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第45話 姉妹でも本気で怒らせると怖いもんだな

「ねえ、志貴野しきのお兄ちゃん」

「何かな、急に真面目な顔して?」

「おっ、お腹空かない?」

「おいおい、まだ二時限目が始まったばかりだよ」

「……そうなんだけど」


 体育の授業のけん制が窓から響く保健室にて、春子はるここと、ハルがモジモジと体を揺らす。

 空腹のわりには、やけに顔色が良いのが、気になるけど……。


 気のせいかな。

 ほんのりと頬がくれないの色みたいな。

 だけど普通に酔ってるわけでもなさそうだし?

(未成年の飲酒は法律により禁止です)


「でもハルの言いたいこととは違うよね?」

「あっ、分かっちゃう?」

「ハルは嘘がつけない真面目な女の子だからね」

「はうっ、突然、何のつもりなのー!?」


 僕の突拍子な質問が図星だったのか、ハルが大きな叫び声をあげる。

 別に流れ作業でも、バケツリレーでもないし、そんなに焦ることもないじゃん。


「……と、賢司けんじメンが言ってた」

「えっ?」


 残念ながら、その言葉は僕じゃなく、例の濃厚ダシなイケメンの言葉だ。

 だからハルには全てを知ってほしい。


 ──だけどハルは理解すらしていない。

 しょうがないなと口を滑らし、僕はもう少し噛み砕いた言い方に変える。


「──だから僕の考えじゃなくて、親友が言った台詞だよ」

「なっ、ハルは思わず……こく」

国士無双こくしむそう?」

「バカ。もう知らない!」

「ぐはっ!?」


 例の漫画みたいに私、麻雀できます的な愛らしい女の子っていないんだな。

 リーチとか言って、ニヤけながら牌を並べて、この国士無双に敵う相手なんているものかしらと髪をなびかせ、対戦相手のプライドを八つ裂きにする。


 ああ、そんな罪深い女の子を真剣に更生することが出来るのか。

 ギャンブル依存症も立派な病気である。


 まあ、『わたくしはギャンブルを程よく嗜んでいますわ、オーホッホッー!』とまで言われたら、こちら側からは言いようがないけど……。


「あーあ、こんなお兄ちゃんなんて、好きにならない方が良かったなあ……」

「へっ、それってどういう?」

「あっ、あわわ……」


 ハルの呟きに反応した瞬間、茹でダコのような顔色でテンパっているハル。

 別に妹が兄を尊敬するなんて、友達みたいな感覚で、好きになるなんて普通じゃん。

 そんなに頬を赤らめて、何か恥ずかしいこと言ったのかな。


「わっ、忘れて。今の言葉は聞かなかったことにしてー!!」

「イタ、イタタ、暴力反対ー!?」

「お兄ちゃんが悪いんでしょ!」

「ぐえっ!?」


 ハルが手に持っていた教科書の束で、僕の頭を小突く。

 勢い余ってタン塩じゃなくて、まだ焼かれてない、生きている方の舌を噛んだじゃん。


『──ねえ、大丈夫かな』

『もう秋音あきほは心配性ね。だからこうやって保健室に、お見舞いに来てるんでしょうが!』


 ──そんな中、保健室のくもりガラスを通じて、聞き覚えのある女の子たちの声が聞こえてくる。

 声の主からして、僕の姉妹の声であることは分かるし、会話からして、秋星がいることも分かる。


「うわっ? ガチでマズい!?」

「ちょっとお兄ちゃん!?」

「大人しくしてて、ハルがいることがバレたら大ごとになるから」

「だからって布団の中にもぐらせるなんて」

「いいから静かに」


 僕はベッドの布団にハルを頭ごと被らせ、何の違和感もない自然体で、布団に寝入るフリをする。


 姉妹と言えど、美少女相手に心臓の鼓動は高鳴り、自分らしくない大胆な行動に、体が火照る。

 24時間コールセンターじゃないけど、これでいつでも対応が可能だね。


「おーい、シキノンは無事であるかー。この夏希なつき国防長官が迎えに来たぞ」

「夏希、それを言うなら外務大臣でしょ」

「イヤア、ニホンノヤサイセイカツニナレテナクテ」

「何で片言の日本語なのよ。しかも語源も怪しいし……」


 その言葉にはジュースという言葉も混じっていて、家族持ちはお互いに支え合って助け合いが出来るけど、いざ暮らすとなると色々と大変だよねと、勝手に解釈してる僕。


「秋星、野菜、飲み足りない?」

「違うでしょ!」


 市販の野菜ジュースは加熱し、殺菌して仕上げているので、その時点で大事な栄養素は排水に流れている。

 野菜を食べるならハムスターの如く、生でバリボリいってみよう。


「みんな、静かにしてよ。今、生徒は授業中だし、志貴野くん、寝てるみたいだから」

「おっ、やるな、モグラシキノン。こんな朝っぱらから日の光も浴びずに」

「まあ、陰キャオタクに校長の長い朝礼は辛いわよね」


 お三人さんの言うことは正論であり、的外れでもない。

 たった数ヶ月で僕のこと、よく知り尽くしてるね。


「──志貴野くん、先生に頼まれて、お見舞いに来たんだけど平気?」

「ああ、僕は問題ないよ」

「良かった。先生から倒れたって、話を聞いた時はもう……」

「えっと、泣かないでよ……」


 理由はどうあれ、目の前で女の子を泣かすとか、まるで告白イベントのバッドエンドのようで苦手だな。


「シキノン、その膨らみはもしや?」

「そう、夏休みにアイスの食べ過ぎで腹が出ちゃってさ。この通り、タプタプなんだ」


 秋星がプリンやポカリの入ったコンビニの買い物袋を机に置き、心配して僕を気遣う中、夏希の視線は、布団を被ったメタボなお腹の方へと目がいっていた。


「そうなん。何ごともほどほどにな」


 好意的な二人とは違い、美冬みふゆだけが腕を組んで、怪訝そうな様子で僕を見つめている。

 ……というか、今日もゴミを見るような目つきなんだけど。

 美冬にとっては僕はクズ扱いで、妖怪人間にすらもなれないのか。


「美冬、何のつもり?」

「いや、アンタも大人になったんだなと思ってね」

「えっ、えっと……」


 ヤベエ、その卒業したという言い草、もしかしてハルと同じ布団にいることに、薄々気付いてる?


「大丈夫よ。保健医の先生には何とか誤魔化しとくから。好きなだけ埋もれてな」

「美冬?」

「しかし、アンタもすみに置けないわね。アタシたち姉妹をそっちのけで、他の相手に手を出すなんて」


 やっぱりバレてるじゃん。

 かろうじてハルとは断定してないけど。


「……志貴野くんの不潔」

「だから誤解だって」


 秋星が鋭く冷たい視線でこちらを睨む。

 あー、僕、陰キャでヘタレだし、断じて、一線は越えてないって。


「──ああっ、この布団の中、暑いー!!」

「あっ……」


 沈黙に耐えられず、僕が言い訳を探そうと、離れの人体模型に目をやる中、被さった布団を蹴飛ばし、汗だくのハルが僕の前に現れる。


「……アンタ、中学生に手を出したら犯罪よ」

「シキノンにハル。プロレスごっこ楽しそうだね! 夏希も参加できる?」


 オワタ。

 何もかも。

 しかも夏希にも余計な誤解をさせて……。


「やめなさい、夏希。これから私が二人に説教を食らわせるから」

「あーあー、ついに秋星がキレちゃった……」


 どうやらここで、例の会議をやるらしい。

 スマホで何やら、部屋の貸し切りがどうかと、ご丁寧に連絡してるし……。


「あのさあ、これは断じて違って……」

「そうだよ、ハルはね……」

「若い男女が一つのベッドにくるまって、何が言いたいのよぉぉぉー!!」


 秋星の大きな声が振動となり、保健室全体を震わす。

 棚に置かれた花瓶だけでなく、あの人体模型さえもカタカタといわすほどだ。


「はひぃぃぃっー!?」


 僕は秋星の本性を知ってしまい、思わず奇声を発してしまう。


 例え、普段は気の合う姉妹でも一人の女。

 姉妹でも本気で怒らせると怖いもんだな。


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