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第121話 支障はない

「ごめんなさい、黒山君」

 奄美先輩が申し訳なさそうに俺の方へ手を合わせて頭を下げてくる。

 何も思うところがないと言えば嘘になる。

 だが本人に悪気のなく、誰にも被害が出てないようなただの過失についてあまり責めても仕方がない。

 相手が先輩ということもあって、ため息を吐きそうになるのを堪えて答える。

「いえ、気にしなくて大丈夫です。それより改めて榊を探しましょう」

 作戦は中断したものの、まだ破綻したわけではない。

 気を取り直して奄美先輩にそう呼び掛けるが、

「……今から探し直すのって、結構手間じゃないの」

「そうかもしれませんが、まずは榊の居場所がわからないと作戦を仕掛けるのは厳しいです」

「このまま探し続けてもいつ見つかるかわからないんだったら、ついでに出し物とか見て回らない?」

「え?」

 どういうことですか。

「榊君に案内してもらう予定の出し物へ行っちゃうのはダメだけど、それ以外なら作戦にも支障はないでしょう?」

「先輩がクラスの出し物の仕事に入るまでに榊を見つけられなかったら作戦は失敗ですが」

「そのときはもう諦めましょう。そもそも積極的に探しても文化祭終わりまでに見つかるとも限らないんだし」

 まあ、確かに榊を時間内に見つけられるとは断言できない。

 それにこの様子だと奄美先輩としても何だかんだ言って文化祭の出し物を回りたいのだろう。

「……わかりました。そうしましょうか」

「よし。そうと決まれば、まずは屋台行きましょ」

 あ、まずは昼食なんですね。

「さっきのお詫びにご馳走するわ」

 おお、さすがは先輩。気前がいいですね。昨日俺から焼きそば代を取ろうとしたどっかのツインテールとは大違いです。



 昨日は頼まなかったフランクフルトを堪能していると奄美先輩が質問してきた。

「ねえ、昨日はどこを見に行ったの?」

「そうですね。出し物なら一年六組の展示会とか、二年一組のミニゲームとか行きましたよ」

「へえ、なるほど。何かオススメの出し物あった?」

「一年六組の展示会は一見の価値ありですね」

 ある意味ね。あんなの一生に一度見られるかどうかという内容だと思う。誰もマネしないだろうから。

「先輩は昨日どこの出し物行きましたか」

「昨日は一日中お化け屋敷巡りだったわ……」

「ほう、ホラーがお好きなんですか」

「違うわよ。やたらとそういうの好きなのが友達にいてね。その子が一日目はどうしても全部踏破したいっていうから仕方なく、ね。その子の付き合いと自分のクラスの仕事で一日目は終了したわ……」

 どこか遠い場所を眺める視線を発しながら、疲れたように語る奄美先輩。先輩の人付き合いにも色々あるんですね。そこまでは俺も付き合う義理がないのでご自分で頑張ってください。


「だからこの後回る出し物はお化け屋敷以外でお願いね」

 物静かな口調ながら断ることを許さないのは、先に語ってくれた事情から十分察せられた。

 俺としてはお化け屋敷の出し物に興味はないのでどっちでもよかった。

「はい、先輩」

「んじゃ、それ食べ終わったらさっき言ってた展示会とやらに行きましょうか」

「え」

 しまったー……。さっき奄美先輩から文化祭の同伴を頼まれたばっかだった。

 オススメなんて話したらそこが有力候補になっちゃうから、必然的に俺もまた行かなきゃいけなくなるじゃん。何でさっきの質問でそこまで頭が回らなかったんだろ。

「いや、どうせなら他の出し物から回りませんか」

 内容で言えば二年一組のミニゲームのように、他の出し物の方が幾分かマシだった。

 他の場所を巡ってる内に王子が見つかったり先輩が仕事で抜けたりという期待もできるので、展示会は後回しにしてもらいたい。

「え? 貴方さっきそこの展示会勧めてたでしょ」

「いやまあ、そうなんですけど楽しみは最後に取っておいた方がいいかなと」

「途中で何かあったら結局行けなくなるじゃない。そうなる前に早めに済ませるわ」

 どうしよう、奄美先輩を説得できそうにないや。

「……はい」

 先輩に折れた俺は先輩のリアクションを頭の中でシミュレーションし、うまく凌ぐ方法を模索し始めた。


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