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第145話 年明け

 年が明けて最初の日、家族に「行ってくる」と告げながら玄関でスリッパから靴に履き替える。

 扉を開けると氷ができる程冷まされた空気を浴び、少し身体を震わせた。

 風がないのは僥倖だった。自転車を取り出し、駅まで走らせる。

 駅へ辿り着くと通学通勤ラッシュまでは及ばずとも多くの人が電車を待っていた。

 どうもこの時間であっても初詣でには苦労させられるようであった。



 電車での移動を経て神社に辿り着くと視界中に人がごった返していた。

 メッセージを確認すると安達が先着したとのことなので、俺も着いた旨をメッセージに投げた後安達を探した。

 そして安達を見つけた。

「あけましておめでとう」

「わっ!」

 安達の真後ろからボソリと年始の挨拶をかましてみた。

 安達の大声にすぐ近くにいた人達の何人かがこちらを振り返ったので頭を下げて何もないですよアピールをする。ご迷惑をお掛けしてすみません。安達が。

「く、黒山君かー。もービックリしたー」

「俺もここまでビックリしてくれるとは思わなかったよ」

 安達も周囲の人に「すみません」とペコペコした後、俺に向いた。

「周りの人にまで迷惑じゃん。勘弁してよ」

「大声出したのはお前だけどな」

「そうなったのは黒山君のせい!」

「んじゃ過失相殺でイーブンってことで」

「納得いかない……」

「ところでお前新年の挨拶まだ聞いてないぞ」

「そんなこと思い出す余裕なかったよ……」

 安達の表情にどことなく疲れが見える。大丈夫か? まだ年が明けて数時間しか経ってないぞ。

「あけましておめでとうございます、黒山君」

「ん、今年もよろしく」

 安達と俺は向かい合って挨拶を述べた。



 しばらく待っていると加賀見・春野・日高が到着した。三人は途中で合流したとのこと。

「ミユ、すごい」

「おー、綺麗だねミユ」

「素敵!」

「えへへ、ありがと。リンちゃんも、周りから注目されてるね」

「いやいやそんなことないって」

 安達と春野は振袖を着ていた。

 二人ともきらびやかな模様で鮮やかな色彩を放っており、特に春野はその美貌も相俟って周囲からの視線を集めていた。

 え? 加賀見と日高? 至って普通の私服ですよ。

「やっぱ振袖姿って豪華」

「マユちゃんは着ないの?」

「私は着るより観るのを楽しむ派」

 加賀見が自分の所属している派閥を表明する。心の底からどうでもいいな。

 ともあれ俺達は鳥居を抜けて境内に入っていった。


 まずはお賽銭を入れて拝む。二礼二拍手一礼だっけ? おぼろげな記憶をもとに礼を尽くした。

「アンタは何願ったの?」

「冥王星を惑星に戻してもらえますようにって」

「叶ったとしてアンタに何の得があるの」

 加賀見とのやり取りもそこそこに次はおみくじを引きに行った。


「中吉かー。皆はどうだった?」

 安達の質問に対して春野は「大吉だよ!」、日高は「私は吉」と答える。

「私は……」

 加賀見が口ではハッキリと答えず、代わりにおみくじの表を俺達に見せてきた。

 そこには大きく「凶」と書かれていた。

「あー……」

「ド、ドンマイ」

 女子達が口々に励ます。うんうん、やっぱ神様はちゃんと日頃の行いを見てるんだな。

 ちなみに俺は興味ないから遠慮して遠くで見守った。



 かくして初詣ではお開きとなり、各自解散となった。

 今日のことで一つ気になったのは、加賀見が訝し気な表情で俺を時折観察してきたことだった。


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