目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第59話 さあ、長き因縁に終止符を──。

****


「──そうして神楽坂かぐらざかはホームセンターでナイフや縄を買い、寝静まった深夜に勝竜龍郷しょうりゅうたつごうを拉致し、自身の運営するファミコンショップの地下室に監禁した」

「そうか、賢司けんじのお父さんは神楽坂おじさんの手によって……」


 賢司の父親の行方不明となった事実が明らかになり、僕はどうしていいのか分からない、複雑な気持ちだった。


「だがな、隠し事というのは、いつかはもの。龍郷が行方不明と知り、彼の子供二人、賢司と春子はるこは、その父親を見つけるために、SNSを中心に必死になって捜索した……」


 おじさんが空のグラスに、新たなお酒を入れて、その香りに酔いしれる。

 まあ、実際には数本の酒のボトルを開けて、すでに酔ってるんだけどね。


「でも見つからなかった……?」

「いや、正確には見つかっていたのさ」

「えっ、バレてたの?」


 偽装工作もまともにできなくて、よく噂にならなかったよね。

 マスコミは署内で専用の部屋にいて、ハイエナのように常に情報を狙ってるからね。


「そうさ。その口封じと警備を兼ねて、アカサカファミコンショップでバイトをさせるようになったのさ」

「莫大な金額で釣り上げて、寝たきりだった春子さえも奇跡的に救ってな」

「なるほど。それでハルは回復し、兄妹揃ってあの店に……」

「あの場合、賢司が地下牢の守り番、春子が情報収集の売り子みたいな感じかな。店の経営を維持するには金が必要だったからね」


 やっぱりそうか。

 あの時、ファミコンショップにハルが居たのは偶然じゃなかったんだ。

 僕のゲーム好きな趣向をリサーチし、運命の出会いのフリをして、あの場所で待ち構えてたんだね。


 なのに、僕は勝手にテンション上げて、可愛くて気の合う妹ができたように一人で浮かれて……。

 まさに心の中身は、お尻に卵の殻が付いたヒヨコだよ。


「やがて春子は君の妹となって樹節きせつ家に潜り込んだ。神楽坂には新たな資金が必要だったからだ」

「つまり詐欺ということか」

「うむ。賢司には友達感覚で、君や三重咲みえさき姉妹に近付けと神楽坂は指示した。君らに超小型の発信器を付けて、常に居場所を確認できるようにな」

「そうか、それで僕らのいる先々に賢司が現れて」

「まあ、普通ならその時点で、何かしら気付くものなんだけどね」

「はい、すいません……」


 自分の鈍感さで僕だけじゃなく、三重咲姉妹の方さえも傷付けてしまった。

 胸の奥まで申し訳ない気持ちでいっぱいだよ。


「おじさんはね、本当は秘匿の警察官でもあり、ご存知のように詐欺疑惑の神楽坂の行方を伺っていたんだよ。こうしてここで仲間と会話をしていたのはそのためさ」

「なるほど。こんなおおやけの場所なら、捕まえやすいと……」


 こんな披露宴のイベント中や休憩中でも、賢司の姿は見えないままだけど、どこかで耳を澄ましているんだろうね。

 いつ現場に飛び出しても、ボケとツッコミで誤魔化せるように……。


「それもだが、疑惑という呼び名の通り、神楽坂には物的証拠というものがない。だから刑罰も軽く、すぐに出所できてしまう」

「証拠というのは催眠術ということ?」

「なっ、どこでそれを知った、志貴野しきの君!」


 おじさんが突然、席を立って、僕の襟を強く掴む。

 肺に酸素が回らず、息ができなくて苦しいよ。


「痛い、痛いって。おじさん、乱暴だよ!?」

「ああ、私としたことがついカッとなって……すまない」


 おじさんが反省した素振りで、僕の乱れた作務衣を整える。


「しかし、それが本当なら、我々も考えを改めないとな」

「相手は催眠術の使い手。警察官でも下手に動けないということだね」

「うむ。それに警察は事故に発展してからではないと、動けないのも弱みでな」

「確かに。アイツはお馬鹿そうで、中々の切れ者ですよ」


 僕は低い姿勢となり、傍で聞き耳を立てていた一人の妹に目で合図する。


「というわけで確保ー!!」

「よっしゃー、人参旋風脚!」

「うおっ、何だね!?」


 人参のモコモコなぬいぐるみをガムテープで足に括りつけて、回転回し蹴りをする夏希。


 空手家の一本でも人参。

 それだけでもインパクトは十分だね。


「こんな風にね」

「うん、シキノン。きっちり捕らえたよ」


 夏希がおじさんの後ろ手を紫のなわとびで縛り、この場で動きを封じる。

 夏希曰く、日頃からトレーニングの日課として、なわとびは欠かせない。


「くっ、いきなり何の真似だね!?」

「いきなりはこっちの方だよ。賢司」

「むぐっ……」


 僕はおじさんの帽子を取り、あごに手をかけて、その面を思いっきり引っ張ると、おじさんの仮面がゴムマスクのようにすっぽりと取れる。


美冬みふゆ、ここから逃げていった、変装した神楽坂おじさんは?」

「何とか外で見張りをした警察官に取り押さえてもらったわよ。だけどアンタも中々やるじゃん。この冴えないおじさんが賢司の変装だなんて」


 素顔を晒された賢司は無表情のまま、何も語ろうとしない。


「酔いもしないノンアルを飲み、こんなにベラベラと個人の秘密を語る、秘匿の警察官なんているかよ」

「それもそうね。情報漏えいというヤツね。現金を受け取った時点で収賄にもなるし」


 美冬が納得しながら、夏希と車椅子の僕と協力し、賢司を取り囲む。


 ここで逃がしたら、相手の思うつぼだ。

 神楽坂おじさんに続いて、この男を逃せば、二人とも警戒し、もう身近に接触するチャンスはないはず。

 これは僕に残された、最後の賭けでもあったんだ。


「さあ、賢司、今度こそハルの居場所を教えてもらおうか」

「だからハルは誘拐されたおじさんの命令で、樹節家に潜り込んだって!」

「なるほど、姿が見えないと思ったら、神楽坂おじさんに誘拐されてたのか。秋星あきほどうかな?」

「はい。きっちりと撮らせてもらいました」

「なっ!?」


 式場というステージから、品よく下りてきた僕の花嫁の手には、証拠という映像を収めたものが握られていた。


「秋星もご苦労さん」

「ドレスが派手な部分、カメラは隠しやすかったけどね」


 最近のビデオカメラは手のひらサイズとコンパクトで、初心者でも使い方が楽らしい。

 価格もお手頃なのが増えたし。


「さあ、賢司。お前たちの悪巧みもここまでだ。ハルを誘拐し、僕の両親の財産を奪おうとした君の野望もな」

「フフッ。10万という金にしろ、尋問にしろ、見事にハメられたわけか。こりゃ笑わせてくれるぜ」


 本性を現した賢司が大きく笑いながら、僕らの包囲網をあっと言う間に抜ける。

 前から感じていたけど、並外れて身体能力が高い男だよね。


「ここはダッシュで逃げるに限るぜ。車椅子で俺の走りについていけるはずがないしな!」


 賢司が逃げの姿勢で構えるが、その時点で十メートルの差はついてる。

 日本新記録かよ。


「あばよ、百年後に会おうや!」

「……百年も待てるわけがないでしょ」


 車椅子から降りて、そのメートルの幅をゆっくりと歩いて追いかける僕。


「……って、あれ?」


 これには賢司も立ち止まり、顔色は真っ青だよ。

 僕に協力してた三重咲姉妹はクスリと笑ってるし、ざまあないね。


「なっ、何で、動けるんだよ!?」

「さあね、僕の足にでも聞いてくれ」


 一つだけ分かったことがある。

 例え、何かが原因で足が動けなくなっても、強い意志と積極的なリハビリをすれば、再びこの大地を蹴ることもできるんだ。


 実は僕は歩けるほどに回復したけど、精神的ストレスも重なって歩けなかったということも……。


 さあ、長き因縁に終止符を──。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?