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第207話 注目

 暑い。

 当然と言えば当然だ。今はカレンダーの上でも夏。

 しかしこの日照りの強さはどうにも待ち合わせには身に応える。

 今年の誕生日でもらった日傘をありがたく使いながら確かにそんなことを思っていた。

 思ってはいたのだが。


「お、おはよう黒山君」

 俺の目の前に現れた春野の格好はどういうことであろう。

 俺と同じく誕生日にプレゼントされた日傘を差しているのはいいが、上は袖のなく白っぽいシャツの上に水色のシースルー。下は前回のデートと同じかヘタすればそれよりも丈の短い紺のミニスカートを身に着けていた。いつも春野が着ていた私服よりもずっと肌が見えているファッションだ。


「やー、お待たせ!」

 そう言って春野とともにやって来た日高はいつも通りだった。

 日照りを少しでも避けるためかてっぺんが平たくつばの小さい麦わら帽子みたいな帽子を頭に被り、半袖の白いシャツとやけにゆったりした感じのベージュの短パンでやって来ていた。見るからに涼しい格好であり、今まで着ていた服装と比べても特に雰囲気に変わりはなかった。

 で、そんな日高はさっきから妙に恥じらいを見せる春野を見てニヤニヤしていた。


「どう、黒山?」

「どう、とは?」

「もー、凛華のことだよ。すっごく可愛いって思わない?」

 春野が「ちょ、皐月……」と日高の肩へ手を伸ばすのも構わず日高は俺の方を向いたままだった。

 ……やっぱり日高の差し金だったか。

「驚いたよ。いつもの春野とは思えないぐらいアグレッシブな格好だな」

 これが春野自身の発案ならな。

「……そ、そーなんだ」

 春野は何がおかしいのかエヘヘと小さく笑った。


「あと、私達がプレゼントした日傘使ってくれてるんだ」

「ああ、なかなか便利だ。ありがとな」

「いいっていいって。それにしても」

 日高は日傘を差す春野と俺を見比べる。

「お揃いの日傘で歩くってカップルでも珍しいんじゃない?」

 春野と俺が今使っている日傘はともに同じ日に誕生日プレゼントとして受け取ったものだ。

 その日傘はサイズこそ違うもののデザインはそっくりであり、並んで差すとより目立っているようだ。


「も、もう、別にいいじゃんそんなこと」

 春野は日高の軽口をそういなし、

「お前は日傘大丈夫だったのか?」

 俺はそんな疑問を日高にぶつけた。

「あー、大丈夫。今日は凛華と相合傘するから」

 日高はちゃっかりと春野の傘の下に入った。

「今日ここに来るときもそんな感じだったから、大丈夫だよ」

 春野はそう補足してくれた。相変わらずお優しいな。お前の彼氏になれる奴は幸せ者だろな。



 そんなやり取りの後に俺達は街中を歩いた。

 休日だけあって人がそこそこ多い。多いとなると必然的に

「……やっぱ視線が多いな」

「……いつもより多いかな」

「……」

 道行く人々、というより男共からの注目も多くなる。

 その視線の先は言うまでもなかろう、春野様である。

 いや、この場合日高の方も並んで注目を浴びているのかもしれない。

 春野は元より日高も充分に美形だ。

 お淑やかな雰囲気を纏う春野に対し、カッコいい雰囲気で女性をも惹き付けそうなのが日高だ。

 この二人が外行きの服装で並んで歩くのはそれなりに見応えのあることだろう。

 俺? 存在感ないからそもそも人に気付かれることもないよ。


 注目を浴びている当の春野は恥ずかしそうに顔を下に向け、ただ黙っていた。

 この格好で歩くのを恥ずかしがっているのが丸わかりなのだがこんな事態を少しは予測できなかったのかと思う。


 前回俺と外出したときも春野は似たような服装で臨んでいたが、その場所は植物園であった。

 休日でもあんまり人が多くなかったしましてや俺達と同世代と思しき人達などいたかどうかもよく覚えてない状況だった。

 だから今みたいに人目を気にせず歩き回れたのである。

 でも今回は街中をぶらつくという趣旨だ。

 目的も定めず休日にはそれなりににぎわう場所を歩くのだから人目が多くなるのは想像に難くない。

 しかも春野の服装は植物園のときよりも露出が多い。

 暑さに合わせてそうなったにしても、春野のモデルさながらの体型でその格好をしたら男女問わず一度は目をってしまいそうな目立ちっぷりになる。

 おおかた日高の口車に乗せられたのだろうが、それにしてももうちょっと今の事態を懸念してもよかったのではなかろうか。

 そもそも今の服装をしてくることについて日高はどうやって春野を説得したのか。

 で、春野はどうしてそういう自分の趣味じゃないファッションに挑戦しようと思ったのか。

 どうして俺はこんな二人と一緒に街中を歩かされているのか。

 どうして世界は俺に一人の時間を与えてくれないのか。


 色んな疑問は尽きないが、本人達に問い詰めることができるはずもなく、

「……もうちょっと人通りの少ない道を選ばないか」

 そんな提案するのが精一杯であった。

 俺が直接受けているわけではないが、こうして好奇の視線に晒されるのは具合が悪い。

 奄美先輩のときみたく知り合いを見掛けたらまた面倒なことになるかもしれんし。王子とか。


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