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第204話 湖を見て

 今私は風車の目の前に来ております。

 遠目からでもはっきりとその姿が確認できておりましたが、こうして目の前に来てみるとその大きさに圧倒されそうです(誇張)。

 今流れている風を受けて風車はゆっくりと回っているようで、それがこの公園でますます存在感を放っております。


 そんなどうでもいい実況を頭の中で思い浮かべていたら隣にいた奄美先輩が

「上ってみましょうか」

 と俺を先導するように、風車に備えられた階段をコンコンという音と立てて上がっていった。

「滑らないように気を付けますか」

「そんな氷の上を歩くわけじゃないし大袈裟よ」

「いやわからないですよ。潤滑油とか床に撒かれてるかもしれないですし」

「どんな状況よ」

 という会話の最中、奄美先輩が突如よろめいた。


 奄美先輩の体の動きを見るに、階段に爪先つまさきを引っ掛けてしまいそこで足を取られたっぽい。

 それでも奄美先輩は転ぶ直前に体勢を持ち直し、盛大に階段へ体を前倒しになるのを回避した。

 その際、転びそうになった勢いの乗った奄美先輩の右足が階段を

「ダンッ」

 と思いきり強く叩き付けた音が大きく響いていた。

 後ろでその様子を眺めていた俺のような一般人からすれば「ああ、この人コケかけたんだな」というのが丸わかりだった。


「……」

 奄美先輩は背後にいる俺の方へは振り返らずどんどん階段を上っていった。さっきよりペースが速かった。

 俺も

「大丈夫って言ったそばから転びかけるってコントの練習でもしてるんですか」

 なんてことは言わない。何なら思ってもないよ。神に誓って思ってないよ。

 かくして先程の光景については二人ともノーリアクションで先を進むことに。……これ王子だったらどんな素敵なフォローをしてくれたんだろうね。



 風車は中に入ることができないが、中腹にはズボンのベルトのように通路が巻かれていて先程俺達が上った階段がそこに通じていた。

 その通路からはすぐ近くの湖が上から見渡せた。

 湖は大きく風車からでも端までは見られない。空にも負けない澄んだ色の水面を遠くまで伸ばして水平線を作っていた。

「いい眺めね」

「そうですね」

 眺めてるだけで日々のストレスが忘れられる……というわけでもないが少し癒された気がしないでもない。


「先輩はこの風車を上るの初めてですか?」

「いや、すごく小さいときに一度行ったっきりね」

 奄美先輩が両手を手摺てすりに預け、穏やかな湖を眺めていた。

「そのときは特に何とも思ってなかったけど、今見ると気分も違うものね」

 はあ、そんなもんでしょうか。


「こっから落ちたらそこそこ痛そうですよね」

「やめてよ。それに痛そうですむ高さじゃないでしょ」

「平気ですよ。ギャグアニメなら」

「何で風車に来て突然ギャグアニメのシチュエーションの話になるのよ」

「自分にとっては至って自然の成り行きだと思いますが」

「貴方の自然は混沌としたジャングルみたくなってそうね」

 はあ、そうですか。


「……」

 その後しばらくは奄美先輩が静かに風車からの景色に見入っていた。

 俺も会話をしなくて楽なので合わせて湖を見ていた。雲一つない快晴であり、湖と空の境目が少し曖昧になっていた。

 奄美先輩が景色を見てる間に俺はスマホを見ようかしらとも思ったが、風車の上からスマホを落としたら面倒なので控えた。不要なリスクは取らないように心掛けてます。

「ねえ、黒山君」

「! はい」

 ワオ! 急に声掛けるからびっくりしましたよ。

「ふふ、驚かせちゃったかしら」

 奄美先輩にはすぐに察せられてしまった。この人って大人しそうに見えて結構そういう茶目っ気があるな。王子もそのギャップを知れば好きになってくれるんじゃないでしょうか。俺が王子に奄美先輩の人となりを口頭で説明すれば効果あるのかな。

「まあ、ちょっとだけ」

「正直ね。ところで、デートだったらもうちょっと二人近くに寄って眺めるもんじゃないかしら」

 今俺と奄美先輩の距離は5歩分くらい離れている。

「恋人同士でも適度に距離を取るのが大事かと思いまして」

「何よその気遣い。それにさっきベンチに座ったときはもっと距離近かったでしょ」

「ええ、なのでその反省を活かして」

「要らないったら」

 奄美先輩は俺の方へ2~3歩ほど寄ってきた。

「やっぱこのぐらいがちょうどいいわね」

「はあ……」

 そしてすぐさま湖の方へ向き景色の鑑賞を再開した。おお、何かさっきより窮屈に思えるぞ。

 先輩にぶつからないように配慮しつつ、俺も柵に掴まり再び湖を見た。あ、あそこに鳥が飛んでる。別に普通か。ヒーローが飛んでたらスゴいんだけど。スマホで撮りまくるんだけど。



 風車を降りて公園を散策していると見たことのある顔を遠目に発見した。

「奄美先輩、あれ」

「ん?」

 奄美先輩は俺の指差す先を注目して、そして何も言葉を発さなかった。


 王子がそこにいたのだ。


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