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第213話 肩に

 春野・日高と勉強を始めてそれなりに時間が経過。

 図書館の中ということもあり、二人とも勉強のこと以外は無駄話をせずカリカリとペンを走らせている。勉強で話す際も当然ながら小声であり、俺の方も同様であった。


 こうしてみるとこの状況は悪くないかもしれない。

 加賀見という主なストレス発生源がなく、基本的に静かにしなくてはいけないため女子達の会話に付き合わされる心配もない。

 人の勉強をサポートすることにはなるが、それもたまにという程度であって大したことはない。

 ちょっと前から勉強を切り上げてスマホを操作してるのだがそれも春野と日高が咎めることはなかった。一年のときから思ってたことだが何だかんだこの二人は安達や加賀見に比べて優しいな。


 そんなこんなで一人静かに過ごしていたら、やがて春野が切り出した。

「ねえ、少し休憩しない?」

 気が付けばこのテーブルに着いておよそ1時間が経っていた。確かにここらでリフレッシュしてもいいかもな。奄美姉妹もかつてリフレッシュを入れてその後の勉強により身が入ったわけだしな。

「異議なし」

「私もー」

 ということで三人で一旦図書コーナーを出ることになった。


 図書館のロビーにある自販機で飲み物を買った後、春野・日高・俺は適当なベンチに腰を下ろした。

「いやー、だいぶ勉強進んだ。助かるよ」

 日高が一口ジュースを飲んだ後にそう言った。

「私は大したことしてないよ」

「俺もだ」

 安達や加賀見がいないと大変かと思ったが、日高も一年のときに比べれば段々自分で苦手な教科についてコツを掴んできたようであり、俺達が教えても要領を得るのが早かった。

「あはは、私一人じゃどうにもならなかったよ」

 日高が謙遜しているのに対し、春野が少し黙っていた。ちょっと真剣な表情だった。


「あれ、どうしたの凛華?」

「……ねえ、今言うのも何だけどさ」

「うん?」

「次から前のようにマユちゃんとミユちゃんも呼ばない?」

 ……あー、やっぱそこ気にしてたのか。

「……そーだねー」

 日高は春野と、続いて俺を見ながらぼんやりと返事する。

「まあ、凛華にとってその方がいいんなら、いいよ」

 日高がペットボトルの蓋を閉めて答えた。


 いや、何だその歯切れの悪さ。

 お前はお前で安達と加賀見の仲を邪魔したくないって理由で二人を誘わない方針にしたんじゃないのか。

 それを春野に押していかないのは少しおかしくないか。

 そして「凛華にとってその方がいいんなら」という物言いも引っ掛かる。

 春野が皆で楽しく盛り上がるのをよしとしており、こんな仲間外れの真似事をするのに気が乗らない性格なのは日高も充分知っているだろうに。

 なら春野にとっては「その方がいい」ことは自明の理だが、なぜ春野にわざわざ念を押したのか。

 そんな疑問が出てきたが、そこを直接指摘したら面倒になるのは目に見えていたのでやめた。


「……ちょっと外すね」

 春野がロビーの端の方へ歩いていった。

 ということで今ベンチにいるのは日高と俺の二人だけ。

「……黒山はミユマユ呼んだ方がいいと思う?」

 俺の隣に座っていた日高がそんなことを聞いてきた。

「俺としては呼ばない方がありがたい」

「何で?」

「加賀見から嫌がらせを受ける心配がないから」

「正直だね」

 日高がフフ、と声を出す。

「マユも最近は変なことしてないと思うけどなー」

「俺にとってはいつ再発するかわからないんだよ」

「まあ否定しないけど」

 お前らはいいよな、アイツの脅威を受けなくて。



 そのまま日高も俺もスマホを見つつ待っていると、

「わ!」

 と背後から声が聞こえるとともにいきなり肩に誰かの手が掴み掛かった。

 その手は日高の方へと押してきて、思わず俺は日高の方へと体を傾ける。

 日高も同じ目に遭っているのか俺の方へと突然倒れ掛かってきた。


 そして俺と日高の肩が触れ合った。


「きゃ!」

 日高が俺の肩に触れた瞬間、悲鳴を上げた。

 いつもはまず発しないような甲高いものだった。


「アハハ、驚いたでしょ」

 俺と日高の肩を掴んでいた手が解放されたかと思えばまた背後から声が聞こえた。

「……お前もこんなドッキリをかますんだな」

 後ろを振り返り、今しがた受けたドッキリの感想を仕掛け人である春野に伝えてあげた。

「意外だった?」

「ああ、とても」

 いや本当に驚いた。今までの春野がしたことないようなことだったから。


「フフフ、それならやった甲斐あった」

 春野は俺達二人のリアクションを思い出してか笑い声の漏れそうな口を手で抑えた。

 コイツがやると妙に上品で、とても美しく見える仕草だった。

 ……さっき自分の発言で妙な雰囲気になったことに責任を感じて盛り上げようとしたんだろうか。

 春野の性格からしてあり得る話だが、わざわざ本人に確認する気にはならなかった。


 さて、もう一人春野にしてやられた日高は

「……」

 さっきの悲鳴以後、一言も発さずにいた。俺とぶつかった左肩を右手で押さえながら、だ。

「あれー、皐月?」

 春野が冗談めかしく声を掛けるが、黙ったままだった。

 ……これ春野さん、やらかしちゃいましたか。


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