「ふー、ようやく長い拘束タイムが終わったよ」
毎度お馴染みの、
保健室という出張版となった今回も、熱い議論がなされ、校内のチャイムが何度もBGMとして耳に通ってくる。
あれから保健医の先生は一切、この部屋に顔を見せない。
また、三姉妹の勉学を受け持つ各担任も気を利かせ、僕の面倒を率先して、彼を見てくれとのLINAも来たらしい。
「アンタも失礼ね、三重咲家の特別会議にケチをつける気?」
「ケチも何も僕の家でもあるんだけど……」
この場合、後から来た三重咲家に否があると思うんだけど、野郎が女の権力に敵うはずがないのは事実だ。
ここは大人しく、我慢して唇を噛みしめるしかないね──。
****
「──まあまあ、そんなに思い悩まないで。過去がどうあれ、その親睦を深めるための食事会ですし」
「
「ねえ、
「いいけど、ハル。そのお金は全部、僕持ちなんだけどね……」
昼前に学校を早退し、近所のファミレスのフロアの椅子に座った僕たちは、顔を見合わせた状態で、テーブルに備え付けたメニュー表を手にしていた。
「マアマー、ライオン、男が堅苦しいことを言わない」
「そうそう、日頃からセクハラばかりしてくる男だからね。これくらいの罰で許されるだけマシよ」
「マーライオン
そのライオンは海外のジンガボールの観光名所であり、開いた口から水を吐く噴水のようなものだったような……。
決して食われても、ゆらゆらと動き出すゾンビでもないし……待てよ、首無しなら、ロボットじゃないと生きられないよね。
「あのさ、誤解だよ。そんな大層なセクハラなんてしてないから」
「ハルをベッドに押し倒して、初めてを奪った分際で、よくそんな口が言えるわね。セクハラ陰キャ大魔神」
「うっ、あれは……」
仕方がないとは言え、
他の姉妹と会話をする度に伝わった、上下するハルからの風船。
程よく弾力を感じた、あの柔らかい存在、軽く抱きしめただけで壊れそうな華奢なボディーライン、時々、肌に触れてくる中学生とは思えない色気のある吐息。
今考えただけでも、このチキンな胸が熱くなるのが分かる。
「あれが志貴野くん流の勉強の教え方なの?
やっぱり不潔だわ」
「どんな勉強法だよ。そんなわけないから!?」
「お兄ちゃんって、顔に似合わず大胆なんだから。ぽっ」
「ハルも話を誇張しないでよ!」
リアルゲームの設定で一つ屋根の下、大人な勉強を始める僕ら。
マニュアル、きちんと読んだかな。
この物語は全年齢向けのラブコメだよ。
「そんなことより注文は決まったのかしら。店員を呼ぶわよ」
「あっ、ちょっと待って、僕はまだ!?」
「じゃあ、シキノンはハンバーグステーキで決まりなのだ」
「ちょい、勝手に!?」
「それならハルもお兄ちゃんと同じのにしよーと♪」
ハルが横隣にいる僕に微笑みかけながら、テーブルの下で、しっとりとした手を握ってくる。
あのさ、色仕掛けのつもりなら、時と場所を選んでよね。
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「それでね、この秋から、正式に私は受験勉強に専念しないといけないし、さっきの会議の後から、色々と考えてみたの」
「へえー、秋星もやるじゃん。是非とも聞かせてもらおうかしら」
「ええ、早速、本題に入るわね」
秋星が鞄からB5のファイルを出して、挟んでいた紙をテーブルに広げる。
秋星の部屋の周りには交代制で、姉妹の護衛を挟み、油断大敵で猛獣な僕は、リビングのソファーの片隅に追いやられる図面に……。
ねえ、僕って、そんなに信用ないの?
「あのさ……僕も受験生なんだけど?」
「えっ、お兄ちゃん、ハルと結婚して、温かい家庭を築くんじゃ?」
「僕の発言は無視なのか?」
今どき、高卒で結婚したいという考えも少数派だよ。
しかも僕は男だし、一文無しで、その一大イベントに挑むにはハードルが高過ぎる。
「ねえ、式を挙げる時には夏希も呼んでね。目一杯、お腹空かしとくから」
「なるほど。バイキング形式も悪くはないね」
夏希の誘い文句にのったハルが、スマホのメモ欄にイメージした案を書き足していく。
「私的には、自然素材を活かしたオーガニックな料理で攻めてですね」
「ほお。そこんところ、詳しく聞かせてもらおうか、秋星お姉」
秋星のナイスなアイデアにそそられた夏希が、ヨダレを垂らしながら話に食らいつく。
余程、お腹が減ってるんだね。
「──お待たせしました。ハンバーグステーキのお客様と、そのお連れ様」
「あっ、はい」
「鉄板がお熱くなっておりますので、火傷にお気をつけ下さい」
「はい」
安心、安全性を強調した、緑のエプロンを着けた可愛らしい女性の店員さんが、熱した鉄板にのったハンバーグの木皿をテーブルに置く。
大人の拳骨くらいなハンバーグは、肉汁を滴らせながらも、食欲をそそる、香ばしいスパイスを匂わせていた。
「それからですが、今ならハンバーグを複数注文致しますと、この店限定の福引券を進呈しております」
笑顔がよく似合う店員さんが、僕に向かって、白い紙切れを手渡してくる。
「お客様は二品を頼みましたので、券は二枚になります」
「どうも」
「受付場所はレジの横にあるカウンターになります。参加費は無料ですので、是非とも奮って、ご参加くださいませ」
その場で重ねた両手をひざ元に添え、ペコリと丁寧にお辞儀をし、終始笑顔な店員さんは静かにこの場を去っていった。
まさに接客業の鏡みたいな店員さんだったね。
あんなにしつけが徹底していたら、もう何も言うことないよ。
福引き券を貰う以前に感服したよ。
「良かったじゃん。アンタとハルにぴったりな企画だわ」
「志貴野くん、やるからには全力投球よ」
「は、はあ……」
僕は福引き券を握りながら、隣でハンバーグを口に頬張るハルを見つめる。
そうして手元にある紙エプロンを首にかけ、注文した熱々なハンバーグに目線を落として考える。
僕は姉妹の誰よりも、心からハルのことが好きなのかと……。