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第210話 もっと単純な

「いやー、もう2・3枚ぐらいチャレンジする?」

 日高がスマホを構えたままそんなことをほざく。

「面白いもの探しはどうしたんだ」

 お前もう当初の目的すっかり忘れてんじゃないか。あと写真を撮られることをチャレンジとか言うな。いろいろやらせる気満々じゃねーか。もし加賀見悪魔がこの場にいたら俺何やらされてたんだよ。

「んー? 私としては今のこれが充分面白いと思うし別にいっかなって」

 日高が「ね?」と春野に確認してくる。


 春野は少し平静を取り戻している様子だったが、まだ顔の赤さが抜け切れていなかった。

 お前やっぱムチャしてたんだろ? 日高から事前に何か吹き込まれて俺と二人で撮るように仕向けられたんだろ? ちょっとは強硬に自分の意思を主張してもバチ当たらないと思うよ、俺は。


「ね、ねえ皐月。黒山君の言うように面白いもの探すの再開しない?」

 俺の考えが通じたのか春野も熱を吹いている日高を抑えに入る。

「えー。……凛華はそれでいいの?」

 さっきまで一人で盛り上がっていた日高の声がにわかに氷を入れられたように落ち着いてくる。


 それでいいの、て。春野からすればいいに決まってると思うんだが。

 春野もさっきの撮影チャレンジでだいぶ体張ったのにこれ以上は付き合ってられないだろ。

 このまま続ければ内容がエスカレートするのも目に見えているというのに春野が続けたがる理由がどこにあるのか。


「……うん。だから再開しよ」

 ほら見たことか。春野もさすがに譲らなかった。

 でも返答にちょっと躊躇が見えたのは何なんだろうか。日高が続けたがってることを自分の意思でやめることに遠慮が働いたのか。だとしたら春野と日高の普段の気の置けなさを見てきた俺としては違和感を覚えるが、しかしそれ以外に理由が思い当たらない。


 それはさておき、2対1ということでさすがに旗色悪しと感じたのか

「ちぇー。じゃ公園の中探っていこっか」

 日高はスマホを仕舞った。これからは春野を味方に付ける方が日高の説得に有効そうだな。



 そして公園の中をざっと歩き回ってみたが、

「やっぱないじゃん! 面白いもんなんて」

「さっきも似たような愚痴を聞いたな」

 だからそうそう面白いもんなんてないんだってば。企画前から気付いてほしかったよ。


「もーいーんじゃないか。今日は春野のサプライズが成果ってことでお開きにしても」

 春野には悪いがさっきの写真撮影を引き合いに終了を持ち掛けさせてもらおう。このままだと何時まで拘束されるかわかんないもん。

 春野は頬を人差し指で掻いて俺達の方から視線を逸らした。ゴメン、やっぱさっきの行動は恥ずかしかったんだね。

「えー」

 日高がこれでもかというぐらい不貞腐ふてくされる。幼児かお前。今日はいつになくワガママに動いてるけどホントにどうしたんだ。


「まだ物足りないんですけどー」

「物事には限度っていうのがあるんだ。今日は一つ面白いものが見つかっただけで満足しよーぜ」

「じゃーまたおんなじことに付き合ってくれんの、黒山はさ」

「やるわけないだろこんな不毛な企画なんて二度と」

 あ、本音出ちゃった。

「こんなことだろうと思った。じゃーもうちょっと続けよーよ」

 ああ、やってしまった。嘘を吐けばいいところを失念してつい馬鹿正直に返事してしまったよ。俺疲れてんのかな。疲れてるとしたら心当たりがあり過ぎるな。


 いや、待てよ。もっと単純な説得材料があるじゃないか。

「なあ、一ついいか?」

「何さ」

「お前、期末テストの勉強は大丈夫なのか?」

「!」

 去年の今頃日高は数学で赤点を取りそうになっていた。

 そのときは教えるのが上手な安達・加賀見をはじめ俺達が協力したことで全教科のテストを凌いだのである。

 それ以降も日高は安達・加賀見・春野にテスト勉強を見てもらったこともあり数学など苦手な教科を克服しつつあるようだが、それでも勉強を一切しなければ相当キツいのは自明の理だ。


 で、俺の質問を聞いた日高はわかりやすく表情から余裕をなくしていた。

「……ねえ黒山、凛華。一ついい?」

「ああ」

「うん」

 春野も日高を見て「あーあ」と言いたげにしていた。春野にとってはもはやいつものことなんだろうな。

「今度の期末テストで勉強を見てくれませんか」

 日高が頭を下げて、その前に両手を拝むように合わせてきた。


 かくしてこの日はこれで解散となり、後日改めて俺達で揃ってテスト勉強をする流れになった。

 あれ、俺にとってはそんな事態好転してないような。当日夏風邪引いたことにしてサボろうかな。


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