「何でこんなときに……」
奄美先輩はそうぼやいた。
うん、別の男とデートの練習なんてしているときに本命の男と出会ったらそんな気分にもなるでしょうね。誤解一直線だもんね。
俺の視線の先にいたのは王子一人だけではなかった。
隣に女の子が二人いて、落ち着いた雰囲気で周辺の風景を見つつその子達との会話を楽しんでいるようであった。
何となくややこしい事態になってるんだろうな、と思った。
王子自身に彼女がいたという噂は特に聞かない。
二年になってからはクラスが違うためその様子を
王子にとっては心に決めた相手がいてそれが公然の事実になった以上当然の成り行きとも言えるが、ともあれ王子に突出して親しい女子はいないと思われる。
となると、目の前の光景にも大体当たりが付いた。
王子自身は今でもその美貌と雰囲気の良さで女子の憧れの的になっている。
自然王子の友人を頼って王子を紹介してもらい、そこから積極的にアプローチを掛けていると思しき女子の姿も一年のときに何度も見掛けた。それゆえか王子の周りの面子は新陳代謝がそれなりに激しかったようにも見えた。
今王子の周りにいる女子達も本当なら王子と二人きりでいいムードになりたかったんだろうがすったもんだの末に三人で公園を巡るというラブコメ的な展開になったのかもしれない。
そういう推測で見ると、今現在の王子の周りの女子達は内面でいかに隣にいる女を出し抜いてやろうか、いかにして相手より優位に立とうかなどと火花を散らしているように思えた。
ただ事情を知らずにいると外からはそんな風に見えないのでさすがだと思います。それとも俺が深読みしすぎなだけで三人全員仲良しだとか? ならこんな所で静かに自然の中を巡るよりカラオケとか遊園地とかでもっと楽しく遊びそうなもんだが。
何はともあれ、これはチャンスにも思えた。
「奄美先輩、チャンスです。榊に会ってきたらどうですか」
公園に来たら偶然奄美先輩が思い人を見掛けた。
こんなおいしいシチュエーションを利用しない手はないであろう。
さっき奄美先輩はそれを間の悪いことと嘆いていたようだったが、今のところ王子達の方は俺達に気付いた様子はない。
つまり俺のことにも気付いていないので今から奄美先輩一人だけで王子達の元へ行けばデートの練習をしてたなんて面倒な事情を説明しなくても済むはずだ。
「やめて」
だが、奄美先輩はそのチャンスを不意にした。
「え、何でですか」
「そ、それは……」
いくら何でも理由を教えていただかないと納得は行かない。
どういうわけか言葉に詰まる奄美先輩の返答を待っているとやがて口を開いた。
「こんな所で榊君に会うなんて全く予想しなかったの。何の準備もできてない状態で榊君と接しようとしてもボロが出るだけよ」
うーん、そんなもんだろうか。
「でも先輩って榊と全く交流がないわけじゃないですよね。去年のクリスマスでも榊とおしゃべりしてましたし」
初対面ならわかるが互いに接点のある今ならそんな懸念することでもないように思う。
「それでも自信がないの。それに、何となく今の榊君達の中に混じるのは嫌な予感がする」
ああ、先輩も王子と女子二人という面子に怪しさを覚えてましたか。
そっちはあえて俺も触れずにおいたのだが、やはり感付くもんなのか。
こうなってしまうと先輩を後押しするのも厳しいと感じた俺は
「……わかりました。榊達には気付かれないようにしますか」
方針を撤回した。
「そのことなんだけど、このまま公園を回ってると榊君と鉢合わせしそうだし、今日はもう解散しない?」
え、いいの!
俺としては解放、いや解散されるなら否やはない。
「そうですね。それでは公園を出ましょうか」
「……何か嬉しそうね」
あれ、気付きました?
「私としてはもうちょっと練習していきたかったんだけどね……」
そうなんですか。本当に努力家ですね、奄美先輩。
奄美先輩と公園を出て帰りの道中、ふと考える。
この人は王子と結ばれることはできるのだろうか。
王子が他の女子からアプローチを受けている(と思われる)シーンを目撃したのは今日が初めてではない。
去年から一緒の教室で過ごしていたときでもしばしばあったし、文化祭では王子と結ばれるための作戦を練っていた奄美先輩とともにそんなシーンを見てしまったぐらいだ。
振り返ってみればそのときも先輩はそんなシーンを見て心が折れ、一旦作戦を頓挫した始末だった。
どうもこの人は他の女子を直接押しのけ王子と結ばれようとする気概が足りないように思う。
俺と会ったばかりのときなどいきなり王子に告白を仕掛けるほどの積極性があったのに、それ以降は何だかより消極的になった嫌いがある。
いや、むしろ告白で玉砕したからか?
それで自信が以前よりなくなったというのはまだ理解できるが、それならなぜ王子のことをさっさと諦めないのだろう。
告白して振られた後もこうして俺に引き続き作戦協力を求めているわけだが、ズルズルと結果に結び付かないままもうすぐ受験勉強の時期が来ようとしている。
普通に考えればそれまでに一定の成果がないとタイムオーバーになりそうなもんだが、奄美先輩はその辺りどう思っているのか。
「どうしたの、黒山君?」
俺の様子を不思議に思ったのか先輩がこんなことを聞いた。
「いえ、家の鍵を掛け忘れてないか不安になっちゃって」
「御家族は誰もいないの?」
「いますね。なら大丈夫か」
俺の疑問をそのまま奄美先輩にぶつける度胸はなく、ひとまずお茶を濁した。