奄美先輩との打合せも終わり、下校中。
家への帰路はいつも一人なのだが、今日は一味違う。
「へー、先輩はこの辺にお住まいなんですね」
近頃ますますおっかなくなってきている後輩と一緒という、とびきりビターな味わいだ。
もっとも見た目はとびきりの美少女風なので人を容姿で評価するような人なら大変嬉しいことであろう。というわけでそういう人いたら替わって。俺の立ち位置。
「まあな」
おっかない後輩こと葵のコメントにとりあえず応対する。
「距離的にもウチとそんな遠くないんですね」
「ああ」
「もっと早くに知ってればよかったです」
何かまた空恐ろしい発言が聞こえてきた。追及はひとまず見送りで。
「ほら、あそこが俺んちだ」
「ほう」
目の前にある、もう十何年と見慣れた我が家を指差すと葵はその指の示すままに俺の家をじっと見た。これウチとは全く違う一軒家を指差してみたらからかえたかも。いや春野じゃないからムリか。
さてウチに入るかと玄関へ進むも、葵が付いてこず敷地の外で立ち止まっている。
「おいどうした」
「い、いえ、ちょっと緊張しちゃいまして」
さっきまであんなにウチに来ると勢い込んでいた奴が何か殊勝な態度を取っていた。
「ならやっぱやめとくか? 駅まで送るぜ」
立ったままの葵の元へ踵を返そうとするが
「いえ、お気遣いなく。お待たせしてすみません」
葵はウチの敷地に足を踏み入れ俺のいる玄関へズンズン進んでいった。
「そうか、じゃあ入るぞ」
「何残念そうにしてるんですか」
しょうがないじゃん。せっかく後輩を体よく帰せると期待してたのにその期待を裏切られたんだよ。その気持ちわかる?
玄関の戸をゆっくりと開けいつものように「ただいま」と挨拶をして入っていく。
葵は「お邪魔します」と、小さくもやけにくっきり通った声でよそ行きの挨拶をこなしてしずしず家に足を踏み入れた。
「あれ、お友達来てるのー?」
台所のある方から聞こえた声に
「あー」
とうなずくと「ちょっと待っててー」という返事の後、スリッパで廊下を歩く音が近付いてきた。
「あら、いらっしゃい。胡星がいつもお世話になってます」
玄関にやって来た俺のお袋が葵に挨拶をした。
「いえ、どうも初めまして、奄美葵と言います。胡星先輩にはいつもお世話になっております」
「あら、胡星の後輩?」
「どうした」
「いや、胡星がお友達を呼ぶのは久しぶりだなって」
友達というよりは知り合い未満の関係なのだが。まあ黙ってよう。
それにしても久しぶり、か。
ひょっとして
アイツらのことも特に友達とは思ってなかったが、俺が同じ学校の奴をウチに上げたことがあるとすればアイツら以外に心当たりがなかった。俺も言われるまで忘れていたけど。
「あのコ達も胡星と同じ学校の後輩だったね」
どうやらアイツらで確定らしい。何か楽しそうに笑ってるが俺には理由がわからなかった。
「そうだったかな。まあとりあえず葵を部屋に連れてくわ」
「ごゆっくりー。後でお茶持ってくるね」
「頼んます」
「あ、ありがとうございます」
とりあえず葵を先導して階段を上がっていった。
「あの、胡星先輩」
「何だ」
「以前にもどなたかを家に上げたことがあったんですか。後輩ってことは先輩方とは違う人達のようですけど」
ほら、掘り下げてきちゃった。そりゃ俺にそんな相手がいたとなれば不思議がるよな。
「中学のときにな」
「今もその方と交流が?」
「向こうが転校してからはさっぱり」
だからもう会うこともあるまい。向こうもきっともう忘れてるさ。
「……後輩ってことは私と同い年ですか? それとももう一つ下?」
「何でそんなの気になるんだ」
「興味本位、ですね。先輩と仲良い方が他にもいるなんて思ってなかったんで」
「そーかい。アイツらはお前と同い年だな」
「へー。まさか女の子ですか?」
「よくわかったな」
「……先輩、やっぱ女好きなんじゃないですか?」
「たまたま女の知り合いが多いだけだって話しただろ」
「頑なにお友達扱いしないんですね、私達のこと」
葵の質問が終わる頃にはとっくに階段を過ぎて俺の部屋に入っていた。