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第14話 大いなる恋バナ

「ああ、どうして落ち葉さんたちは美伊南びいなに大いなる『試練』をお与えになるの……」


 何か最近、美伊南ちゃんの様子がおかしいよ。


 何もせずにぼんやりと日常を送り、ただ無気力に過ごしている毎日。


 本人が言っていた大好きなご飯を食べている時でも、最近では味をそっちのけで、うわの空の状態で食べ物を口へと運んでいる始末。


 そして、時たま詩人となり、ポツリと口にする切ない言葉。


 何やら諦めたくない、向こうがその気なら、何度でも挑戦してやるなどと……。


 まさか、美伊南ちゃん。

 枯れ葉舞い散る秋の季節に恋をしてしまったのでは!?


 ……ふふっ、でも、あの食い意地だけがはっていた、無邪気な美伊南ちゃんが懐かしいな。


 小学生の頃は温かいご飯に生温なまぬるい牛乳をかけて、ビバ、イタリアン牛乳飯は最高とか言いながら食べていたからね。


 周りの男子とか、みんなヒイていたよね。

 お前の悪食あくじきには参ると、頭を抱えた男子とかもいたから。


 ──そんな男とは無縁だった彼女が恋だなんて、お姉さん目線で応援したくもなるよ。


 さて、まずはその相手を聞き出さないと始まらないわね。


「──美伊南ちゃん。私に何か隠してないですか?」

「何だ、英子えいこか。別に隠してるわけじゃないけど、太るからって親がうるさくてさ」

「ええ? 普通、食が細くなるって言いますよね……えっ、太りますか?」

「そうそう、夜中のお菓子ドカ食いは駄目ダメよーとか」

「ち、違います、私が聞きたいのは……すっ、す……」

「す?」


 ──駄目だ。

 これ以上は口に出せないよ。 


 もし言ったとしても、『好きな人いても、いなくても、あんたには関係ないやろ!』と逆ギレして、私に突っかかってくる可能性もありえるからだ……。


「──何? 酢醤油なら、普通、餃子ぎょうざにかけるもんやろ?

何なの、英子は今、特大餃子たんまり食べたい気分?」

「いや、そうじゃなくて私はですね……」

「そうかしこまらんでええよ。美伊南の義理のオジさんが経営してる、あの店の餃子は確かに美味しいし、もしあの特大餃子を20分の間に食べきったら無料だし、さらに顔写真を写されて、店内に飾られて有名人にもなれるし、それになんてったって食欲の秋……」


 目を細くした美伊南ちゃんが私の両手をやんわりと手に取る。


「あの……美伊南ちゃん。何で私の手を握って微笑んでるのですか?」

「大丈夫。理由はどうあれ、英子が美伊南と同じ大食い魔神になったこととか、誰にもチクらんから」


 もうこうなったら誰が制しても、美伊南ちゃんの勢いは暴走列車のように止まらない。


「そう思いきったら吉日。出発シンコー、キュウリのおしんこ~♪」


 私は微笑を浮かべた美伊南ちゃんに手を引かれながら、なぜか放課後、餃子店に赴くことになったのだった……。


****


「──へい、らっしゃい。おお、美伊南ちゃんじゃねーか」

「ハロー、オジさん、お世話になるよ。いつもの貰えるかいな」

「はいよ。お馴染みの特大餃子ね。ところで隣の可愛い子ちゃんは美伊南ちゃんの恋人かい?」

「嫌やわ、オジさんからかわないで。美伊南はノーマルやから」

「そうかい、まあ、いつか素敵な彼氏が出来たら、真っ先におじさんに紹介してな」


 カウンターのテーブルを拭いていた店長らしきおじさんが白く整った歯を見せて、美伊南ちゃんに笑いかける。


「……あのさ、いい加減、美伊南の保護者ぶるのやめてくれない?」

「何言ってんだ、お前が小さい頃はオムツだって替えたことがあるんだぜ」

「もう、オジさん。その話はいいから、さっさと厨房に行ってえな」

「ああ、分かったよ」


 不本意ながらもカウンターから奥の厨房に消えて行く店長を見守りながら、私たちは少し離れた木製のテーブル席に座る。


「ところでさ、美伊南ちゃん。さっき学校で呟いていた『試練』って、やっぱり恋バナなのですか?」


 えっ? と美伊南ちゃんの目が丸くなる。


「……へっ? 『試練』ってダイエットの話なんだけど?」

「えっ、そうなんですか?」

「夜中のお菓子はともかく、ここの特大餃子にチャレンジし続けたらさ、思ったよりふくよかになっちゃって。

──まあ、今回は二人だから何とかなるよ」


 そこへデカデカとやって来た巨大な餃子。

 巨大な丸皿からはみ出し、全長は30センチはある。


「こんなの二人でも食べきれるわけがないでしょ!?」

「いや、二人だから根性で♪」


 美伊南ちゃんが『試練』だと口にするのも分かる気がするよ……。


「はいよ、可愛らしいお嬢さんにも特大餃子一皿追加!」


 しかも、一人一皿ですか!?

 美伊南ちゃん、無茶言わないで下さいよ……。


「それからこれ、美伊南ちゃんからのサービスの豚足だぜ♪」


 それにさらに追加される肉の一品。


 隣の美伊南ちゃんが八重歯をちらつかせ、親指を突きだして、ダメ押しのポーズをしている。


「美伊南ちゃん、私は大食い魔神じゃないんですよ。無茶言わないで下さい……」


 ちなみにこの特大餃子と同じく、豚足もお持ち帰りは出来ないらしい。


「英子、今日は美伊南がおごるからたくさん食べてな。あと、食べ物の恨みは恐ろしいからね」


 まさに、ここの食堂は『学校給食で出された食事は好き嫌いせずに残さず食べなさい』の世界ですか?


 あの二人、揃いも揃ってグルだよ……。



 第14話、おしまい。




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