「どう、
「うーん、変な感じだよ。僕、本当に入院してたんだね」
どんな理由と出来事で、こうなったかは謎だけど、腰から先の足には反応がない。
「何言ってんのよ。家に引きこもって、キモオタだった頃よりかはマシよ」
「でも結局は、自宅療養になるんだけどね」
「シキノン、怪我して歩けないからね」
「怪我って、同部屋のあきらって子も言ってたな。原因は不明だけど……」
これは真剣にヤベエ。
何らかの怪我で自由がきかないのか。
だったら少なくとも、僕の怪我の状態くらいは教えてほしいよ。
現代医学では治せない重い病名でも、自害をするような性格でもないし、もう歩けないとしても、人として懸命に生きたいから。
「まあまあ、シキノン。家に帰ったら、じっくりと落ち着こうじゃないか。こんな時のために、瓦を準備しておいたから」
「何だよ、瓦そばでも、ごちそうしてくれるのかい」
「うむ。とびっきりの空手割りを披露してやろうぞ」
あれ、皿がないなら作るまでと叫びながら、麺を瓦で焼いて、そのまんま盛りつけるズボラ料理じゃなくて、真面目な山んところの伝統料理じゃないの?
夏希、その瓦を真っ二つにする、昭和な芸なんて、このご時世に誰が見るんだよ。
本人は何とも平静な態度でも、割った後の赤くなって腫れた手とか、めっちゃ痛そうだし……。
「いや、それは見せなくてもいいから」
「うむむ。
「スイカ割り気分で、やられても困るからね」
スッパン綺麗に割れました、粉々になった瓦の後始末をお願いします。
思い悩んで踏みとどまるの、思い切って割るにしろ、きちんと片付けてよね。
「シキノン、何が不満なんだ。この夏希が人肌脱いで、ありのままの姿を見せてきたのに」
「キモオタ、アンタ、まさか脱がせたって?
無垢な子供でもあった、夏希にまで手をかけて」
美冬がヒイた冷めた目つきで、今までにない睨みをきかせる。
僕は
ましてや、抱くなんてできる男でもないし、下手をすれば、セクハラで逮捕だよ。
そうさ、いくら仲良くなっても、友達以上恋人未満が、僕には限界である。
それを美冬は、至らない言葉で突っ込んできて。
女の子って、いくつになっても色恋沙汰が好きだよね。
「そう、布切れに手をかけて、ええんかって言いながらも、シキノンの担当だった看護師は……」
「志貴野くんの不潔」
夏希の遠慮もない、嘘な発言にも関わらず、美冬に続いて、秋星さえも冷たく接してくる。
まだ青々とした、紅葉の街路樹を突き抜ける際、僕を乗せた助手席のドアをハンドル操作で自動で開け、『はい、そのまま急カーブにさしかかり、ハンドルを持つ手が滑った、車道へさよなら、ララバイよー』をされそうで怖い。
「ちょっと誤解を招くようなことは言わないでよ!! そんな接点はないし、看護師さんが検査するから、マスク外してって喋ってきただけだよね!」
女性の看護師さんから、扁桃腺が腫れてるかチェックしますの項目から、離婚届の流れはキツイものがあるよ。
奥さん、どんだけ夫を縛りつけるの、そんなに旦那が信用できないの?
束縛は身を滅ぼすよ、みたいな感じだよね。
「ほおほお、その証拠はあるのかね。解答二重面相?」
「普通に答えを返したでよくない?」
「おうおう、怪盗二重メンソーレ?」
「
夏希の会話に、相応しい言葉を投げかけるけど、元が天然だったら効果は薄い。
「ありがとう。これで安らかに眠れる」
「エジ○トのクレオパトラみたいだね」
「うむ、クレパトくらい、ピラミッドの設計図を書きたい時もあるのだよ」
「そんなクレクレ詐欺みたいなことを言われてもね」
夏希のボケにツッコミを返し、一級建築士じゃなくても、あの巨大な建造物を作れるとは、大した腕前だなと素直に感じてしまう。
「はいはい、着いたわよ。二人仲良くコントごっこはいいから、さっさと行くわよ」
「秋星、何か機嫌悪くない?」
「さあね、自分の胸に聞いてみたら?」
秋星が道路際から、少し離れた駐車場に車を停め、僕を無視して歩き出す。
──喫茶店ヴァンベール。
彼女ら姉妹の世間話から、ケーキが美味しいお店だと聞いたことがある。
記憶が薄れていて、うろ覚えだけどね。
「ちょっと待ってよ、秋星!」
「アンタが女好きということは、よーく分かったわ」
「美冬までどうしたんだよ?」
──美冬が大きくため息をついて、車椅子に座る僕の前にしゃがんで、目を合わせる。
日頃、顔も合わせない彼女との会話なんだ。
『てへへ、聞いてませんでしたー』とかの冗談じゃすまないし、これから美冬が語るであろう発言も聞き逃せない。
「アンタ、これから行く場所が分かっててやってるの? あまりに酷いと、婚約破棄にもなりかねないわよ?」
喫茶店と婚約に、何の関連性があるんだろう。
美冬の言うことが、とんちんかんで、首を傾げることしかできない。
「はあ? 僕が誰と結婚するのさ?」
「誰がって、自分から告ったくせに、何をいきなり。アタシもアンタのことが……」
「美冬……まさか、お腹が痛い?」
「そんなわけないでしょ!!」
美冬が真っ赤な顔で逆ギレする。
何か大事なことを言いかけたけど、お腹が痛いのは間違いないみたいだ。
女の子は体調不良で、機嫌が悪い日もあるみたいだし。
「はい、はーい。お仲がよろしいことで」
隣に停まっていた、白の軽自動車の助手席から降りてきた、灰色のパーカーに、白いパンツルックスな男の子。
松葉杖をつき、その特長的な短めの銀髪には見覚えがあるよ。
「えっ、あきら君?」
「うん。ボクのお父さんが経営してる結婚式場でね。気に入ってもらえるといいな」
「喫茶店の二階で式場をか……」
ここ最近流行っている、カフェウェディングというものらしい。
何でも喫茶店を貸し切りにして、身内や友達同士で、気軽に参加できるとか。
服装もスーツなどにこだわらず、カジュアルでオッケーときたものだ。
介護がしやすいよう、青い作務衣を着てる僕以外の三重咲姉妹は、きちんと学生服で正装してるけどね。
「ほら、新郎はボサッーとせずに、さっさと行く。これ以上、花嫁に恥をかかせるな」
「美冬、僕は秋星とは別に……」
「そう思うんなら、現実を見な。目の前の女を大切にしなさいよ」
僕の心の奥で、照れくさそうに笑う、赤毛の女の子はここにはいない。
「早く行こうよ、シキノン。もうお腹ペコペコだよ」
「……うん」
腹ヘリで顔色が悪そうな夏希から、服を摘まれ、否応なしに、二階建ての家屋へ入ることにした。
──ハル、僕は傷ついていた心から、漏れ出た自分の感情を抑えるのに、必死の日々だったんだよ。
僕は恋愛に不器用だけど、誰よりも一途だし、いくら君より可愛くても、美人さんでも、君以外の他の女の子は、一切眼中にないんだ。
僕は君だけを、ずっと好きでいたいんだ。
なのに、突然、秋星と結婚式を上げるとかになってるし、どこを捜しても、君の姿がないのはなぜなんだよ。
一体、どこに行ったら、愛しのハルと逢えるんだよ……。