「──ねえ、あの人って例の?」
「よくこんな町中を堂々と歩けるわね」
「──お母さん、あの人って例の魔法使いさんだよね」
「駄目よ、見てはいけません」
──本日をもって満期釈放となり、刑務所から出所したのはいいが、周りの目が私を許してくれない。
新聞に雑誌、TVなどとメディアで叩かれ、なおかつ、詐欺や殺人未遂の罪を犯したんだ。
世間様から見たら、生きる価値も、存在する価値さえもない、燃えないゴミといった所だろうか。
燃えることすら許されないゴミみたいな心が、燻製のように燻ぶられるのが、自分でも分かる。
育ての親が、みんなこの世にいなかったのが、唯一の救いだ。
己の欲望のために犯した元罪人など、到底、受け入れてもらえなかっただろう。
「ちっ、カス共が……」
「僕だって、好きであんな所に入ったわけじゃないのにさ」
自販機では身分証が必要だったので、近くの売店で購入した大好きな嗜好品。
メディアで有名人な私の存在を恐れ、震えて腰をぬかす店主のおっさんに礼をし、くわえタバコで、目と鼻の先にあったボロくて、今にも潰れそうな露店へと立ち寄った。
店内の軒下に売られているアクセサリーを、一品づつ手に取り、吟味してみる。
値段は安めなのが、
「まあいい、文句言ったらきりがないし、今はこっちに専念するか」
本当は、ちゃんとした貴金属店で選びたかったんだが、私のような元犯罪者が入れるような余地はなく、こうして外国人が開いた、違法な露店に立ち寄るしかなかった。
「アイツ、確か、こういうのが好みだったよな」
ホタテ貝のイヤリングか。
アイツはピアスは痛いからと、耳に穴を開けることはしなかった。
でも自分を大人っぽくみせたいと、よく、こんな子供騙しなアクセを身に付けていた。
だが、ある日突然、オシャレに無頓着になり、イヤリングを含めたアクセを付けるのをやめた。
どうやら片親になり、ファッションに金をかける自由が制限されたらしい。
「柄にもなくサプライズなんて。僕も丸くなったものだ」
私は寒空でかじかんだ手で、ホタテ貝のイヤリングを手に取り、同じく、くわえタバコでパイプ椅子に座って、カウンターにひじをつき、新聞を読む金髪の親父に一声かける。
「なあ、店員さん」
「はい。何でしょう?」
三角眼で目つきが鋭く、体格のいい体を武器にして、いちゃもんでもつけるのかと思ったが、意外にも日本語も流暢で、紳士的な接客だったことに驚きを隠せない。
「お会計を頼む。これとこれをくれ。あと、あれもプレゼント用にラッピングしてくれないか」
「承知致しました。お買い上げありがとうございます」
その対応の良さに惹かれ、ほんの親切心でイヤリングの他に、星の宝石が付いたチェーンネックレス、さらに他の一点を追加で購入した。
そしてニコニコ顔な親父に、無言で頭を下げ、カウンターに置かれた灰皿に煙草をもみ消し、静かに店から離れる。
星空が見えもしない、どんよりとした曇り空だったが、私、
****
「……降ってきたな」
黒い皮靴に、白い粒がヒラヒラと落ちてきた。
黒みがかかった空に目をやれば、溶けた粉雪が私の頬を伝う。
雪と同化しそうな白い包み紙をわきに抱え、しばらく町中の灯りに見入っていた所、商店街から、大きな宣伝文句が嫌でも聞こえてくる。
稼ぎ時とはいえ、外仕事も大変だな。
「ジングルベル、ジングルベール、今日は楽しいクリスマスー♪」
商店街のアーケードにて、サンタのコスプレをした中年男がチラシを配りながら、道行く人々にアカペラで歌っている。
ダミ声で音程もめちゃくちゃ。
下手くそなクリスマスソングで、聖なる夜の雰囲気も台無しだ。
「おっと」
少し苛ついた私は、そのクソサンタに、わざとらしく肩をぶつけた。
「あっ、すいません」
「おい、どこ見て歩いてるのさ、兄ちゃん。目ん玉、目玉焼きになってないかあ?」
「だから、すみませんって」
場合によっては、目玉焼きが一時食えそうにないダジャレをぶつけ、ふざけた笑いのサンタが肩をくんできて、酒臭い息を吐く。
このおっさん、仕事中じゃなく、趣味でこんな格好をしてるのか?
チラシに目をやると、サンタのコス安く売ってくださいの文面だし……。
女とコスして、接待パーティーでもするのか?
「まあ、今日はめでたいからな。これも運ってヤツかな。がはははっ!」
「あははは……」
ほろ酔い気分なおっさんサンタが、やたらと絡んでくるので苦笑いしつつも、少し距離を置き、視界の範囲外から、一気に猛ダッシュする。
「はあ、はあ……全く、とんだ時間の浪費だな」
電信柱の前で立ち止まり、遠く離れた商店街を見て、ふと、安心感で心が満たされる。
どうやら上手く、おっさんは撒けたようだ。
「……急ごう」
雪で路面が白くなり、足あとという相棒がついて回る。
季節は、もうすぐ新しい年を迎えようとしていた──。
****
──雪がしんしんと降るホワイトクリスマス。
僕たちは近所の公園で、ある人が来るのを心待ちにしていた。
ちょうど今日が出所日。
40過ぎという中年な彼には、恋人や家族などの身寄りはいない。
だから今度は罪を重ねないように、僕らが心の支えにならないと。
まあ、
「──それでね、
「はははっ、まさに三重咲姉妹の熱い食卓って感じだね」
「もう、私たちは女芸人じゃないんだよ」
秋星がムキになって否定する中、僕はその線の方が売れるんじゃという妄想が、脳裏に膨らむ。
今日の僕と三重咲姉妹は、みんな着物姿だ。
年末年始は色々とイベントがあって、みんな留守にするため、ちょっと早い新年を祝うためでもある。
「あれ?」
「よう」
公園の入り口で、灰色の作業服を着た坊主頭のおじさんが、こちらに手を振ってくる。
おじさん、頭を丸めたんだね。
刑務所では、長い髪を使っての暴力沙汰とかもあるらしいし。
あれ? でもいつもと、様子が違うような……。
「お久しぶりです。神楽坂おじさんですよね。約束通り待ってましたよ」
「ああ……秋星、隣の冴えない男は?」
「何ですか、もう
「そうじゃない。どうして他の男と一緒にいるんだよ!」
突然、神楽坂おじさんが怒鳴ってきて、秋星の紅色の着物を強引に掴む。
「違うよ、志貴野くんは!」
「その男の名を軽々しく言うなあああー!」
逆上した神楽坂おじさんが、こっちにやってきて、鋭く光るものを僕の体に突きつけようとする。
あっ、それは……たこ焼きを焼くときに使う、金属のピックだよね!?
「志貴野くん、危ない!!」
「えっ?」
姉妹が悲鳴を上げた途端に、とある女の子が僕とおじさんの間に割って入る。
『ザシュゥゥゥー!』
「うぐっ!?」
たこ焼きピックが、女の子の腹部にもろに突き刺さり、瞬く間にピンクの着物が濃い赤に染まっていく。
「なっ、お前さんどうして!?」
「
久々に再会した彼女の横顔は、他のどの姉妹よりも美しく見えた……って、能天気に見惚れる場合じゃないよ!
「……良かった。もう少しで、約束が守れない所だった……」
「今はそれどころじゃないよ。夏希、救急車を!」
「分かった、シキノン閣下殿!」
脂汗を垂らしながら、激しく呼吸をするハルを胸に抱き、冷静に救急車を名を呼ぶ。
年中ジャージ姿の夏希が鍛錬を中止し、速やかにスマホをかけるのを見ながら、震える春子の手に力をこめた。
「……卒業して三年後に、桜の木の下で待ち合わせの約束だったよね。まあ、今は冬だし、ここの公園の桜は散っちゃったけど……」
「いいんだ、そんなことは。今はじっとしてて、春子。すぐに楽になるからね」
「……うん、シキ。愛してる」
「僕もだよ」
降り積もる雪が赤い色へと変わり、僕はひたすら春子を抱き締める。
出血で低体温症を防ぐためでもあるが、何より大切な人を、目の前で失いたくないという切ない気持ちもあった。
春子の高卒から数年……三年ぶりに逢ったのに、好きな女の子も守れず、僕は何て弱い人間なんだ。
陰キャな性格が心底、嫌になるよ。
「うああああ、違うんだ。私はあああー!」
「何が違うんだ、秋蘭」
「ああ、
「俺の妹を傷つけるなんて、いい度胸だな」
「だから誤解だっ──」
神楽坂が両手を頭の上にのせて、狂ったようにその場でクルクルと回る。
そんなあまりもの奇怪さに、賢司が黙っているはずがない。
「この恥さらしがあああ。もう二度と、俺たちの前に姿を見せるんじゃねえぇぇー!」
『ガコンッ!!』
「ぐべふっ!?」
黒い袴の賢司が、地面に落ちていた大人の握りこぶしくらいの大石で、神楽坂の横顔をぶん殴る。
見事にクリーンヒットした白目な相手は、放心状態で宙を舞い、砂利の上に転がった。
「さて、これでロリコン魔は、いっちょう上がりと」
「ありがとう、賢司」
「いや、志貴野は悪くねえ。全部、コイツが悪いんだからさ。しかし、この男は幾つになっても変わんねーな」
犯罪者は、その前科ゆえに普通の職には付けず、生きていくために、また新たな犯罪に手をのばす。
ちょっとした簡単な闇企業で大金を稼ぎ、甘い蜜をすすった結果がこうで……真っ当な仕事すらも選べないとか。
どんな決断とはいえ、悪いことはするもんじゃないね。
「志貴野、ハルは無事か?」
「あっ、うん。気を失っただけ」
「そうね、思ったより、傷も深くはないし、命に別状は無さそうね」
こんな素朴な公園とイメージがかけ離れた、黒いボアジャケットを着込んだ、美人なお姉さん。
その美冬は、春子の脈拍を測りながら、春子の胸に聴診器を当てる。
「美冬も来てたのか」
「アタシがいないと、みんなやりたい放題でしょ。家事もろくにできないし」
「ごめんね、非番の時に」
「ううん。困った時は、お互い様よ」
美冬が春子の上体を起こし、止血した傷口に、手慣れた仕草で包帯を巻き始める。
「確かに人との縁って大事だよね」
「その通りよ。アンタもいい加減、腹を括りなさいよ」
エリートの看護師になった美冬、大企業の会社員として働く秋星、格闘技の育成学校の顧問をする夏希、東京で大学と漫画家を両立でやっている春子。
賢司は親がやっていたファッションデザイナーになるって、急に言い出して、都会の専門学校に通い出したし……。
ヤベエ、美冬の言うように、僕だけがフリーターのままで、何もない状態なんだよな。
情けないざまあな行く末だよ……。