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第106話 彼女の意思を

 俺の通っている九陽高校では十一月の中旬に包陽祭ほうようさいが催される。

 いわゆる文化祭であり、十一月に入ると一年生・二年生の各クラスが出し物を決め、その準備に取り掛かるようになる。なお、三年生は受験勉強のため出し物免除。

 つまりそろそろ生徒達が包陽祭のことを話題に上げるようになるということだ。

 いつもいつも俺の傍らで話をしている女子達も例外ではない。


「この学校の文化祭ってどんな感じかな」

「さあ。そもそも高校の文化祭って行ったことないから雰囲気もサッパリ」

「え、そうだったの?」

「リンは行ったことあんの?」

「うん。って言ってもお姉ちゃんの高校で、この学校のじゃないけど」

「へー、どうだった?」

「小さい頃で詳しくは憶えてないけど、楽しかったかな」

「そう。……人は多かった?」

「え? うーんと、結構多かったんじゃないかな」

「当日休みたくなってきた」

 加賀見が嬉しいことを言ってくれる。え、マジで? マジで加賀見が学校を休んでくれるならその日の俺は自由放免となるってことだ。渡り鳥ぐらい学校で羽を伸ばせるってことだ。

 思わず顔が綻びそうになる自分に気が付き、咄嗟に表情の変化を抑えた。俺が喜ぶのを加賀見が見て取ったら奴の気が変わるかもしれないからだ。「やっぱ当日行く。何としてでも行く」とか言い出しかねない。

「マユちゃんホントに人混み苦手なんだね……」

「うん、しんどい。うっとうしい。ぶつかったとき地味にストレス」

 文化祭の話から加賀見のストレスの話に変遷していくのを耳に入れつつ俺は何食わぬ顔を保ちながらラノベを読んでいた。よかった、何とか加賀見にバレてないみたいだ。


「アンタもそう思わない?」

 おっと来たよ。加賀見からの突然のフリが。

「まあな。人混み苦手なら校舎裏とかでスマホいじってればいいんじゃないか?」

 お望み通りに休んでほしいという内心は隠しつつ、いつもの調子で言ってみた。ここで俺が加賀見に休むことを勧めても逆効果にしかならない。そう思うと加賀見コイツホントにメンド臭い。

「……アンタ偶にはいいこと言うじゃん」

「本気でやるつもりなのか」

 いかん、ついつい素でツッコんでしまった。余計なこと言うなよ俺。折角本人が引きこもりたがってるんだから彼女の意思を尊重してやれよ。

「これご褒美」

「ペットボトルの蓋なんて要るか」

 体のいいゴミの押し付けやめろ。

「ねーマユちゃん、苦手なものは苦手かもしれないけど、やっぱ文化祭はちゃんと出し物見ていこーよ」

 俺のアイデアを実行しかねない加賀見を案じた安達が説得に入る。余計なこと言うなよ安達。折角(以下略)。

「うー……」

 加賀見が返答に詰まる。本当は当日休みたい、もしくは人気のない場所で過ごしたいが他ならぬ安達の誘いだからこそはっきり否定し切れないのだろう。そのまま休む方向へ押し切れ。

「まーまー、当日の人の集まりなんてどうなるかわかんないし、今気にしても仕方ないって」

「あんま人来ないのも考えものだけどね」

 春野と日高が話を切り替える。

「……ん。ちょっと考え過ぎた」

 そう言うと加賀見はいつもの無表情に戻った。ああ、ダメだこれ。加賀見も当日の文化祭へ普通に来る展開だ。もうおしまいだ。


「ところで皆のクラスってもう出し物決まった?」

 俺が内心ガッカリしている頃にはすっかり話題が出し物の内容へと変わっていた。

「五組はまだ。今日の五限で決める予定なんだ」

「私の所も決まってない」

「やっぱそっかー。ウチのクラスも明日決めることになりそうでさー」

 この調子だと今日~明日にかけて大方のクラスは出し物決まりそうだな。



 ふと思ったが、文化祭というのは学校でのラブコメ作品においてまず欠かせないファクターだと思う。

 大抵主人公がその相手の候補たる異性とキャッキャウフフしたり、ちょっとした事件めいた展開が発生して何だかんだで解決してそれきっかけに相手からの好感度を上げたりと、物語が進展するには絶好の機会になる。

 何となく女子四人の姿を確認する。

 春野はもとより、元々見目いい女子達が揃って文化祭の話題で盛り上がっている。

 仮にこの世界の主人公をこの四人の内の誰かとするなら、この文化祭で何か変化があるかもななんて、しょうもない妄想が頭に浮かんでしまった。


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