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第212話 突き付けられない

 図書館の中に入った俺達は三人が座れるテーブルを探す。

「図書館で皆が勉強って初めてだよね」

「今まではミユの家が多かったからねー」

「皐月がマユちゃんと二人で勉強したこともあったっけ?」

「あー、あんときは私の家でやったんだよ」

「そうだった。だから私もその日は家に行くの遠慮したなー」

 周りの人に配慮してささやく程度の声量で会話する春野と日高。そう言えば、と俺もポツポツと当時のことを思い出していた。


 テスト勉強は一年のときからちょくちょく女子四人と俺の共同でやっていた。

 安達・加賀見・春野は全ての教科の点が平均的に高いオールマイティでテスト勉強も自力で問題なくこなせるタイプなのに対して、日高は文系の教科が得意かつ理系の教科が苦手という極端なタイプだ。

 そのため大抵は教えるのが上手な安達または加賀見が日高の理系のテスト勉強に協力するのがいつもの構図だった。


 今回は事情があって安達も加賀見もおらず、残った俺達が日高に勉強を教えることになるだろうが、果たしてうまくいくのかどうか。

 いや、春野は日高の幼馴染だし扱いはお手の物だろう。ここは春野に頑張ってもらって俺はスマホでも見ようかな。勉強はまあ、自宅でもできるし。

 加賀見がいたら即座に咎めて責め苦を味わうこと間違いなしだったけど、この二人は常識的で甘いところがあるから大目に見てくれるんじゃないかと期待している。そう思うと加賀見を呼ばないのは俺にとってプラスだな。しばらくはミユマユを誘うのを控えるという日高の意向に乗っかるとしよう。日高に感謝。


「……黒山、何かソワソワしてない?」

 ん? ああ、心の中の期待がついつい体を浮つかせてしまったようだ。

「ああ、年末ジャ○ボの当選発表が近いからな」

「年末まで後半年あるんだけど」

「じゃあ○ト6だな」

「じゃあって何、じゃあって。絶対ウソでしょ」

 うーん、いつも思うがごまかすのってなかなか難しいもんだな。


「黒山君って宝くじとか買うの?」

 なぜか春野が俺の宝くじ事情に触れてきた。おお、予想外の反応だな。

「凛華、そんなわけないでしょ。黒山お馴染みの冗談だって」

 日高よ、お馴染みっていうほど俺は冗談連発してる覚えはないぞ。まあ宝くじとか全然買ったことないけど。

「あー、そっか……」

 春野は後ろ頭を撫でて照れ隠しのように笑った。



 そんな一節もありながらちょうどいい席を探していると、

「あ、あそこにしよーよ」

「うん。黒山もいいでしょ?」

「ああ」

 ちょうど四人掛けのテーブルがぽっかり空いていたのでそこを利用することにした。運いいね。春野に幸運の女神でも微笑んだのだろうか。この中で一番主人公っぽい存在だしありそう。


 最初、春野と日高は隣同士で日高の向かいには俺という位置で席に着き、各々テスト勉強していた。

 途中から適切なタイミングでスマホを見て遊ぶ、という方針に切り替えようと思っていたのだが、ここでちょっと想定外の事態が起きた。


 日高の勉強を見ていた春野が

「黒山君、ちょっと私と席替わってもらってもいい?」

 と提案してきたのだ。

「なぜ?」

「え、凛華?」

 俺も日高も疑問の声を上げた。

「今皐月に物理を教えてるんだけど、ちょっと私じゃ自信のない箇所があって」

 ほう、そうなのか。

「……お前で難しかったら俺はもっと難しい気がするぞ。テストの成績は春野の方が俺より上なんだから」

 いつも全教科平均点を維持している俺よりも春野の方がテスト順位は毎回上だ。

 ちなみに女子四人と俺のグループの中ではトップは断然加賀見であり、全教科満点近くを当たり前のようにかっさらっている。その代わり奴は運動能力が驚異的に低いので、この前の体力テストなんかは地獄を見ることになる。悪魔だから地獄はお似合いだし問題ないね。


「うーん、テストの点はそうかもしれないけど勉強できるのは黒山君の方じゃない?」

 へ?

「おいおい、意味がよくわからんぞ」

「前にマユちゃん言ってたでしょ。黒山君がわざと平均点取ってるかも、て」

 ああ、一年のときにそんなことも話してたような。

「アイツの憶測を真に受けるのはよくないぞ」

「黒山君が否定するならそれでもいいけどさ。今回は皐月のために、ちょっとお願いできないかな?」

 ね? と両手を合わせて横に首を傾げる春野の姿はえも言われぬ魅力が漂っていた。これそこらの男子ならイチコロだろうな。例えできないことでもうんと頷いてしまうだろう。


 そんな春野の魅力に当てられたわけでもないが

「……ちょっとだけな」

 春野に対してはあんまりノーを突き付けられない事情もあった俺は、ちょっとの間だけ日高のテスト勉強に付き合うことにした。


「……ゴメン、黒山」

 日高もやけに大人しく俺に礼を言ってきた。

「別に」

 とだけ言って春野に代わり日高の隣に座る。

 個別指導の形になるため、当然ファミレスなどで隣接するときよりも席の間隔は近い。

「……!」

 日高の表情が少し固まったように見えた。

「もうちょっと席離した方がいいのか?」

 俺みたいな男なんかと近接しているのが嫌なんだろうと思いそう持ち掛けたのだが

「……い、いや大丈夫! ゴメン、変な感じになっちゃって」

 日高、もうちょっと声落とせ。


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