放課後に文化祭の作業を着々と進めていると、避けては通れない問題が出てきた。
「いやー、スゴい量だね」
「思いっきり詰めてもコレだからな」
そう、大量のゴミである。
お化け屋敷用のセットや小道具を作るのに紙やら段ボールやらその他諸々がまとめてゴミ袋に放り込まれていた。
それらは間もなくゴミ袋を膨張させて、その処分と新たなゴミ袋の調達が必要となった。
で、その対応を任されたのが俺と安達だった。
この組合せで選ばれたのを考えるに、俺は安達の友人というようにクラスの連中から認識されているようだ。そりゃ安達を含めた女子のグループとほぼ毎日話をしてりゃ実情はどうあれそう見られるよなあ……。「いや、別に仲良くないんで」と言っても信じてもらえるかどうか。
ゴミ袋は校舎の外にあるゴミ捨て場へ持っていく決まりになっている。
俺と安達は昇降口で靴を履き替えて外に出た。
「暗くなってきたね」
「ああ」
校舎から出て見えた空には、僅かな雲と夕陽があるだけだった。
空の上の方は昼の空色が残った薄い紫に色付き、下へいくにつれて夕陽を中心に煌々としたオレンジの色へと鮮やかなグラデーションを描いていた。
雲は日光を反射し、地上へ赤々と焼けた眩しい姿を見せていた。
普段ならそのときにはとっくに家に着いている時間だった。最近は奄美先輩との用事があるが、それでもここまで帰りが遅くなったことはなかった。
「こんな遅くまで学校にいるの初めて」
安達も暮れた空を見て同様の感想を抱いたようだった。
「奇遇だな、俺もだよ」
「へー、そうなんだ」
「親が心配するといけないし今日はもう帰らないか」
「いや、作業ほったらかして帰れないでしょ」
「お前だって本当はもう帰りたいだろ。偶には自分の気持ちに素直になれよ」
「悪魔の誘惑やめて。……まあ、帰りたいってのも全くなくはないけど」
おお、安達がノってきた。よし、誘導するか。
そう思っていたら安達がまだ言葉を続けた。
「でも、それ以上に楽しいなって思って」
「ん?」
楽しいって何が。
「さっき校内を歩いてる中でもさ、結構人が残ってたでしょ」
「そうだな」
この時期は一・二年のどのクラスも文化祭の準備に追われ、普段より遅くまで校内を活動している生徒が多いのかもしれない。ここまで遅く残ったことないから実際のところは知らん。
「学校の皆、特に同じクラスの皆が一つのイベントに一丸になって動いてさ。いつもは会話しないクラスの人達ともやり取りして、皆でこんな時間まで学校で作業してる」
安達と俺はそれぞれゴミ袋を片手に持って薄暗い道を歩いている。
「そんな時間が何だか楽しくなってきちゃって」
「そりゃよかったな」
安達の話を聞いていた俺は、軽くため息をつく。こりゃ帰りたいって誘導するのは相当苦労しそうだ。やめたやめた。
ゴミ捨て場が目と鼻の先に迫った所で右手に持っていたゴミ袋を持ち直す。袋からのガサリという音がやけに響いた。
本日の作業が終了。お疲れ様でした。
さあ後は帰るだけ、とさっさと足を進めると
「ね、駅まで一緒に帰ろ?」
安達が隣についてきた。
「いつも帰ってる奴らがいるだろ」
毎日加賀見・春野・日高と一緒に帰ってると聞いてるぞ。
「皆とっくに下校しちゃったよ。メッセージ見てないの?」
「ん……」
スマホのメッセージアプリを開き、グループチャットに目を通す。
春野・日高・加賀見がそれぞれ異なるタイミングで『今日はこれで帰るね』『また明日ー』『じゃ』と下校の挨拶と見られるメッセージを送っていた。送られた時刻からするに各自で文化祭の準備に追われていたようである。
作業の間はずっと集中してたから、スマホの通知音に気付かなかった。
「ほう、今知った」
「そう。一人じゃ怖いから駅だけでも付き合って」
「同じクラスの女子は……無理か」
「うん」
はあ、しょーがねーな。
俺と安達は駅までの道のりを歩いていた。
住宅地と林に挟まれた夜の道を何本かの電灯が上から照らし、それを頼りにただ足を動かす。通り過ぎる風が冷たい。
俺は今日の作業の疲労が溜まり、一言も口を開かなかった。
安達の方も特に俺の方へ何か話しかけることはしなかった。
その無言のまま、やがて駅の改札口まで辿り着いた。
「それじゃ、またね黒山君」
安達は俺の前へ行くと後ろを振り向いて軽く挨拶した。
微かに笑いを浮かべていたが、疲れを表に見せないための空元気みたいなものに俺には見えた。
「おう、じゃあな」
返事の後、安達とは駅の反対方向のホームへの階段を降りていった。
ホームへ出ると丁度反対方向のホームに電車が停まるのが見えて、安達も運が良いなと思った。