「さてと。これからどうするかな」
「決まってるでしょ。さっさと、この男衆二人を警察に突き出して」
なわとびはいくつあっても支障がないと、威張ってる
「そうなんだけど、催眠術という、あやふやな証拠じゃなあ……」
「確かに。捕まえても、すぐに出所じゃねえ」
腕を組みながら、うーんと唸る美冬。
日本の警察は犯罪者に対しても、人権を大切にしてるからね。
ちょっと逆らった理由で、拳銃でズドンなんてないし、余程のことがないと死刑にはしないから。
例え、人一人の命を奪ったとしても……。
「クッ、自ら歩み始めたシキノン総理でも、親玉は捕まえることはできないのか」
「あのねえ、僕が歩けるの、前から知ってたよね?」
「ウム。夏希は色々と事情があって、忙しいのだ」
夏希が僕の後ろで何やら飛んだり、確かに忙しそうに跳ねたりしてるけど、木の床が軋んでるし、表でやってよ。
ちょうど月も出てるから、コンビニでみたらし団子でも買って、心置きなくムーンウォークみたいなダンスしてさ。
「たまや、やおやー、フライドチキンやー!」
「紛らわしいから夏希は黙ってて!」
「はーい♪」
近所の川辺で、打ち上げ花火が上がったかのようなハイテンションな夏希。
その妄想を
『ピローン♪』
ふと、ウエディングドレスのポケットに入れていたスマホから着信音が鳴る。
秋星は特に迷うことなく、それを手に取る。
「うん、こんな時にL○NEなんて珍しいね。どれどれ……」
それもそうだ。
友達、仕事仲間、家族……ここには秋星の関係者が勢揃いしていて、別にLI○Eをしなくても面と向かって、対話ができるからね。
「たっ、大変よ。志貴野くん!」
「どうしたんだよ、そんなに慌てて?」
青ざめた表情の秋星に、ただごとじゃない雰囲気を感じ取り、思わず息を呑む。
「警察官が出入り口で捕まえた、この神楽坂おじさんのDNAを鑑定したら、同姓同名で無関係の人だったって!」
「何だって、そんな漫画みたいな偶然が!?」
横に寝そべっていたおじさんが『こりゃ、儲けもんだったぜ』と、茶封筒の中身をチェックしている。
どうやら罠に引っかかってしまったのは、僕らの方だったね。
「夏希は好きだな、ゴルゴ14」
「夏希、紛らわしいから──」
「ハイハイホー♪」
秋星のお叱りを回避するかのように、断りを入れる夏希。
プラス、おバカ騒ぎのような謝り。
それに動じない秋星も大人だ……結婚できるからに大人だけど。
「志貴野、事の発端でもあるアイツを捕まえないことには」
「ああ、イタチごっこだね」
美冬が苦々しく唇を噛みながら、僕に意見を求めてくる。
僕も同意見だし、このまま野放しにはできないよ。
「でも
「ううっ、追いつめたと思ったらこれだよ……」
ハルの言うことも納得できる。
今回はたまたまだし、わざわざリスクをおかしてまで、ここまで近付くことは今後はないだろうね。
人間が本来持っている、警戒心というものだ。
「シキノンよ、二度あることは三度ある。まさにフルーツサンド」
バナナやミカンなどを生クリームで挟んでいるパンを食べながら、悟りを開く夏希。
ねえ、披露宴から、勝手に料理を持ち出すのは、マナー違反にならないの?
「食うか、話すか、どっちかにしなさいよ」
「空海は三度のご飯より、フルーツサンドが好きだった」
「お坊さんは基本二食だけどね」
お坊さんは夕食抜きとか当たり前だし、そんな洒落たメニューも口にしないよね。
「待てよ、二度あることは三度……もしかして!?」
「どうしたシキノン、発作か?」
「そんなわけないでしょ……って、志貴野くん?」
「そうか、ようやく謎が解けたよ」
全ての疑問点から、答えが合わさった僕は、早々とこの場を離れる。
みすみすと、あの元凶を逃がすわけにはいかないからね。
「ちょっと、アイツとケリをつけてくるよ」
「お土産よろしくー!」
「夏希、ふざけないの!」
「今ふざけなければ、いつふざけるのさ、秋星お姉」
「プッ。ジジイかよw」
美冬の含み笑いにつられて、周りも笑いの渦となる中、僕は無言で客席のテーブルへと向かった──。
****
「──すみません、ここら辺で、銀髪の高校生くらいの子供を見かけませんでしたか?」
「うーん、さっきまでこの会場にいたけど、お腹がイタイって出ていったきりで。お力になれずにすまないね」
式場で再開される時間に追われ、必死になって客席で情報収集をした結果、ようやく一人の年配の男性と話が通じる。
僕の動きに勘づいて、いち早くこの場を去ったのか……。
「いえ、いいんです。トイレはどっちですか?」
「そこの通路を左に曲がったところかな」
「ありがとうございます」
男性が、ご丁寧に道のりを紹介してくれて、僕もいい人に恵まれたなと思う。
「それよりも兄ちゃん、実は歩けたんだな。今、会場はその手の話で持ち切りだよ」
「はい、その話はまた今度に」
「うむ、楽しみにしてるよ」
男性に一礼すると、周囲の人たちから拍手喝采を浴びる。
僕は多少、照れながらも、その人の輪を通り抜けた──。
****
「──ここか」
会場の賑やかな物音が薄れ、別空間に紛れ込んだような錯覚。
僕は例のトイレの前に到着し、出入り口に立てかけていた松葉杖から察する。
間違いない、アイツはここにいるんだと……。
「おい、居るんだろ。とっとと出てこいよ」
「何だよ。用くらい安心してさせてよ……」
奥のトイレから男の子の声がし、洋式トイレのドアがカチャリと開く。
「あっ……」
どこからどう見ても、あのあきらにしか見えない。
しかし、手元に松葉杖がない上に、足に巻いていた包帯もついてない。
僕の推測通り、あれらはダミーだったか。
「ようやく見つけたよ。親玉ボンバー」
「あははっ、何だよ。わざわざ、こんなところでネタを披露しなくてもw」
元ネタはそちらの方なんだけど、わざわざノッてくるのは余裕の素振りなのかな。
それとも、僕を欺くための作戦だったりして。
「それに歩けるなんて、聞いてないよ」
「そうだね、これは僕からのサプライズかな」
向こうも僕が歩み寄る格好を見て、驚いている。
あの病院は個人情報は、きっちりガードされていたからね。
脊髄損傷で治療できないから、退院ではなく、それなりに回復したから、退院ということに……。
「あきら!」
「うん?」
「いや、
「へえー?」
僕から本当の名前を呼ばれ、あきらの体がピクリと動く。
だが、相手はあくまでもしらをきるつもりだ。
「ついにお前を追いつめたよ。覚悟しなよ!」
この素知らぬふりな男の子は、ここでちゃんと止めないと、僕の性格上、必ず後悔するだろう。
僕はあきらの目の前に立ち、今までの想いを込めた拳を思いっきり振りあげた。