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第103話 穏やか

 今日の業間休み、安達が当たり前のように俺の席へやって来る。

「マユちゃん、さっそくサッちゃんの勉強見てるって」

「あー、メッセージ来てたな」

 グループチャットで来てたから春野も状況わかってるだろうな。

「今日はリンちゃん来るのかな」

「来てほしいならお前から誘えばどうだ」

「うーん、そうしよっかな」

「何だ、遠慮しなくていいぞ。何ならお前が五組に行ってもいいわけだし」

「うーん、リンちゃんには悪いけど黒山君から目を離すのはちょっとないかな」

「何故?」

「絶対逃げるじゃん」

「心配なら五組の方へ俺も行くぞ」

「行ってる最中に突然逃げ出すつもりじゃん」

「おいおい、俺もそこまでワンパターンじゃねーさ」

 安達がここで急にスマホをいじり出す。

 俺との会話に興味をなくしたのか、よかったーと一瞬思ったが何か嫌な予感が走った。

「えーと、突然どうした?」

「んー? マユちゃんに『黒山君が逃げようとしてるんだけどどうしたら止められるかな』ってメッセージを送ろうかと」

「OKわかった、逃げないからメッセージはストップだ」

 安達がため息をついてスマホをしまう。危ない危ない。


 そのとき春野が俺達の元へやって来た。

「おはよー、お二人さん」

「おはよ、リンちゃん」

「おっす」

 朗らかに挨拶を交わす安達と春野。女子四人の中では穏やかな雰囲気を持つ二人だけにそのシーンは何とも平和で爽やかに見えた。俺要らないよね。

「何か珍しいね、この三人だけっていうの」

 今ここにいる面子は安達と春野と俺。そういえば五人で遊びにいってグループ分けしたときでもこんな組合せはなかったな。珍しいというか初めてじゃないかコレ。

「そーだねー。でもたまにはこんなグループも面白いかも」

 春野があっけらかんと話す。ムードメーカーたるコイツがいれば他の奴らがお休みでも大抵楽しく盛り上がるんじゃないかと俺は思う。


 そっから先はとりとめのない雑談であった。

 主に安達と春野の二人がお喋りをし、俺はそれをBGMにラノベをただ読んでいた。

 いつもならここで某女子が俺に突然話を振ってくるところだが、今日はそんなこと一切なく自分のペースで読書に集中できた。

 あれ、これいいかもしれない。

 加賀見がいないというだけでこんなにも心穏やかでいられるのか。

 女子二人に俺一人とそれなりに目立つ組合せになってしまうのは相変わらずだが、今までの苦渋に比べればこの時間がとても安らかだった。


 気が付けばラノベの世界にすっかり没頭していた俺に

「ねえ、黒山君。黒山君ってば」

 俺の名前がすぐ近くで聞こえてきた。

「ん、どうした? 食用油の捨て方について訊きたいのか」

「どうでもいいよ。私達の話ちゃんと聞いてたの?」

「あ、ゴメン。全く聞いてなかった」

「この上なく堂々と……あーもう……」

「あはは……」

 安達が額に手を当てている。春野はいつものように笑いを浮かべているが何か歯切れ悪いな。ひょっとして体調よくないのか。

「いつもは私達の話にもついていってるのに、今日はどうしたのさ」

「そういう気分もあるさ。俺のことはどうか気にせず二人で楽しんでいいぞ」

「そっかー。じゃあマユちゃんにその気分の直し方を相談してみるよ」

 安達の手には既にスマホが握られていた。え、何その行動の速さ。オイオイもうスマホで文字を打ち始めてるよ。

「ん、急にいつもの調子に戻ったみたいだ。だから加賀見に何か尋ねる必要はないぜ。全くない」

 普段の調子に戻ったアピールをする。それはもう必死にアピールした。

「へー、そう?」

「うん、そうそう」

 あれ、安達がスマホをしまってくれない。ずーっと手にホールドしたままニヤニヤしてる。

「ま、まあまあ、ミユちゃんも黒山君の言うこと信じていいんじゃないの?」

 春野が安達を止めに入る。その声の小ささが恐る恐るという気分を表していた。

 安達が「リンちゃんがそう言うなら」とやっとスマホを引っ込める。コイツまさか自分が加賀見の代行をする気か? あんな奴一人で沢山なんだよ。


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