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第202話 自販機

 日が変わり、野沢公園の入口に俺は立っていた。

 それなりに広い公園で入口からだと肝心の湖は見えにくい位置関係になっている。

 スマホで適当にゲームをしていると、奄美先輩らしき人影が見えた。


「こんにちは」

「ええ、今日はよろしくね」

 奄美先輩の出で立ちはなかなかに大人びていた。

 折り目が細かく付いた茶色のロングスカートに、半袖の白いシャツがやけにマッチしている。

「榊君とのデートに着ていくつもりの服にしたんだけど……どうかしら?」

 ああ、そういうことでしたか。

 どうと言われても俺にはファッションセンスなんてこれっぽっちもないぞ。

「そうですね……お似合いだと思いますよ」

 とりあえず当たり障りのない評価をしてみた。実際先輩のクールな雰囲気にピッタリだと思うし嘘は付いてない。

「そう、ありがとう」

 奄美先輩がフフ、と笑う姿も今日はより大人っぽく映った。ちょっとしたポスターに使えそう。


 さて、いざ公園へ入るが特に道順は決めていない。

「湖の方へ行きますか」

「そこは後に取っておきたいわ。まずは飲み物買ってベンチでゆっくりしない?」

 え、もう? 二人で歩きだして1分も経ってないのにもう休みたいんですか。加賀見より体力ないんですか。

「えっと、休憩にはまだ早い気がするのですが」

 王子とのデートを想定している以上失敗されては困るため、不安材料については恐れながらも指摘する。

「あら、別に休みたいってわけじゃないわ。まずは二人でどこを巡るかゆっくり話す時間を取った方が雰囲気も良くなると思ったの」

 ほう? 

「なるほど。でも実際のデートだったらそういう詳細って二人で事前に決めると思うんですが」

 漠然とどこ行こう、詳しい予定は行き当たりばったりでなんて無計画なデートを奄美先輩と王子の二人がするとは想像しがたい。王子のことはさほど知らないが奄美先輩の几帳面ぶりはこの一年でつくづく見せつけられている。

「まあ、そうかもね。でも今日はホントに決めてないわけだし、まずはその状況を踏まえてシミュレーションしてみましょう」

 そこまで言われては後輩の俺としても否やはなく、

「わかりました」

 と自販機とベンチを探した。


 歩いて1分ぐらいの所に自販機とベンチがあったのでまずは自販機の方へ向かった。

 まずは奄美先輩が飲み物を選び、自販機から取り出した。

 次に俺が選ぼうとしたら

「黒山君はどうする?」

 と奄美先輩がお釣りを出さずにこう言った。

「え、ひょっとして奢りですか?」

「ええ、そうだけど?」

 何当たり前のことを、とばかりに首をかしげる奄美先輩。いやいや。

「そんな悪いですって」

「今回の練習に付き合わせたのは私だし、そんぐらいはするわよ」

 奄美先輩も俺への負担を気遣ってくれてたわけか。でもな、

「今回は榊相手の行動のシミュレーションですから、自分へのそういう気遣いは大丈夫です」

「うーん……」

「それに榊とのデートとしたら、相手に奢るのも自分はお勧めできません」


 あくまでも俺個人の考えに過ぎないから異論は少なからず出るだろうが、カップルにおいて奢り奢られが発生した時点でその関係は対等でなくなるように思う。

 金銭なんて人と一緒に出掛ける際には自分のために使う分を用意しておくのが当たり前であり、金欠であればその分出費は自重すべきなのである。

 上司や先輩のような目上でもない、言わば同じ立場の人から金銭面で支援してもらうのがそもそもおかしい。恋人関係においては一方が他方に奢ったという話はよく聞くが友達関係においては同様の話を滅多に聞かないことを思えばどうにもいびつなものを感じてしまう。

 一度奢るという行為をやってしまえば相手にもまた同じように奢ってもらおうなんて気持ちがいずれ芽生え、ひどい場合にはそれを求めて営利的な行為に走るようになり関係が金銭ありきになってしまう。それでは遠からず破局するように思えてならなかった。

 ……以前の俺はそんなことも考えず奄美先輩にお金を使った手段を提案していたなあ。結局奄美先輩もそういう露骨な手段には乗らなかったけど反省しなくっちゃ。

「……わかったわ」

 奄美先輩はお釣りを取り出した後、自販機から離れた。さて、ジンジャーエールあるかな。


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