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第107話 迷子

「文化祭って大きなチャンスだと思うのよね」

「はあ」

 とある空き教室の中で奄美先輩の声だけが響く。

 文化祭が近い今日この頃でも俺は奄美先輩と二人で作戦を考える打合せに勤しんでいた。

「チャンスとはどういうことでしょうか」

 何となく当たりは付くがあえてすっとぼけてみた。

「同じ学校の生徒が一堂に会する年に一度の特別なお祭りイベントなのよ。うまくいけば榊君と一緒に巡って仲良くなれるまたとない機会じゃない」

 何かもっともらしく聞こえるが、うまくいく気がこれっぽっちも感じられない答えが返ってきた。


 まあそうですね。仲の良い男女にとっては確かに二人で校内の出し物を巡って色々と盛り上がれるデート紛いのイベントになるでしょう。

 でもそれはとっくに付き合ってるカップルかその一歩手前ぐらいに親しい場合に限ると思うんです。

 現状の奄美先輩と王子の関係というと、未だに奄美先輩から王子への告白のときの一度交流したっきりである。特にそれ以後も接してきたわけではない。友達以上恋人未満どころか友達未満なのである。

 で、そんな事態を打開しようと王子とこれからも交流を持つにはどうしたらいいか俺も交えて案を出し合っているのだが結局そんないい案が早々出るわけもなく現在に至る。

 そんな状況で文化祭の何がチャンスに活かせるのか俺には思いつかない。

「えーと、それで文化祭のときに榊と仲良くなれるいい作戦があるってことですか?」

「それをこれから考えるのよ」

「えー……」

 やっぱりな。作戦が出来上がってるなら今日ここに俺呼ばれてないだろうし。



「……ねえ、そっちは何かいい方法浮かんだ?」

「いえ、さっぱり」

「毎度のことだけど、アイデアってなかなか浮かばないものね」

 奄美先輩が机に頬杖をつき、眉を顰めている。二人して案が長時間出てこないときによく見る仕草だ。

 文化祭だからと言ってそれを好きな人と接点持つきっかけにうまく利用できるか。

 そういう観点で考えてみたがあんまりいいのは浮かばない。

 なるべく自然な形でいかないと相手に怪しまれてますます距離が遠のく恐れだってある。軽々には動けない。

 どうするべきか……とここでぱっと閃いたので、奄美先輩に持ち掛ける。

「迷子を装って榊に尋ねるのはどうですか?」

「え?」

「文化祭を一人で回っていたら目当ての出し物の場所がわからなくなったフリをして榊に助けを求めるんです。そこで榊に直接案内を頼めば少なくともそこまでは榊と行動をともにできますよ」

「ふーん……なるほど……」

 奄美先輩が頬杖をやめ、右手の人差し指で机に置いた左手の甲をトントンと叩く。俺は先輩の答えを待った。

「それって榊君に不自然に思われない?」

「大丈夫じゃないですかね。奄美先輩と榊は面識がありますし」

 会ったこともない状態なら多少面倒だとは思う。

 文化祭という、会ったことない人達が大勢いる状況においてわざわざ王子に助けを求める理由が特段ないから。

 しかし曲がりなりにも接点のあった人と偶然・・鉢合わせたから助けを求める分には、そこまで違和感がないと思う。

「うーん……もうちょっと詰めればイケなくないかもね」

 おお、奄美先輩が案に乗ってきた。

「それなら問題点を洗い出しましょうか」

 俺はすかさずペンとメモを取り出し、問題点の整理に取り掛かった。



「……こんなモノかしらね」

「そうですね。後から新たな問題が出たら、随時相談って感じで」

 大体の作戦が決まり、本日はここで終了となった。いやー、いつもより時間が掛かったな。

「あ、そうそう、今後の打合せだけど」

「はい」

「文化祭の準備期間に本格的に入ったら、その間は休みにしましょう」

「あー……そうですね」

 文化祭で出し物をするからには当然相応の準備が要る。

 その規模は出し物の内容によって区々まちまちだが、何にしても放課後をほとんどその準備に費やさざるを得ないだろう。

「先輩のクラスは何か出し物決まってるんですか?」

「ウチはお化け屋敷に決まったわ」

「ほう、手間掛かりそうですね」

「でしょう? まさか私一人サボるわけにもいかないし」

 奄美先輩が鞄を持って椅子の上から立ち上がった。そのまま空き教室を出ようとするのを俺は後から付いていった。


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