昨日は幾分か穏やかな学校生活を送れた。
加賀見が日高のテスト勉強に付きっきりだったお陰で加賀見からストレスをもらうことなく心身共に平和だった。加賀見のいない生活がこんなにも素晴らしいものだったとは。
途中で加賀見代行(安達)とささいなトラブルはあったものの、それだって加賀見(本物)に比べれば優しいもの。
今日も加賀見は日高のテスト勉強を見続ける模様。なので昨日に続いて束の間の平和を楽しもうと思っている。鬼の居ぬ間に洗濯なんてことわざ、一体どこで使うんだと思っていたがこういう状況のことを指すんだね。身をもって学べたよ。
そんな、ストレスで汚れ切った自分の心をここぞとばかりに洗濯しまくっている日の昼食時に春野が二組の教室にやって来た。
「今日はよろしくね」
「うん、こっちもよろしく」
春野は弁当箱を携えていた。考えてみれば初めての光景である。
春野は普段は専ら業間休みに遊びに来ていた。
昼食時は同じクラスのお友達と一緒に食べているとのことだったが、日高がいないし折角の機会だからと俺と安達のいる二組で昼食の時間を過ごすことにしたそうだ。
「えーと、机と椅子はどうしよっか」
春野が周りをキョロキョロする。頼んでくれれば椅子と机を快く貸してくれる生徒は一杯いると思うよ。主に男子に。
ただ春野が周りをキョロキョロしている中でとある方面に目を向けていないことに、俺は気付いていた。
そこには今なお噂が時折流れている件の男子が自分の席に座って弁当を食っていた。
ソイツは春野の方へチラチラと視線を向けていた。前々からそうではあったが春野の姿をじーっと凝視するようなことは控えているらしい。
春野がソイツの方へ目をやらないのは意識的にかそれとも無意識にか。
……ふと思ったが、春野が五組でなく二組の所属だったら今頃どうなってたんだろうな。
「マユちゃんはいつもあそこのを使ってるよ」
安達が教室の隅にある余りの机と椅子を指差す。あれ無断使用だからな。担任が何故か見て見ぬフリしてるけど。
「そう、なら借りちゃおっかな」
春野が隅の机と椅子を運んでくる。コイツなら「え、それはダメなんじゃないの」と躊躇するかと思っただけに意外だった。
そうして春野は安達と向かい合わせに、俺の席から見て右側を横からくっつける位置に机を合わせ、椅子に腰掛けた。
それから昼食の時間、安達と春野は最近見てるネットの配信番組を話題にしていた。
俺は昨日に引き続き会話には参加せず、黙々と弁当を賞味していた。うん、うまい。
このまま今日も無口に過ごすかと内心期待していたら
「ねえ、黒山君はよく見てる配信とかある?」
春野が突然俺に訊いてきた。
そう言えば春野は時々俺へ何かと訊いてくることがあったな。
「そうだな、最近だったらライブ映像で面白いのがあった」
「へー、どんなの?」
「自宅の壁を撮り続けてる映像」
「へー……え?」
春野が表情を強張らせる。
「自宅の一室の壁へ向けて定点カメラを設置してるみたいでな。その部屋の壁と思しきものが画面一杯に広がってるがそれ以外は全く映ってないライブ配信だった」
「それ面白いの?」
「最近1000万回再生突破したらしい」
「誰が見てんの⁉」
「っていうのは冗談で、ホントは配信とか基本見ないんだ」
「えー、また冗談……?」
春野がやにわにテンションを落としたのが声の調子でわかった。
「黒山君、少しは真面目に答えなよ」
安達が咎めてくる。さすがにからかい過ぎたか。
「リンちゃんも、もうちょっとだけでいいから黒山君の言うことは基本的に疑ってかかった方がいいよ」
安達が春野にそう忠告する。それ俺が詐欺師扱いじゃねーか。
「うん、今度から気を付けるよ」
そう反省する春野。でもお前の場合また騙されそうな気がする。