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第46話 僕は姉妹の誰よりも、心からハルのことが好きなのかと……。

「ふー、ようやく長い拘束タイムが終わったよ」


 毎度お馴染みの、三重咲みえさき姉妹緊急特別会議。

 保健室という出張版となった今回も、熱い議論がなされ、校内のチャイムが何度もBGMとして耳に通ってくる。


 あれから保健医の先生は一切、この部屋に顔を見せない。

 秋星あきほの話によると、昼休みまで、書類の山をパソコンに記録するために、職員室で格闘してるとか。

 また、三姉妹の勉学を受け持つ各担任も気を利かせ、僕の面倒を率先して、彼を見てくれとのLINAも来たらしい。


「アンタも失礼ね、三重咲家の特別会議にケチをつける気?」

「ケチも何も僕の家でもあるんだけど……」


 この場合、後から来た三重咲家に否があると思うんだけど、野郎が女の権力に敵うはずがないのは事実だ。


 美冬みふゆの言うことは、まかり通っている。

 ここは大人しく、我慢して唇を噛みしめるしかないね──。


****


「──まあまあ、そんなに思い悩まないで。過去がどうあれ、その親睦を深めるための食事会ですし」

夏希なつきは、いつでもビーフカレーだけどね」

「ねえ、志貴野しきのお兄ちゃん、デザートのショートケーキも頼んでいいよね?」

「いいけど、ハル。そのお金は全部、僕持ちなんだけどね……」


 昼前に学校を早退し、近所のファミレスのフロアの椅子に座った僕たちは、顔を見合わせた状態で、テーブルに備え付けたメニュー表を手にしていた。


「マアマー、ライオン、男が堅苦しいことを言わない」

「そうそう、日頃からセクハラばかりしてくる男だからね。これくらいの罰で許されるだけマシよ」

「マーライオンいわく、シキノンの頭を目がけて、ガブリだね」


 そのライオンは海外のジンガボールの観光名所であり、開いた口から水を吐く噴水のようなものだったような……。

 決して食われても、ゆらゆらと動き出すゾンビでもないし……待てよ、首無しなら、ロボットじゃないと生きられないよね。


「あのさ、誤解だよ。そんな大層なセクハラなんてしてないから」

「ハルをベッドに押し倒して、初めてを奪った分際で、よくそんな口が言えるわね。セクハラ陰キャ大魔神」

「うっ、あれは……」


 仕方がないとは言え、春子はるここと、ハルと布団の中で密着していたのは事実だ。 

 他の姉妹と会話をする度に伝わった、上下するハルからの風船。


 程よく弾力を感じた、あの柔らかい存在、軽く抱きしめただけで壊れそうな華奢なボディーライン、時々、肌に触れてくる中学生とは思えない色気のある吐息。

 今考えただけでも、このチキンな胸が熱くなるのが分かる。


「あれが志貴野くん流の勉強の教え方なの?          

 やっぱり不潔だわ」

「どんな勉強法だよ。そんなわけないから!?」

「お兄ちゃんって、顔に似合わず大胆なんだから。ぽっ」

「ハルも話を誇張しないでよ!」


 リアルゲームの設定で一つ屋根の下、大人な勉強を始める僕ら。

 マニュアル、きちんと読んだかな。

 この物語は全年齢向けのラブコメだよ。


「そんなことより注文は決まったのかしら。店員を呼ぶわよ」

「あっ、ちょっと待って、僕はまだ!?」

「じゃあ、シキノンはハンバーグステーキで決まりなのだ」

「ちょい、勝手に!?」

「それならハルもお兄ちゃんと同じのにしよーと♪」


 ハルが横隣にいる僕に微笑みかけながら、テーブルの下で、しっとりとした手を握ってくる。

 あのさ、色仕掛けのつもりなら、時と場所を選んでよね。


****


「それでね、この秋から、正式に私は受験勉強に専念しないといけないし、さっきの会議の後から、色々と考えてみたの」

「へえー、秋星もやるじゃん。是非とも聞かせてもらおうかしら」

「ええ、早速、本題に入るわね」


 秋星が鞄からB5のファイルを出して、挟んでいた紙をテーブルに広げる。


 秋星の部屋の周りには交代制で、姉妹の護衛を挟み、油断大敵で猛獣な僕は、リビングのソファーの片隅に追いやられる図面に……。

 ねえ、僕って、そんなに信用ないの?


「あのさ……僕も受験生なんだけど?」

「えっ、お兄ちゃん、ハルと結婚して、温かい家庭を築くんじゃ?」

「僕の発言は無視なのか?」


 今どき、高卒で結婚したいという考えも少数派だよ。

 しかも僕は男だし、一文無しで、その一大イベントに挑むにはハードルが高過ぎる。


「ねえ、式を挙げる時には夏希も呼んでね。目一杯、お腹空かしとくから」

「なるほど。バイキング形式も悪くはないね」


 夏希の誘い文句にのったハルが、スマホのメモ欄にイメージした案を書き足していく。


「私的には、自然素材を活かしたオーガニックな料理で攻めてですね」

「ほお。そこんところ、詳しく聞かせてもらおうか、秋星お姉」


 秋星のナイスなアイデアにそそられた夏希が、ヨダレを垂らしながら話に食らいつく。

 余程、お腹が減ってるんだね。


「──お待たせしました。ハンバーグステーキのお客様と、そのお連れ様」

「あっ、はい」

「鉄板がお熱くなっておりますので、火傷にお気をつけ下さい」

「はい」


 安心、安全性を強調した、緑のエプロンを着けた可愛らしい女性の店員さんが、熱した鉄板にのったハンバーグの木皿をテーブルに置く。

 大人の拳骨くらいなハンバーグは、肉汁を滴らせながらも、食欲をそそる、香ばしいスパイスを匂わせていた。


「それからですが、今ならハンバーグを複数注文致しますと、この店限定の福引券を進呈しております」


 笑顔がよく似合う店員さんが、僕に向かって、白い紙切れを手渡してくる。


「お客様は二品を頼みましたので、券は二枚になります」

「どうも」

「受付場所はレジの横にあるカウンターになります。参加費は無料ですので、是非とも奮って、ご参加くださいませ」


 その場で重ねた両手をひざ元に添え、ペコリと丁寧にお辞儀をし、終始笑顔な店員さんは静かにこの場を去っていった。


 まさに接客業の鏡みたいな店員さんだったね。

 あんなにしつけが徹底していたら、もう何も言うことないよ。

 福引き券を貰う以前に感服したよ。


「良かったじゃん。アンタとハルにぴったりな企画だわ」

「志貴野くん、やるからには全力投球よ」

「は、はあ……」


 僕は福引き券を握りながら、隣でハンバーグを口に頬張るハルを見つめる。


 そうして手元にある紙エプロンを首にかけ、注文した熱々なハンバーグに目線を落として考える。

 僕は姉妹の誰よりも、心からハルのことが好きなのかと……。



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