第一校舎を出て校庭の土を踏んだところで、奄美先輩が口を開いた。
「今回の作戦だけどさ」
「はい」
「やっぱあれ、なかったことにしましょう」
「へ?」
「何だか今日行動を仕掛けても、うまくいく気がしなくて」
ああ、さっきの場面を見て落ち込んでるのか。
その心情については理解できなくもない。
俺としても今の王子を積極的に狙う女子が奄美先輩の他に現れるとは意外だった。
いや、ひょっとしたらあの告白の後だからこそ現れたのかもしれない。
王子の状況を考えてみれば、好きな相手に告白して綺麗さっぱり振られた状態である。
そして他に誰かと交際しているという噂も聞かない。
そんな状態の王子と自分が仲良くなれば自分に気が移るかもしれないと色気を出す手合いが出てきたのだろう。
王子の人気が落ちたとしてもその美貌は健在だ。
容姿のみに惹かれた人達からすれば今の状況は王子と付き合うのに好機と言えるかもしれない。
例えば人気が絶頂のときの王子と付き合えばそのときに買う周囲の妬みは凄まじいものになっていたと思う。当然校内での交友関係にも影響してくる恐れが強い。しかし、今の状況ならそういう懸念も幾らか和らぐのだ。
今にして思えば奄美先輩のライバルが文化祭で出てくる可能性も踏まえなければならなかった。
そこを失念し、対策を練られなかった以上どうにも成功までの道筋を描けないとは俺も感じていた。
「さっきの光景のことを言ってるなら、そこまで気にしなくてもいいと思います」
それでも、可能性が完全に潰えたとは言い切れない。
それならもう少し粘ってみてもいいんじゃないかと奄美先輩を励ます。
「ああ、それもまあ、あるにはあるんだけどね」
あれ、それだけではないんですか。
「私が教室にスマホを忘れちゃって、そのせいでチャンスをフイにしちゃったことも考えると、ね。今日行動しても何か良くないことになりそうって思っちゃってさ」
先輩、そのことを気にしてたんですか。
確かに今日の奄美先輩はのっけに大きなポカをやらかした。
彼女が教室にスマホを忘れるなんてミスをしなければあのときとっくに先輩は王子へ作戦を仕掛け、今頃は王子達と楽しく文化祭を巡っていたかもしれない。
つまりはさっき王子と話していた女子を逆に出し抜けたのかもしれない。
しかし、そんなことを今更蒸し返してもしょうがないじゃないか。
……ああそうか。大きなミスをやらかしたことで自信を失っているのか。
奄美先輩自身は口にこそ出さないが「何でこんなミスしちゃったんだろう」とか考えているのだろう。
そんな失敗をしでかす自分に落ち込み、またも同じような過ちを繰り返すかもしれないと思っているわけか。
さっきの王子達の光景を見てやけにあっさり引いたのも、そういう自信のなさが響いたことが一因なのかもな。
だとしても、これだけは言いたい。
「ミスなんて気を付ければ防げるものですよ」
少なくとも取り返しのつかないレベルでなければ気をもっと強く持ってほしい。
あの王子と恋人になろうと言うのに、これでは先が思いやられる。
「ふふ、優しいのね」
奄美先輩がここで俺に向き直った。
「でも、ごめんなさい。今回の作戦は中止にさせて」
そのときの奄美先輩の声は妙な力強さを感じた。
「……先輩がそう仰るなら」
俺としてはこれ以上、何もできることはなかった。