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第236話 ついにこんな

 それは、8月上旬のことだった。

 葵が俺へダイレクトにメッセージを送ったのである。

「胡星先輩、姉の誕生日の件でお願いがあります」

 最初は意味がよくわからなかった。


「すまん、いきなりどうした? 奄美先輩の誕生日が近いのか?」

 まずは真っ先に確認したいことを添えてメッセージを返した。

「姉の誕生日は8月10日なんですが、御存知ないんですか?」

「いや、知らなかった」

 マジで。奄美先輩とは知り合って半年以上になるが、あの人のプロフィールについてはろくに知らない。王子に恋する俺の一歳上の女性の先輩であることしか知らない。あと知ってることといったらなぜか他人に彼氏役とやらを頼んでくる変な妹さんがいることぐらいか。


「そうでしたか……。とにかく、その件でお願いしたいことがあるんです」

「誕生日プレゼントを一緒に選んでほしいのか」

「さすが先輩。話が早くて助かります」

 そりゃもうすっかり定番になっちまったからな。知り合い同士で事前にプレゼントを買って当日に主役へ渡すのが。


 まあ、奄美先輩には以前お世話に……なってないな。

 むしろ俺があの人の野望を叶えるためにいろいろと協力してきた記憶がある。

 当初はそれが俺と利害の一致するところも多かったために俺も意欲的に力を貸したのだが最終的にはその意義も薄れてきて、そのままずっと俺がほとんど一方的に奄美先輩への協力を続けてきただけだったな。

 それもこの前の一学期で一旦終了したわけだし、もう関わることもなさそうだから別に誕生日会に出なくていいのでは……。


 いや、今年は奄美先輩から誕生日プレゼントを貰ってたか。

 春野と俺の誕生日会で他の奴らとともにプレゼント代を分け合ったとか話に聞いたな。

 貰いっぱなしで終わるのも後味悪いし、誕生日会でのお返しはしておくか。

「わかった」

「ありがとうございます! あとすみません、正直もっと渋るかと思ってました」

 そうだな。俺も段々お前らからの誘いを受けることに慣れてきて不思議に感じるよ。

 あと相変わらず余計なぐらい正直だね、この後輩。


「他の奴らは呼ぶのか?」

「いえ。とりあえず胡星先輩と私と姉の三人でささやかに祝おうかと思ってますので、プレゼント選びも胡星先輩と私の二人で行くつもりです」

 あら、意外にもスケールの小さいこと。


「なぜ? 奄美先輩の御友人とか俺の同級生で奄美先輩と面識ある奴とか候補はいると思うんだが」

 奄美先輩は友達のいないタイプではない。

 去年のクリスマス会で同席したときも同学年の女子達と談笑しているのを見掛けたことがある。

「姉のお友達は個別に祝う予定と聞いてます。そこに私達が参加するとしても普段交流ない人達相手じゃ互いに気まずいですよ。胡星先輩の同級生の人達も、姉とそんなに遊んだことないでしょ?」

「何かえらく弱気だな。いつも俺にやってるみたいにもっと積極的に人を呼びまくっていいんだぞ」

「その人達任せにして逃げたいだけですよね、先輩」

「なぜわかった」

 付き合いがなまじ長いせいだろうか、こうやって葵に意図を看破されることが増えた気がする。

「そして先輩、念のため言っておきますが」

 どうした、急に改まって。


「プレゼント選びに他の人を勝手に誘ったら殺しますよ?」


「……あ、ああ」

「では先輩、また今度♡」

 通話が終了した。俺は人生が終了しかねない旨の警告を後輩から受けてビビッていた。

 ……ついにこんなどストレートな脅しが葵の口から出たか。

 加賀見に日々感化されてるかのようにおっかなくなっていってるとは思ったが、ここまで進化してるとなると冬の頃には一体どうなってしまうのだろうか。何かもう姿形まで人外になっちゃってることも覚悟しなきゃいけないのかな。



 そして後日。

「せんぱーい」

 ショッピングセンター「アルコ」の入口のすぐ近くで、葵と待合せした。


 葵の格好は薄い水色の半袖シャツに、左右のやたらとでかいポッケが目立つ白黒のチェック柄をしたショートパンツ。

 肩には鎖のような細い紐で繋がった小さなバッグをダラリとぶら下げている。

 真夏の街中を闊歩かっぽする女子高生らしい、あどけなさと明るさを兼ねた服装が葵の雰囲気によく合っていた。よくナンパされなかったな。そのままナンパ男とともに消えて俺との待ち合わせをドタキャンしてくれても一向に構わなかったんだが。

「おう」

 という俺の返事も構わずやけに辺りをキョロキョロと見渡す。どうした、またストーカー被害に悩まされているのか。つまりまた俺のイリュージョン披露が必要になってくるのか。やれやれ仕方ないな。どこにいるか今すぐ教えろ。


「どうやら他の人はお連れになっていないようですね」

 あ、全く違う心配だった。

 そりゃあ後輩からの言い付けを守り、他の人を誘わないようにしていたさ。

「俺まだ死にたくないし」

「……私の言葉を真に受けてくださってありがとうございます」

 葵がわざわざ感謝をしてくれた。それはどう致しまして。


「お前なら何だか本気でやりそうな気がしてな」

 あたかもこの前の発言が冗談であったかのように振る舞ってるけど、俺にはそんな風に聞こえなかったぞ。理由は一切見当付かないが他の人が参加してたら俺もソイツもまとめて殺しそうな意気込みを感じたぞ。

「先輩を倒せる人とかどんだけ屈強な相手なんですか」

「ハハハ、俺みたいに吹けば飛ぶようなザコに対してそりゃ過大評価だろ」

「……もういいです。さっさと行きますよ」

 葵が先導するようにショッピングセンターを歩き始めた。


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