ベッドに座ったままの葵が改めて俺に向き直った。
「さて、本題に入りたいんですけど」
「どうした」
「胡星先輩が普段このお部屋でどう過ごされているのか再現して頂けないでしょうか」
いや何でだよ。
「人が見てる前で人がいないときのように寛げると思うか? ムリだろ」
「胡星先輩ならやってのけそうな気がしてますけど」
「できるか」
「私は何もリアクションしませんから」
「ずーっと見られてる状況には変わりないんだが」
そもそも何もせず俺の生活をじーっと様子見する奴とか普通に怖いわ。
「え、まさか私のことをずっと見ていたいんですか」
「出たよこの自意識過剰」
何か久しぶりな気もするが。それと文脈無視しすぎだろ。何をどうしたら今の俺の受け答えで思考がそんな遥か上空に飛躍するんだよ。いっそ本当に空の彼方に去っていってくれ。
「私の彼氏のフリをするんであればその一環としてそういうのに付き合うのもアリなんですけど……」
「勘違いしないでくれ。俺にそんな趣味はない」
「あ、これがツンデレってものですか。初めて体験しました」
「何でそう解釈した」
ひょっとして『勘違い』ってワードを使ったら問答無用でツンデレとみなされる仕組みなんだろうか。
「とにかく、いつものように過ごすのはムリだ。諦めろ」
「むー。せっかく胡星先輩の普段の様子が知られると思ったのに」
そんな頬をわざとらしく膨らましてもムダだ。そこらのサクライ君(仮)的な男は騙せても俺には何の興味も湧かない。
「ならせめて口頭でいいので一人での楽しい過ごし方とやらを伝授してくださいよ」
「ああ、まずはジャイロセンサーを向こうの部屋の片隅に……」
「いきなり嘘を教えてもすぐわかりますからね?」
何でだ。我ながらすごく巧妙な嘘だと思ったんだが。
まあいい。元々葵に一人で過ごすことの楽しさを伝えることが本題だったわけだしな。さっさと済ませてお帰り頂こう。
「まずはベッドに寝っ転がってマンガやラノベを読む」
「ふんふん」
「で、眠くなったら寝る。以上」
「以上⁉」
「ん、どうした。何か不満か?」
「それ私が部屋で過ごすときもほぼ変わらないんですけど」
「そうか。じゃあお前も既に一人で過ごす素質はあるんだな」
「いやいやいやそうじゃなくて」
パタパタ手を横に振る葵さん。一体何が言いたいのか僕にはわかりません。
「何か他に一人で特別なことやってるわけじゃないんですか」
「ああ別に」
「……そうなると普通っていうか、特別楽しく過ごせているってようには見えないというか。友達と過ごす時間も充分楽しいんじゃないかって思いますけど」
違うんですか、と葵は言いたいんだな。
「まあそう思う奴のが多いのかもな。俺にはよくわからんが」
例の女子四人と本格的に交流してからつくづく実感していることだ。
俺にとっては一人で過ごせた方が何より気楽なのである。
人と一緒に行動することになれば必ずその人のことに注意を払わなくてはいけなくなる。
自分のやりたいときにやりたいことを即座にはできず、相手の都合を考えなくてはいけなくなる。
自分にとって興味がない、やりたくないようなことであっても時には付き合わなくてはならなくなる。
そんな
「……ああ、思い出しました」
葵がベッドの上で髪をいじる。姿勢がやや前に傾いていた。
「先輩、一人で過ごすのがお好きって仰ってましたね」
「あったな、そんなこと」
葵と出会って間もないとき、空き教室で俺が奄美先輩に話したことをお前がしれっと傍で聞いてたんだよな。
「……あの言葉は事実だったってことですね」
「あの場でそんな嘘つくわけないだろ」
「別に真っ赤な嘘とは思ってなかったですよ。でも、もうちょっと御友人と遊ぶのも楽しむものと思ってました」
よっと声を出して葵がベッドから立ち上がった。
「今日はもう失礼致します」
「おお」
お、もう帰ってくれるのか。ありがたい。
葵を部屋から家の玄関まで送る。
そして玄関で、葵が改めてお辞儀した。
「今日はありがとうございました、先輩」
「ああ」
「それと、明日からよろしくお願い致します」
「ああ、じゃあな」
葵は玄関の扉を開け、外の方へ出ていった。
ん、明日
さっきの葵の言い方が少し気になったが、明日
その後で自室に戻りベッドの上に寝転ぶと何やらフローラルな香りがした。
葵が枕に頭を擦っていたからか、とすぐに得心が行った。