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「
「ぐぬぬ……
晴天の下、いかにも機嫌が悪そうな一人の女の子との待ち合わせ場所。
自宅から割と近い約束の公園に着いたのは、家を出て、およそ一時間後だった。
そう、今日に限って、信号待ちが多かったり、変な勧誘をしてくるビラ配りに呼び止められたり、目の前をカルガモの親子の群れが横切ったり。
二度あることは、三度あるともいうけど、不運には不運が重なるものだ。
「言い訳なんか聞きたくないわよ。それさ、アタシじゃなくて、ハルに謝りなさいよ」
「今日の主役は、あの子なんだから」
もう朝方は寒いせいか、黒いワンピースの上に肌色のファーベストを着込み、明らかに怒りの口調の美冬が、ベンチの前で座らずに、じっと立っている
ハルはといえば、ショートの青いジャケットに、白いミニスカートと男心をくすぐるトレンドコーデだ。
「あっ、そうだったね」
だけど主役は僕よりも、目の前のスマホ操作に夢中で、僕の存在にすら、気付きもしない。
でも遅れて来たのは僕だし、ハルに失礼をかけたのは事実だろう。
ここは一人の男として、素直に謝るのみだ。
「ごめん、ハル。大事な話がある時に」
「大丈夫だよ。二次元彼氏というスマホゲームが癒やしてくれたから」
「そうか、僕の存在は恋愛ゲーム以下というわけか」
「うん。もう、回し蹴りから、空中コンボを決めたい気分だったよ」
「はあ、ハル大統領、正気かい?」
ハルがスマホをバッグに入れ、突然おかしな発言をするので、そのキレの良さを賞して、なんちゃって、お頭な大統領ということにしておく。
「紛らわしいから、
「はあーい」
美冬の容赦ない発言に、何の抵抗もなしに従う、紫のジャージの夏希。
どうやら途中から、夏希によるハルの声真似だったらしい。
そうだな、ゲーヲタから格闘家に転した話なんて聞いたこともないし……そんな飛び抜けた会話、ゲームやアニメの世界だけだよ。
「志貴野お兄ちゃん、こんなところに呼び出したってことは、デートのお誘い?」
「ま、まあ、そんなところかなあー!?」
「どうしたの。裏声だし、体震えているよ?」
僕自身、女の子と話すのは苦手だけど、理由も無しに嫌われるといい感じがしない。
苦手意識はあっても、下手に相手を避けるんじゃなく、人として最低限の挨拶くらいは必要だと思ってる。
……と見た目と考え方が、じいさんだけど、ナンパ術が巧みな親父から学んだんだけどね。
「ちょ、ちょっと、直下型地震の影響をもろに受けてさあー!?」
「だったらハルも揺れると思うけど?」
「まあ、僕が全衝撃を吸収してるからね」
震えが止まらない僕は、それなりの言い訳を考えるけど、元が陰キャのせいか、ろくにコミュニケーションが取れない。
「それよりも早く行こう。あとのせさくさく天ぷらうどんが冷めてしまう」
「お兄ちゃん、デートの食事にカップ麺なんて最悪だから」
「えっ、最近のカップ麺も美味で捨てがたいのに?」
「むしろ、スープは捨ててよね」
カップ麺の内側にあるプラスチックの素材が、熱湯により、スープに溶け込むという都市伝説。
販売メーカーは否定してるけど、別の研究員チームからは、肥満のもとになる成分があると指摘。
どのみち、ラーメンのカロリー自体が高いから、一緒だと思うんだけどね。
「そうそうお二人さん。麺を食べるなら、老舗店っていうだろ」
「本当に
ベンチの後ろにある草むらから、ガサガサと草を掻き分けて登場する、金髪のイケメン。
わざとなのか、天然なのか。
多分、後者が正しい答えだけどね。
「よせよ、いくら俺のスピーチが上手くても、百点には及ばないぜ」
「いや、褒めてないから」
「麺だけに、褒めてのびるラジオっていうだろ」
「そんな悪趣味な放送なんて、誰が聴くんだよ……」
ラジオをつけたら、今日のうどんの生地の練り加減はこうで、食塩と水の濃度はここまでと調整して、そのデキ加減に『お主、良くやった、今日のうどんの出来栄えも最高だ♪』と。
いや、手作りうどんじゃなくて、カップ麺の話だよね……。
「ところで、賢司さあ」
「何だよ、俺はお出汁が効いた、鴨南蛮そばがいいって言ってるだろ」
「だから、麺の話から離れてよ。ヨダレも垂れてるし……」
鴨肉に麺なんて、肉のお出汁を吸って、強烈にパンチが効いた味だろう。
鴨料理、ちょっと値段は張るし、期間限定だけど食べて損はない。
「しょうがないなあ。ちょっとバッグからポケットティッシュを出すからさ」
「おう、悪いな。腹ヘリで、ついつい旨い飯を想像していたらな」
「全く、世話が焼けるんだから……あれ?」
何とかして、灰色のハイネックの賢司が思い浮かべる飯テロを防ごうと、ズボンのポケットを探ると、ティッシュ以外に長ひょろい物体が指先に触れた。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
「いや、ポケットの中に紐のようなものが入っててさ」
四本の靴紐に似ていたが、丈夫な布の素材からして、一種のアクセにも受け取れる。
「あっ、それって……」
「アタシたちがしてる、桜色の髪留めと似てるわね」
美冬がサイドテールに結わえた紐を触りながら、ハルが思っていそうなことを言うと、ハルも同じく首を縦に振る。
「もしや深夜に、ハルたちの部屋に忍びこんで盗んだとか? 夜這いもいいところだね」
「いや、それをやったら犯罪だよ」
しかし、ハルは何か勘違いしてるようで、良からぬ話を持ちかける。
「そうか。志貴野も、やっと女に目覚めて」
「何か目覚めが悪い言い方だよね……」
いくら訳ありで興味がないとはいえ、異性に急に目覚めたって何さ?
寝不足には辛い、目覚ましのアラーム音。
それよりもたちが悪い親友の言葉に、僕は本音で答える。
「なあ、賢司。お前は何回、僕らを騙してきたんだ?」
「騙すなんて人聞きが悪いぜ。俺は常に対等に物事を見ててな」
賢司が茶色のチノパンのポケットからショート缶を取り出し、豪快に一気飲みする。
その飲み方からして、炭酸ジュースじゃないことは確かだね。
「催眠術を影で利用してもかい?」
「えっ、お前さん。妄想も大概にしろよな」
「その口振り、
雲がかかりだした空から、湿った風が流れ込んでくる。
今日の天気は晴れだったけど、女心と秋の空だけに……。
そうさ、賢司とは長年の付き合いなんだ。
例え、顔色を変えなくても、神楽坂おじさんの名を出した途端に、いつもの賢司じゃないことも分かるよ。
「へっ、志貴野。もしかして……」
「ああ、そのまさかだよ」
ふと、頬に冷たい雫が落ちる。
空を見上げれば、曇り空の間から、ポツポツと小雨が降り出してきた。
僕が