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第56話 表向きにはゲーム売り場だったんだが、裏では闇市みたいな商売をしていてな

「──それでは今宵は、樹節きせつ家、新郎新婦の末永い幸せをお祈りし、乾杯!」

「カンパーイ!!」


 グラス同士を合わせる音が反響し、まるでログハウスを思わせるような、小綺麗な木造の室内。

 設計上の作りか、少し急な階段を上がった二階の予約席は、多くの親族やお客さんで埋まっていた。


 昼過ぎに退院して、秋星あきほの車でここまで直行し、特に理由もなく、時間が押していると、すぐさま結婚式を迎えた僕ら。

 夕暮れとなった、今の披露宴は会食の時間となり、ほろ酔い気分のお客さんたちは、木の丸テーブルの席に座り、メイドが出したフレンチをグラス片手に食している。


「うぬぬ。なかなか肉が切れないな」

「ふふっ、志貴野しきのくん、それ魚用のナイフだよ」

「えっ、肉と魚で使い分けるのか?」

「そうだよ。もう本当に何も知らないんだね。それにナイフとフォークの持ち方が逆だよ……」


 そんなお客さんよりも、奥の壁際にある、ヒノキの長テーブルにいた、本日の主役の僕ら。

 フレンチの料理に不慣れな灰色のタキシードの僕に対し、隣に座っていた秋星が丁寧に作法を教えてくれる。


「どうしたの、こっち、ジーと見ちゃって?」

「いや、本当に綺麗だなと思って」

「うふふ。おだてても何も出ないよ」


 この場合、身も心も美しい純白のドレス姿というべきかな。

 冗談抜きで、ウエディングドレスを着た秋星は、いつにもなく魅力的だったんだ。


「──それで、例の店の件ですが……」

「ああ、あのファミコンショップのことかい。貴殿のせいではないよ」

「元から因縁があった、アカサカの偽名で経営してたんじゃ。ああなるのは目に見えていたよ──」


 フロアの近くから、場違いな二人組の会話が飛び交ってきて、自分の耳を疑う。

 断片的な内容だったけど、何かが引っかかるような物言いだよね。


「ちょっと志貴野くん?」

「ごめん、秋星。少し席を外すよ」


 新郎であり、一人の男でもある僕は、傍に寄せていた車椅子に乗り込み、木の床を軋ませながら、声の主の元へと向かう。 


「──ねえ、その話って?」

「むっ、うわさをすれば、例の新郎か」


「では、先ほどの話は後ほどに」

「分かりました」


 僕が寄ってきたと同時に、もう一人の白髪頭の男が人波へと消える。

 本当なら二人から、色々と訊きたかったけど、まあいいや。

 一人でも僕にとっては、重要な証人に代わりはない。


「はじめまして、おじさん。ファミコンショップとか言ってたけど、この辺じゃ、そんなお店ないと思うんだけど」

「フッ。察しが早いな、坊や」

「坊やじゃないよ。僕には志貴野しきのという名前があるんだけど」

「それくらい知っとるよ。ただの坊やかと思えば、しっかりとした挨拶や、丁寧な受け答えをするじゃないか。今どきの若者にしてはな」


 お洒落な帽子を被ったおじさんが、グラスに入った茶色い酒を飲み干し、隣の僕にもボトルを突きつけ、酒を勧めてくる。

 本日の主役でもある僕が、半端困った顔つきをすると、おじさんは少し笑いながらも、ウイスキーのボトルを、手元のテーブルに戻した。


「それで志貴野君。このおじさんに何のようかな?」

「惚けないで下さい。そのご年齢でゲームショップの話なんて、ありえないでしょう?」

「アハハッ。こんなご老体でも、ゲームの話くらいするさ」


 そうなんだ。

 白髪が目立ち、所々にシワがあり、でもどこから見ても、六十は過ぎた初老のおじさんだろうし、何か、裏があるはずだ。

 僕は特に気に止めず、話を繋げることにした。


「じゃあ、正統派続編のダンジョンRPGのオレノヤキトリガー2を知ってますか?」

「ああ、知ってるよ。前作に負けないくらいの内容だったね」


 おじさんが難なく答えを返す中、答えを明確にするため、さり気なく、もう一つの質問をする。


「先月、そのゲーム最新作の4が発売されましたよね?」

「そうだな。前作に負けないほどの探索ゲームだったな」


 第二の返しで確信した僕は、おじさんの目と鼻の先にグイッと迫り、間近の距離で呟いた。


「……おじさん」

「……何だい、志貴野君?」

「……どさくさに紛れて、デタラメを言うなよな」

「……えっ?」


 そう、本当におじさんが、ゲームに詳しいかをあぶり出すために、カマをかけてみたんだ。


「そもそも、そんな名前の探索ゲームとかないし、続編すらも販売してないよ」

「何だと!?」


 ヤキトリガーなんて、売れそうにない異名だし、オレノトリガーが正式名称である。

 内容も広大なフィールドにある、時空スポットを移動するわりには、シンプルな操作で、基本的にはコマンド選択式により、物語を進めていくRPGなんだよ。


 ゲーオタという、魔の存在感に染まりきってないゲーム初心者や、陽キャが好みそうな王道なファンタジーで、暗くてジメジメとしたダンジョンを探索するのとは、かけ離れているんだ。


「……君、条件はなんだ」

「うん、そのファミコンショップの情報が詳しく知りたいんだ。この現金と引き換えに」

「10万か。妥当な金額だな」


 僕は黒い長財布から、手持ちのお金を出す。

 本来なら、このお金は二次会のお披露目で使用したかったけど、四の五の言ってられないよ。


「いいか。この話は他言無用だ。警察にさえ、知られてない極秘の情報もあるからな。もしバラしたら、生きては帰れないと思え」

「重りをつけて、海にでも沈めるのか?」


 よく海の底には、様々な身元不明の遺体があると思われがちだけど、大抵は魚たちのエサや、水流により徐々に体が削られていき、遺体すらも行方すらも、分からなくなることもよくあるらしい。


「なーに、またトラックを利用して、君をはねるのみさ」

「はあ、何、異世界転生みたいなこと、言ってんの?」

「伊勢街道天声?」

「まあ、おじさんには分からないよね……」


 異世界転生なんて、最近の若者を中心に定着した言葉で、こんなおじさんの耳に入っても、肝心の内容が掴めないはず。

 そこでトラックがどうとかという作り話は、現実では浮いて聞こえるんだよね。


「……アカサカファミコンショップは、表向きにはゲーム売り場だったんだが、裏では闇市みたいな商売をしていてな」


 一見、ファミコンって、レトロで売れそうなゲームだけど、そんなに売れないのかな。

 急速にゲーム離れが進んでるとは言っても、一本あたり、それなりにするし、二桁売れただけで、十分に元はとれそうだけど。


「……その首謀者が、神楽坂かぐらざかという男だった」

「えっ?」

「彼は催眠術を習わしにして、アカサカという偽名で、その店舗を経営していたのだ。カグラザカの氏名を少し文字ってな」

「……おじさん、それここじゃ、関係ないよね。何で、そんな話をする必要が?」


 ここで繋がる、神楽坂という男とアカサカとの奇妙な接点。

 だけど、少なくとも、こんな楽しい式場で話すような話題じゃないよね。


「三重咲姉妹の四女、春子はるこの誘拐拉致といえば納得かな。当の姉妹の耳には行方不明扱いとなってるがな」

「それってどういう?」


 春子って、あのハルのことだよね。

 ここにいないと捜していたら、実は拐われていたって?

 でもお金に関しては、平凡な彼女を拐うような意図が、よく分からない。


「まあ、それに関しては、ゆっくりと語ろうじゃないか。今は会食中だし、情報料も貰ったしな」


 おじさんが帽子のつばを整えながら、静かに語り出す。

 僕は車椅子のタイヤを握ったまま、ショックで身動きすらもできなかった……。






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