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第208話 日傘

 この度初めて使ってみたが、日傘というのは本当に便利なものである。

 遮光性の高いカバーが日光をしっかりと遮って影を作ってくれるので、暑さの感覚が相当に和らぐ。

 日向と日陰で体感温度が違うことは知っていたが、いざ日傘を使ってみるとここまで便利なのかと改めて思わされた。これをプレゼントしてくれた人達(ついでに加賀見)ありがとう。


 というわけで今この道中もそんなプレゼントをありがたく使わせてもらっているのだが、

「あ、黒山君ちょっとはみ出てない?」

「いや、別に平気だが」

「もうちょっとそっちに傘を寄せても大丈夫だよ」

「それだとお前ほとんど日が当たりっぱなしになるぞ」

「大丈夫、私は気にしないから」

「俺が気にするわ」

 どういうわけか春野が俺の傘の中に入って一緒に移動することとなっていた。



 こうなること数分前。

「ねー凛華。ずっと傘持ってるのキツくない?」

「え、別に大丈夫だよ」

「いやー、私の方へ寄せつつやってたから大変なんじゃないの?」

 と春野と日高がイチャイチャするうちに日高が春野の日傘を持つという話になった。

 まあそれはいい。話の流れとしておかしくない。美少女二人がじゃれ合う姿がお好きな人達には眼福な光景であろう。この二人幼馴染なんですってよ。


「凛華は黒山の傘に入った方がいーんじゃないの?」

 と日高が提案したときに流れが一気におかしくなった。何で今まで緩やかだったのに急流がいきなり発生すんの。女二人のカップルに介入してくる男とか恨みを買いまくる役回りなんて絶対演じたくないんですけど。先述した人達にどういう目に遭わされるか想像したくもないよ。

「いや、どういうことだ」

「黒山の方が傘大きいでしょ。二人ならそっちの方が入りやすいって」

 日傘は春野と俺の体格に合わせたサイズにそれぞれなっていた。


 どうせ春野が何言ってんのと拒絶するだろうと思っていたら、

「……黒山君、いいかな?」

 春野が日高の案に乗っかっちゃうんだもん、びっくりしちゃった。

「ほらー、凛華もそう言ってるし入れてあげたら?」

 口元を掌でお上品に覆うも笑顔が隠し切れない日高にイラッとしつつ、春野の言葉を無下にしきれなかった俺は

「……お前がイヤじゃなけりゃな」

 結局従うことにした。うん、高校の間はコイツらと交流していくって決めたんだし、こういう状況も想定内、想定内……。



 そして現在。

 俺は自分の日傘で春野の分の日除けスペースも確保しつつ、あまり自分にも日光が直射しないようにえっちらおっちらバランスを取り、街中を歩いていた。春野が早足にならないよう歩くペースにも注意していた。

 春野はそんな俺に付いていきつつ、どこか申し訳なさそうな表情で前を向いて進んでいた。

「ゴメンね、助かるよ」

「そりゃよかった」

 春野が肩をなるたけ内側に引っ込めたようなポーズで歩く姿がお淑やかに見えた。今の大胆に腕や足を見せた服装にそぐわない雰囲気だった。


 で、日高は春野の借りた傘を差して堂々歩きながら

「いやー、アツいよね今日も」

 俺達を傍観しながら今日の気温の話をしていた。今要るか? そんな話。あと何でお前は春野と俺の後ろに回ってるんだよ。

「ああ、熱中症にならない内に切り上げるのもアリだと思うぜ」

「ジュース持ってきてるし、あとこれもあるから大丈夫だよ」


 今手に持っている日傘を指差した後、日高はバッグから別の物を取り出した。

「ああ、手持ち扇風機か」

「そ。こういう日には便利だよね」

 そう言えば去年の夏でも使ってるところを見たような見なかったような。

 手に握った扇風機から送られる涼しい風を顔に浴びている日高は実に気持ちよさそうだった。

「黒山はこういうの使わないの?」

「便利は便利なんだろうがあんまり使ってみようって気にはならないな」

 日傘だってコイツらからプレゼントされなきゃこうして使う機会は永久になかったと思う。自分から買わないなこの手の物は。何でって? 何となく。


「ってあれ、凛華はこれ持ってなかった?」

 手持ち扇風機を手に掲げながら春野に聞く。言われてみれば春野も使ってた記憶がかすかに。

「あ、忘れてた。アハハ……」

 春野が肩に掛けていたバッグを探り、そして手持ち扇風機を取り出した。

 そしてスイッチをオンにすると、俺の方へ手持ち扇風機の風を当て始めた。

「いや、自分に使えよ」

「黒山君、日傘持ってもらってるしこのぐらいしないと悪いよ」

 と春野は横にいる俺の方へ涼しい風を当て続けた。


 うんまあ、実際暑いから助かるし優しいと思うが、

「それでお前が暑さにバテても事だしな。交互に風に当たるようにしてくれると助かる」

「黒山君……」

 お前だけが当たればいい、なんて言っても春野は聞かないだろうから二人が平等に恩恵を受ける形で提案してみた。

 春野はまだ何か言いたそうにしていたが、これ以上は口をつぐみ手持ち扇風機の風を春野と俺の二人で交互に当たるよう調整した。

 ただ、気のせいでなければ俺の風に当たる時間の方がやや長かった。

「うーん、いーねー」

 後ろからタチの悪い野次馬じみた声が聞こえてきた。こっちは絶対気のせいじゃないな。


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