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第122話 根強さ

 奄美先輩と俺は第二校舎へ入り、その中の一年六組で開かれていた展示会を見に行った。

 内容は昨日と全く変わりませんでした。

 人も昨日に引き続き誰もおらず、展示品は誰かに持って帰られるどころか悪戯された跡すらなく綺麗に飾られたままでした。

 一般的な美術館の展示品って破損や盗難とかを防ぐためにガラスで囲うぐらいの対応はしてるというのに、こっちはノーガードでも傷一つない。そういう意味ではスゴいと感じなくもない。


 展示会を出た後の奄美先輩が感想を漏らす。

「……ねえ、黒山君」

「はい」

「何であんなの勧めたの?」

 おっと出ましたよ。シミュレーションで想定した質問が。

 なので俺は予め考えておいた回答を述べる。

「あの出し物に可能性を感じたからです」

「可能性?」

「はい。より正確に言うと展示品より展示会のコンセプトの方ですね」

 頭の中で練り上げた文章をひたすら口に出していく。

「あの展示会の案内によれば一年六組の生徒達が身近にある『芸術的だと思うもの』を飾っております。日用品については主に実用性をもって価値を判断するものだと思っていた自分からすると、そこに芸術性を見出みいだそうとする試みは新鮮であり興味を引かれました。あいにく今回あの教室に展示された品々について自分は芸術的と感じることはありませんでしたが、あの出し物のコンセプトを普段の自分に取り入れたらもっと日常生活は……」

「わかった。わかったわ。もういい」

 奄美先輩が俺の前に手をかざした。そして俺にこれ以上何かを問い詰めることもなく、

「ところで次はここ行きたいんだけどいい?」

 と文化祭の栞を開いて俺に見せてきた。

 よし、奄美先輩の追及をかわせたぜ。屁理屈ってこういうとき便利だな。



「あ」

 第一校舎の中へ移り、奄美先輩と歩いていると王子のいるグループを発見した。

「榊君……」

 奄美先輩も王子の姿を確認したようだ。

 本来なら「チャンスですよ先輩」とでも声を掛けたことだろう。

 奄美先輩を王子と引き合わせればその時点で俺はお役御免になるので、それを促すのに精を出したと思う。

 しかし、王子と同時に少々困った事態も目撃してしまった。


 王子が他の女子と話していたのだ。

 正確には女子達というべきか。一年二組では見ない顔なので他のクラスの女子のグループだろう。

 彼女達の内の一人が王子と直接やり取りをしていて、周りの女子が時々フォローを入れたりニヤニヤ顔で事の推移を見守ったりしていた。王子の方の友達も同様だった。

 その状況を遠くから今見たばかりでは変に事情を邪推することはできない。

 とは言え、少なくとも奄美先輩にとって都合のいい場面でないのは想像が付いた。


 この光景を見て、王子の異性からの人気の根強さに改めて驚かされる。

 ちょっと前までは公的な場を利用して春野に対して愛の告白を決行し、その噂があっという間に広がってしばらくは一緒に遊ぶ女子もあからさまに減っていた様子だったのだ。

 奄美先輩はその噂に幻滅もせず寧ろチャンスと捉えたかのように王子へのアプローチへと踏み切り、今でもそのために策を講じている。

 しかし、王子のことを狙っている女子は他にも残っていたようだ。

 奄美先輩にとってライバルが多い状況なのは理解していたが、それでも幾らかイメージが落ちたと思われる王子をこの文化祭の場で堂々誘う女子が出てくるのはさすがに想定外だった。

 何だかんだで体裁を気にして、王子のイメージがほぼ回復した頃にアプローチを仕掛けるものとばかり思っていたから。


「……ちょっとあっち行きましょう」

 奄美先輩は真後ろへ方向を変えて歩き出した。

「はい」

 俺もこれ以上何か追及することなどできるはずもなく、先輩の言うことに唯々諾々と従った。


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