてみれば……」


 僕は賢司に会うたびに、ストーカーと呼び続けていたことを思い出す。

 彼はイケメンで自信家だけど、それとは裏腹に、繊細な心も持っているんだね。


「だがな、秋蘭おじさんが催眠術師という部分は思いもしなかったぜ。初めは、たちの悪い冗談かと」

「それで術師ではないと、きっぱり否定したのか」

「だって催眠術って、ううんくさいだろ。このご時世に誰が信じるんだよ。なあ?」


 賢司の口から飛び出てきた、催眠術という聞き慣れない言葉。

 もうこの社会で、そんな魔法使いごっこの考えは古いのだ。


「あぐっ!?」

「賢司、どうした!?」


 途端に賢司が顎が外れたように、大きく口を開けたまま、一人勝手に苦しみ出す。

 その口を両手で閉じようにも、まるでつむる口にさえもならなく、まるで第三者からの見えない攻撃を受けたかのように……。


「あーあ、いけない子だな。我が一族に伝わる、秘密の能力をここでバラしては」


 部屋の窓から現れた例のメガネ男が、僕らの敷居内に迷いなく、土足で踏み入れる。


「あぐっ……、秋蘭おじさん……何を……」

「何をって? これから記憶の改ざんをするのさ。若い子は血の気が多くて、どうにもな」


 秋蘭おじさんが片手を大きく上げ、さらに賢司の動きを封じる。

 見えない攻撃に、賢司は床に押しつけられ、どうしようもない苦悶の表情だった。


「や、やられる前に……やり返すわけか……」

「ご名答。お祭り騒ぎもお開きの時間だよ。さあさ、ここで皆さん一緒に、綺麗さっぱり無かったことにしましょうか」


 秋蘭おじさんが拍手して、一人で苦しみに耐える賢司を褒め称える。

 床にうつ伏せの彼には気にも止めずに……。


「──志貴野くん……ううん、シキちゃん」

「秋星?」

「これから何が起こっても、どうか自分を見失わないで」


 秋星が僕の服の袖を摘んで、僕に優しく笑いかける。

 体は小刻みに震えていたけど、まるで恋人を見るような色気付いた目つきで……。


「うん、夏希なつきはシキノンを信じるよ」

「そうよ。アンタまで変わってしまったら、相手の思うツボよ」


 夏希も美冬みふゆも長い髪を揺らし、僕に託すように温かい手を握ってくる。


 温もりと共に僕の手に触れたのは、三重咲の氏名にか、桜色に染まった二つのリボン。

 ポニーテールの夏希と、サイドテールにしていた美冬の髪を束ねていたものだ。


「みんな、ありがとう」

「うん。志貴野くん、またね」


 秋星だけ渡せるリボンがないせいか、精一杯の笑顔で手を振ってくれる。


「フフフッ、悪あがきもそこまでだよ。私の術から逃れられた相手など、今まで一人もいないのだから」

「だったら僕が、その一人になってやるよ」

「ほお。今どきの若い子にしては珍しい、大した根性だな。なら精々、いい夢みろよな」


 秋蘭おじさんが眼鏡を外し、白目となった眼で僕と目を合わす。

 怖いな、何の奇人芸だよ。


「カアアアアー!」

「くっ!?」


 その瞬間、何も考えられなくなり、僕は自然と地面に両ひざを下ろした。

 背後から僕の姉妹が、大声で何かを叫ぶのを耳にしながら──。



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