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第55話 どこに行ったら、愛しのキミと逢えるんだよ

「どう、志貴野しきのくん、久々の外の空気は?」

「うーん、変な感じだよ。僕、本当に入院してたんだね」


 どんな理由と出来事で、こうなったかは謎だけど、腰から先の足には反応がない。

 秋星あきほが運転する、赤い軽ワゴン車の助手席に、夏希なつきの腕っぷしなパワーで乗せられ、さらに後部座席に乗ろうとした美冬みふゆからは、冷たい目で見られ、僕自身も情けない気分になる……。


「何言ってんのよ。家に引きこもって、キモオタだった頃よりかはマシよ」

「でも結局は、自宅療養になるんだけどね」

「シキノン、怪我して歩けないからね」


「怪我って、同部屋のあきらって子も言ってたな。原因は不明だけど……」


 これは真剣にヤベエ。

 何らかの怪我で自由がきかないのか。


 だったら少なくとも、僕の怪我の状態くらいは教えてほしいよ。

 現代医学では治せない重い病名でも、自害をするような性格でもないし、もう歩けないとしても、人として懸命に生きたいから。


「まあまあ、シキノン。家に帰ったら、じっくりと落ち着こうじゃないか。こんな時のために、瓦を準備しておいたから」

「何だよ、瓦そばでも、ごちそうしてくれるのかい」

「うむ。とびっきりの空手割りを披露してやろうぞ」


 あれ、皿がないなら作るまでと叫びながら、麺を瓦で焼いて、そのまんま盛りつけるズボラ料理じゃなくて、真面目な山んところの伝統料理じゃないの?


 夏希、その瓦を真っ二つにする、昭和な芸なんて、このご時世に誰が見るんだよ。

 本人は何とも平静な態度でも、割った後の赤くなって腫れた手とか、めっちゃ痛そうだし……。


「いや、それは見せなくてもいいから」

「うむむ。折角せっかくの手料理を振る舞おうと思ったのに……夏希シェフは誠に残念だよ……」

「スイカ割り気分で、やられても困るからね」


 スッパン綺麗に割れました、粉々になった瓦の後始末をお願いします。

 思い悩んで踏みとどまるの、思い切って割るにしろ、きちんと片付けてよね。


「シキノン、何が不満なんだ。この夏希が人肌脱いで、ありのままの姿を見せてきたのに」

「キモオタ、アンタ、まさか脱がせたって?

 無垢な子供でもあった、夏希にまで手をかけて」


 美冬がヒイた冷めた目つきで、今までにない睨みをきかせる。

 僕は三重咲みえさき姉妹相手とは、一つ屋根の下で、だいぶ慣れてきたけど、女性恐怖症なのは変わらないし、例の心の傷がきっかけで、心の底から、女の子を好きにはなれないんだ。


 ましてや、抱くなんてできる男でもないし、下手をすれば、セクハラで逮捕だよ。


 そうさ、いくら仲良くなっても、友達以上恋人未満が、僕には限界である。

 それを美冬は、至らない言葉で突っ込んできて。

 女の子って、いくつになっても色恋沙汰が好きだよね。


「そう、布切れに手をかけて、ええんかって言いながらも、シキノンの担当だった看護師は……」

「志貴野くんの不潔」


 夏希の遠慮もない、嘘な発言にも関わらず、美冬に続いて、秋星さえも冷たく接してくる。


 まだ青々とした、紅葉の街路樹を突き抜ける際、僕を乗せた助手席のドアをハンドル操作で自動で開け、『はい、そのまま急カーブにさしかかり、ハンドルを持つ手が滑った、車道へさよなら、ララバイよー』をされそうで怖い。


「ちょっと誤解を招くようなことは言わないでよ!! そんな接点はないし、看護師さんが検査するから、マスク外してって喋ってきただけだよね!」


 女性の看護師さんから、扁桃腺が腫れてるかチェックしますの項目から、離婚届の流れはキツイものがあるよ。

 奥さん、どんだけ夫を縛りつけるの、そんなに旦那が信用できないの? 

 束縛は身を滅ぼすよ、みたいな感じだよね。


「ほおほお、その証拠はあるのかね。解答二重面相?」

「普通に答えを返したでよくない?」

「おうおう、怪盗二重メンソーレ?」

最早もはや、言葉選びが暴走してるよ」


 夏希の会話に、相応しい言葉を投げかけるけど、元が天然だったら効果は薄い。


「ありがとう。これで安らかに眠れる」

「エジ○トのクレオパトラみたいだね」

「うむ、クレパトくらい、ピラミッドの設計図を書きたい時もあるのだよ」

「そんなクレクレ詐欺みたいなことを言われてもね」


 夏希のボケにツッコミを返し、一級建築士じゃなくても、あの巨大な建造物を作れるとは、大した腕前だなと素直に感じてしまう。


「はいはい、着いたわよ。二人仲良くコントごっこはいいから、さっさと行くわよ」

「秋星、何か機嫌悪くない?」

「さあね、自分の胸に聞いてみたら?」


 秋星が道路際から、少し離れた駐車場に車を停め、僕を無視して歩き出す。


 ──喫茶店ヴァンベール。

 彼女ら姉妹の世間話から、ケーキが美味しいお店だと聞いたことがある。

 記憶が薄れていて、うろ覚えだけどね。


「ちょっと待ってよ、秋星!」

「アンタが女好きということは、よーく分かったわ」

「美冬までどうしたんだよ?」


 ──美冬が大きくため息をついて、車椅子に座る僕の前にしゃがんで、目を合わせる。

 日頃、顔も合わせない彼女との会話なんだ。

『てへへ、聞いてませんでしたー』とかの冗談じゃすまないし、これから美冬が語るであろう発言も聞き逃せない。


「アンタ、これから行く場所が分かっててやってるの? あまりに酷いと、婚約破棄にもなりかねないわよ?」


 喫茶店と婚約に、何の関連性があるんだろう。

 美冬の言うことが、とんちんかんで、首を傾げることしかできない。


「はあ? 僕が誰と結婚するのさ?」

「誰がって、自分から告ったくせに、何をいきなり。アタシもアンタのことが……」

「美冬……まさか、お腹が痛い?」

「そんなわけないでしょ!!」


 美冬が真っ赤な顔で逆ギレする。

 何か大事なことを言いかけたけど、お腹が痛いのは間違いないみたいだ。

 女の子は体調不良で、機嫌が悪い日もあるみたいだし。


「はい、はーい。お仲がよろしいことで」


 隣に停まっていた、白の軽自動車の助手席から降りてきた、灰色のパーカーに、白いパンツルックスな男の子。

 松葉杖をつき、その特長的な短めの銀髪には見覚えがあるよ。


「えっ、あきら君?」

「うん。ボクのお父さんが経営してる結婚式場でね。気に入ってもらえるといいな」

「喫茶店の二階で式場をか……」


 ここ最近流行っている、カフェウェディングというものらしい。

 何でも喫茶店を貸し切りにして、身内や友達同士で、気軽に参加できるとか。


 服装もスーツなどにこだわらず、カジュアルでオッケーときたものだ。

 介護がしやすいよう、青い作務衣を着てる僕以外の三重咲姉妹は、きちんと学生服で正装してるけどね。


「ほら、新郎はボサッーとせずに、さっさと行く。これ以上、花嫁に恥をかかせるな」

「美冬、僕は秋星とは別に……」

「そう思うんなら、現実を見な。目の前の女を大切にしなさいよ」


 僕の心の奥で、照れくさそうに笑う、赤毛の女の子はここにはいない。


「早く行こうよ、シキノン。もうお腹ペコペコだよ」

「……うん」


 腹ヘリで顔色が悪そうな夏希から、服を摘まれ、否応なしに、二階建ての家屋へ入ることにした。


 ──ハル、僕は傷ついていた心から、漏れ出た自分の感情を抑えるのに、必死の日々だったんだよ。


 僕は恋愛に不器用だけど、誰よりも一途だし、いくら君より可愛くても、美人さんでも、君以外の他の女の子は、一切眼中にないんだ。


 僕は君だけを、ずっと好きでいたいんだ。

 なのに、突然、秋星と結婚式を上げるとかになってるし、どこを捜しても、君の姿がないのはなぜなんだよ。


 一体、どこに行ったら、愛しのハルと逢えるんだよ……。

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