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第44話 どんだけプライド高い学生なんだか……。

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「──おい、志貴野しきの。何をボッーと突っ立ってるんだ? さっさと体育館に行くぞ!」

「えっ? えっと、これから始業式があるんだったね!?」


 気が付いた場所は、中高校一貫性である、桐生院筑紫ヶきりゅういんつくしがおか学園だった。


 登校中だった僕は、その学校の正門前にいて、賢司けんじに声をかけられたんだけど……。

 どうしてこんな校舎を背に、枯れ葉が目立つ木の下にいるんだろう。 


 この桜に、何か思い入れでもあるのかな。

 当の昔に花びらは散って、見る影もないのに……。


「そうだぜ。まだ中身は夏休み気分か? そんな栄光は過去に捨てろよな」

「栄光って言われても、平凡な夏休みを過ごしただけだけど」

「ハハハッ、そりゃ違いねえな」


 賢司が大笑いしながら、足元にあった小石を蹴った。

 小石は緩やかにカーブを描き、金網の付いた排水口の隙間に、軽快な音を立てて落ちていく。


 確かに夏休みの宿題を手にして、色んな格闘したことは思い出せるけど……。

 根がかりした釣り糸のように、何かが心の奥で引っ掛かっているんだよね……。


****


「──では、つきまして、二学期の目標となりますが、生徒の皆さんが、お互いに切磋琢磨せっさたくまし、勉学にスポーツに励み、三学年は受験生として……」

「毎度ながら長い……」


 体育館の教壇に立ち、丁寧にアイロンがけされた灰色のスーツ姿の校長先生が、恒例の話を続けて、かれこれ20分は経過している。

 夏休みに孫と一緒に家族水入らずで、海外のビーチリゾートに行った土産話を含め、この分だと、到底、話は終わりそうにない。


 あー、立ちっぱなしで、血の気が足りないのか、頭がクラクラしてきたよ。


 こりゃヤベエな。

 こんなことならプルーン丸かじりして、鉄分を摂っとけば良かったよ。


「どうした志貴野、顔色が悪いぜ?」

「ううっ、ちょっと立ちくらみが……」

「あー、だからあれほど言っただろ。夜ふかししてまで、ハルの夏休みの宿題に取りかかるから」


 ここでハルの名前を聞いて、賢司との既視感を抱いたが、何の妄想だと、思いを振り払った。


 どうせまた変な夢でも観たんだろう。

 怪しまれないよう、誤魔化した会話で繋げよう。


「……何のこと?」

「覚えてないのか? 俺は今日から学校だから、早々に帰宅したんだが?」


 昨日のこと、その言い方だと、僕の部屋に賢司が遊びに来たのか。


 夏休み最終日なのに余裕だよね。

 ……ってあれ、宿題と何かしら、関係あるのかな?


「そうなんだ?」

「おいおい、昨日の今日の話だぜ。早速、ボケが始まったか」

「僕は受ける側もツッコミ役も好きだなあ」

「漫才の話じゃねーぞ」


 漫才、武道館の広いステージで単独で一人ソロか。

 ボケもツッコミも一人でやってね。

 ピン芸人だから、ギャラは相方に分けなくていいから、丸儲けだけど。


「センセー、樹節きせつが、究極に腹がイタイって言ってます。今から保健室ヘ連れていっていいですかー?」


 賢司が真っ直ぐ挙手して、若い女性の教師に大声で問いかける。

 周囲が賢司の行動にざわめく中、突然の声かけに、目が点になる二十代くらいの美人さん。

 この男、顔に狙いを定めたね。


「……ちょっとそれじゃ、僕が病人みたいで」

「……何をぶつくさと。大方、昨日はほとんど寝てねーんだろ。ここは自分に甘えとけ」

「うん、ありがと」

「それに俺もサボれる対象になれるからな」


 賢司が僕を丸太のように軽々と担ぎ、『アラエッザッザー!』と叫びながら、体育館を後にする。


 生徒も教師も、いきなりのことにあっけらかんとしていたが、校長先生だけが何も知らずに世間話に華を咲かせていた──。 


****


「──誰もいないね」

「二学期早々、仮病を使うヤツなんていないからな」

「何だよ、僕は大真面目だよ」

「仮病は真面目君が使う最終兵器でもあるのさ。一応、仮の病だし」


 消毒薬と果実の匂いがほのかに香る保健室にて、僕は賢司から強引にベッドに寝かされ、ご丁寧に掛け布団までもかけられる。


「まあ、志貴野は、記憶障害がある病気持ちだから、その点はちょっと違うよな」

「だから立ちくらみがして」

「それは何かの危険信号かもだろ。重い病気だったらどうするんだよ」

「そんな病気なら、救急車で総合病院に運ばれてるよ」

「それは言えてるなw」


 耳の奥底から、例の嫌なサイレンの音が鳴り響いて止まらない。

 あのサイレンは意図的に消せて、深夜に鳴らすのはご法度らしいとか。


「じゃあな、志貴野、俺はそろそろ戻らないと、色々と怪しまれてしまうからな」

「うん、女の子からBL創作のネタに使われそうだしね」

「ああ。夢見る乙女ほど、恐ろしいものはないしな」


 どうして女の子は、男同士でラブな展開になる世界観が好きなんだろう。

 野郎が女同士の百合に興味があるのと、同じなのかな。


「……じゃあ、また授業で会おう」


 僕を気遣う言葉とは逆に、何かしら機嫌が良くなった賢司が、右腕を直角に曲げて、大急ぎで廊下へと飛び出す。 


 そういえば、一時限目の現国の教師は、あの体育館でアプローチした美人女性だったね。

 少しでも好きな女性と、時を共有したいという気持ちか。


 まあ、学生の恋は長続きしないし、ましてや相手が、生徒と教師だと恋愛対象にもならないと聞いたことがあるし、よく女子が言ってる『運命の出会い、キャー!』なんて、生きてる間で1パーセントの確率しかないとか。


 恋愛どころか、その辛い恋愛を封印した僕には、生涯分からない感情かな。


****


「……あの、志貴野お兄ちゃん?」


 二台あるベッドを仕切った、隣のベージュのカーテンがゆっくりと開き、本来なら別の学校にいるはずの春子はるこがフルーティーな甘い香りを纏わせまま、遠慮がちに顔を覗かせる。


「えっ、ハルがどうしてここに?」

「いや、その夏休みの宿題が終わらなかったから、今日の学校サボって……」


 ハルが背中に隠していた、世界史の問題集を見せつけて、いかにも勉強してますモードになる。

 世界史って簡単そうに見えて、地名や人名が複雑で覚えにくいんだよね。

 おまけに何かの暗号のようなカタカナ言葉が多いし……。


「なるほど。他の姉妹に知られたくないから、ここのベッドでひっそりと宿題をしてたわけか」

「うん、ここの保健医さんにも了承もらったし、ハルも受験生だし、流石さすがに未提出は内申点に響くかなって」

「まあ、夏休みの宿題は余計にな」


 この中高校の制服とは違うせいか、当然だけど目立ってしょうがない。

 大方、この分だと電車にも乗り遅れたんだろうね。

 堂々と遅刻して後ろ指を指されるくらいなら、病欠した方がマシだと。

 どんだけプライド高い学生なんだか……。


「それとお兄ちゃん、お弁当忘れてたよ」

「あー、これが本当の狙いかよ」


 ベッドから飛び降りたハルが、背中を起こした僕のひざに、ピンク色の巾着袋をやんわりと置く。

 今日の食事当番は彼女だったらしい。 


「いくら今日が午前中で終わっても、買い出し日だから、家には何も食べ物ないからね」

「はい。ライフラインの復旧(体力回復)に感謝しやす」

「うんうん。聞き分けが大変良くてよろしい」


 なぜか母親目線のハルが、僕の横から離れ、近くのパイプ椅子に腰かける。


「あっ……あのね、お兄ちゃん」


 ハルが目線を宙に漂わせながら、たどたどしい口調で何かを伝えようとする。


『キーンコーン、カーンコーンー♪』


 一時限目の終わりのチャイムが鳴っても、僕は特に否定はせず、黙ってハルの話を聞くことにした……。



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