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第63話 情けないざまあな行く末だよ……。

「──ねえ、あの人って例の?」

「よくこんな町中を堂々と歩けるわね」

「──お母さん、あの人って例の魔法使いさんだよね」

「駄目よ、見てはいけません」


 ──本日をもって満期釈放となり、刑務所から出所したのはいいが、周りの目が私を許してくれない。

 新聞に雑誌、TVなどとメディアで叩かれ、なおかつ、詐欺や殺人未遂の罪を犯したんだ。


 世間様から見たら、生きる価値も、存在する価値さえもない、燃えないゴミといった所だろうか。

 燃えることすら許されないゴミみたいな心が、燻製のように燻ぶられるのが、自分でも分かる。


 育ての親が、みんなこの世にいなかったのが、唯一の救いだ。

 己の欲望のために犯した元罪人など、到底、受け入れてもらえなかっただろう。


「ちっ、カス共が……」

「僕だって、好きであんな所に入ったわけじゃないのにさ」


 自販機では身分証が必要だったので、近くの売店で購入した大好きな嗜好品。

 メディアで有名人な私の存在を恐れ、震えて腰をぬかす店主のおっさんに礼をし、くわえタバコで、目と鼻の先にあったボロくて、今にも潰れそうな露店へと立ち寄った。


 店内の軒下に売られているアクセサリーを、一品づつ手に取り、吟味してみる。

 値段は安めなのが、おもだが、材質はいい作りみたいだ。


「まあいい、文句言ったらきりがないし、今はこっちに専念するか」


 本当は、ちゃんとした貴金属店で選びたかったんだが、私のような元犯罪者が入れるような余地はなく、こうして外国人が開いた、違法な露店に立ち寄るしかなかった。


「アイツ、確か、こういうのが好みだったよな」


 ホタテ貝のイヤリングか。

 アイツはピアスは痛いからと、耳に穴を開けることはしなかった。

 でも自分を大人っぽくみせたいと、よく、こんな子供騙しなアクセを身に付けていた。


 だが、ある日突然、オシャレに無頓着になり、イヤリングを含めたアクセを付けるのをやめた。

 どうやら片親になり、ファッションに金をかける自由が制限されたらしい。


「柄にもなくサプライズなんて。僕も丸くなったものだ」


 私は寒空でかじかんだ手で、ホタテ貝のイヤリングを手に取り、同じく、くわえタバコでパイプ椅子に座って、カウンターにひじをつき、新聞を読む金髪の親父に一声かける。


「なあ、店員さん」

「はい。何でしょう?」


 三角眼で目つきが鋭く、体格のいい体を武器にして、いちゃもんでもつけるのかと思ったが、意外にも日本語も流暢で、紳士的な接客だったことに驚きを隠せない。


「お会計を頼む。これとこれをくれ。あと、あれもプレゼント用にラッピングしてくれないか」

「承知致しました。お買い上げありがとうございます」


 その対応の良さに惹かれ、ほんの親切心でイヤリングの他に、星の宝石が付いたチェーンネックレス、さらに他の一点を追加で購入した。

 そしてニコニコ顔な親父に、無言で頭を下げ、カウンターに置かれた灰皿に煙草をもみ消し、静かに店から離れる。


 星空が見えもしない、どんよりとした曇り空だったが、私、神楽坂秋蘭かぐらざかあきらの心は、いつになく晴れやかだった……。


****


「……降ってきたな」


 黒い皮靴に、白い粒がヒラヒラと落ちてきた。

 黒みがかかった空に目をやれば、溶けた粉雪が私の頬を伝う。


 雪と同化しそうな白い包み紙をわきに抱え、しばらく町中の灯りに見入っていた所、商店街から、大きな宣伝文句が嫌でも聞こえてくる。

 稼ぎ時とはいえ、外仕事も大変だな。


「ジングルベル、ジングルベール、今日は楽しいクリスマスー♪」


 商店街のアーケードにて、サンタのコスプレをした中年男がチラシを配りながら、道行く人々にアカペラで歌っている。


 ダミ声で音程もめちゃくちゃ。

 下手くそなクリスマスソングで、聖なる夜の雰囲気も台無しだ。


「おっと」 


 少し苛ついた私は、そのクソサンタに、わざとらしく肩をぶつけた。


「あっ、すいません」

「おい、どこ見て歩いてるのさ、兄ちゃん。目ん玉、目玉焼きになってないかあ?」

「だから、すみませんって」


 場合によっては、目玉焼きが一時食えそうにないダジャレをぶつけ、ふざけた笑いのサンタが肩をくんできて、酒臭い息を吐く。

 このおっさん、仕事中じゃなく、趣味でこんな格好をしてるのか?

 チラシに目をやると、サンタのコス安く売ってくださいの文面だし……。

 女とコスして、接待パーティーでもするのか?


「まあ、今日はめでたいからな。これも運ってヤツかな。がはははっ!」

「あははは……」


 ほろ酔い気分なおっさんサンタが、やたらと絡んでくるので苦笑いしつつも、少し距離を置き、視界の範囲外から、一気に猛ダッシュする。


「はあ、はあ……全く、とんだ時間の浪費だな」


 電信柱の前で立ち止まり、遠く離れた商店街を見て、ふと、安心感で心が満たされる。   

 どうやら上手く、おっさんは撒けたようだ。


「……急ごう」


 雪で路面が白くなり、足あとという相棒がついて回る。

 季節は、もうすぐ新しい年を迎えようとしていた──。


****


 ──雪がしんしんと降るホワイトクリスマス。

 僕たちは近所の公園で、ある人が来るのを心待ちにしていた。


 ちょうど今日が出所日。

 40過ぎという中年な彼には、恋人や家族などの身寄りはいない。

 だから今度は罪を重ねないように、僕らが心の支えにならないと。

 まあ、三重咲みえさき姉妹が、勝手に言い出したことなんだけどね。


「──それでね、美冬みふゆがガチで怒って、熱々の高野豆腐を、夏希なつきの顔にぶつけたの。そしたら夏希が大きく飛び上がってね」

「はははっ、まさに三重咲姉妹の熱い食卓って感じだね」

「もう、私たちは女芸人じゃないんだよ」


 秋星がムキになって否定する中、僕はその線の方が売れるんじゃという妄想が、脳裏に膨らむ。


 今日の僕と三重咲姉妹は、みんな着物姿だ。 

 年末年始は色々とイベントがあって、みんな留守にするため、ちょっと早い新年を祝うためでもある。


「あれ?」

「よう」


 公園の入り口で、灰色の作業服を着た坊主頭のおじさんが、こちらに手を振ってくる。


 おじさん、頭を丸めたんだね。

 刑務所では、長い髪を使っての暴力沙汰とかもあるらしいし。

 あれ? でもいつもと、様子が違うような……。


「お久しぶりです。神楽坂おじさんですよね。約束通り待ってましたよ」

「ああ……秋星、隣の冴えない男は?」

「何ですか、もう志貴野しきのくんの顔、忘れたんですか?」

「そうじゃない。どうして他の男と一緒にいるんだよ!」


 突然、神楽坂おじさんが怒鳴ってきて、秋星の紅色の着物を強引に掴む。


「違うよ、志貴野くんは!」

「その男の名を軽々しく言うなあああー!」


 逆上した神楽坂おじさんが、こっちにやってきて、鋭く光るものを僕の体に突きつけようとする。

 あっ、それは……たこ焼きを焼くときに使う、金属のピックだよね!? 


「志貴野くん、危ない!!」

「えっ?」


 姉妹が悲鳴を上げた途端に、とある女の子が僕とおじさんの間に割って入る。


『ザシュゥゥゥー!』

「うぐっ!?」


 たこ焼きピックが、女の子の腹部にもろに突き刺さり、瞬く間にピンクの着物が濃い赤に染まっていく。


「なっ、お前さんどうして!?」

春子はるこ!」


 久々に再会した彼女の横顔は、他のどの姉妹よりも美しく見えた……って、能天気に見惚れる場合じゃないよ!


「……良かった。もう少しで、約束が守れない所だった……」

「今はそれどころじゃないよ。夏希、救急車を!」

「分かった、シキノン閣下殿!」


 脂汗を垂らしながら、激しく呼吸をするハルを胸に抱き、冷静に救急車を名を呼ぶ。

 年中ジャージ姿の夏希が鍛錬を中止し、速やかにスマホをかけるのを見ながら、震える春子の手に力をこめた。


「……卒業して三年後に、桜の木の下で待ち合わせの約束だったよね。まあ、今は冬だし、ここの公園の桜は散っちゃったけど……」

「いいんだ、そんなことは。今はじっとしてて、春子。すぐに楽になるからね」

「……うん、シキ。愛してる」

「僕もだよ」


 降り積もる雪が赤い色へと変わり、僕はひたすら春子を抱き締める。

 出血で低体温症を防ぐためでもあるが、何より大切な人を、目の前で失いたくないという切ない気持ちもあった。


 春子の高卒から数年……三年ぶりに逢ったのに、好きな女の子も守れず、僕は何て弱い人間なんだ。

 陰キャな性格が心底、嫌になるよ。


「うああああ、違うんだ。私はあああー!」

「何が違うんだ、秋蘭」

「ああ、賢司けんじ君?」

「俺の妹を傷つけるなんて、いい度胸だな」

「だから誤解だっ──」


 神楽坂が両手を頭の上にのせて、狂ったようにその場でクルクルと回る。

 そんなあまりもの奇怪さに、賢司が黙っているはずがない。


「この恥さらしがあああ。もう二度と、俺たちの前に姿を見せるんじゃねえぇぇー!」

『ガコンッ!!』

「ぐべふっ!?」


 黒い袴の賢司が、地面に落ちていた大人の握りこぶしくらいの大石で、神楽坂の横顔をぶん殴る。

 見事にクリーンヒットした白目な相手は、放心状態で宙を舞い、砂利の上に転がった。


「さて、これでロリコン魔は、いっちょう上がりと」

「ありがとう、賢司」

「いや、志貴野は悪くねえ。全部、コイツが悪いんだからさ。しかし、この男は幾つになっても変わんねーな」     


 犯罪者は、その前科ゆえに普通の職には付けず、生きていくために、また新たな犯罪に手をのばす。

 ちょっとした簡単な闇企業で大金を稼ぎ、甘い蜜をすすった結果がこうで……真っ当な仕事すらも選べないとか。

 どんな決断とはいえ、悪いことはするもんじゃないね。


「志貴野、ハルは無事か?」

「あっ、うん。気を失っただけ」

「そうね、思ったより、傷も深くはないし、命に別状は無さそうね」


 こんな素朴な公園とイメージがかけ離れた、黒いボアジャケットを着込んだ、美人なお姉さん。

 その美冬は、春子の脈拍を測りながら、春子の胸に聴診器を当てる。


「美冬も来てたのか」

「アタシがいないと、みんなやりたい放題でしょ。家事もろくにできないし」

「ごめんね、非番の時に」

「ううん。困った時は、お互い様よ」


 美冬が春子の上体を起こし、止血した傷口に、手慣れた仕草で包帯を巻き始める。


「確かに人との縁って大事だよね」

「その通りよ。アンタもいい加減、腹を括りなさいよ」


 エリートの看護師になった美冬、大企業の会社員として働く秋星、格闘技の育成学校の顧問をする夏希、東京で大学と漫画家を両立でやっている春子。

 賢司は親がやっていたファッションデザイナーになるって、急に言い出して、都会の専門学校に通い出したし……。


 ヤベエ、美冬の言うように、僕だけがフリーターのままで、何もない状態なんだよな。


 情けないざまあな行く末だよ……。

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