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第240話 月に一回

 奄美先輩の「バイト」の正体が判明したあと、葵と俺は奄美先輩を連れてファミレスに来ていた。

 本日の予定によれば夜に奄美先輩の家にて、家族水入らずでお祝いする予定だそうだ。

 そこで葵と俺は別の場所で昼飯時にささやかながらプレゼントも含めたお祝いをする方針で打ち合わせていた。


 なお、当初は奄美先輩には内緒だったため彼女の予定が空いているか疑ってたのだが

「ああ、まず大丈夫だと思いますよ」

 と葵が自信満々だったのでそれに乗っかっていた。

 なるほど、奄美先輩の「バイト」の内容を知ってるなら家にいる時間帯、つまりは誘えるタイミングに当たりは付けられるわな。


 さて、忘れないうちにさっさと必要なことを済ましてしまおう。

「奄美先輩、ちょっとよろしいですか」

「何かしら」

 奄美先輩に声を掛けつつ、俺はバッグからプレゼントの箱を取り出した。


「あら、それって誕生日祝い?」

 奄美先輩が箱に注目する。

「ええ、葵と一緒に見繕ったものです」

「え、そうなの?」

 奄美先輩が箱から葵の方に視線を転じた。

「ふふ、気付かなかった?」

 葵も奄美先輩の様子を見て楽しそうにしていた。

「楽しそうね」

 奄美先輩はそれだけ言って箱に視線を戻した。


「どうぞ」

「ありがとう」

 奄美先輩が箱を受け取り、テーブルに置いた。

 まだ注文した料理が来ていないのでテーブルのスペースには充分余裕があった。


「この場で開けなくて大丈夫ですか?」

「ええ、家までの楽しみに取っておくわ」

 あら、そうですか。

 ちなみにプレゼントの箱の中身はオルゴールです。


 葵曰く奄美先輩は音楽を聴くのは好きらしいものの、オルゴールの類は持っていないとのこと。

 それならとどっかのクラシックの曲を奏でるものを選んだのだ。

 曲が好みじゃなかったら無意味になる代物だが、まあそのときは部屋の飾りにでもしていただければ。



 ファミレスで雑談を交わしつつの昼食も済み、誕生日パーティーもお開きの時間がやって来る。

「それでは、自分はそろそろ失礼しようと思います」

「あら、そうなの?」

「もう少しいても問題ないですよ」

「すみません、自分もまだまだ名残惜しいですが姉妹のお二人で過ごされるのが楽しいかなと」

「名残惜しい割には胡星先輩すごい笑顔ですね」

 え、そう?


 本音が表情に出ていたかと思っていると、

「ならせめて駅まで一緒にいいかしら?」

 と奄美先輩から提案があった。

「え?」

「お姉ちゃん?」

「ちょっと榊君の件で話したいことがあるのよ」

 え、奄美先輩まだ諦めてなかったんですか。


「……そう。なら私は会計するからお姉ちゃんは行ってきたら?」

 葵がここで奄美先輩に同調する。

 まあ、王子の件での話次第でもあるが、奄美先輩とはしばらく会わない可能性が高い。

 ひょっとしたら今日が最後の関わりになるかもしれないし、別にいいか。

「それでは、行きますか」

「ええ、よろしくね」

 というわけで駅まで俺は奄美先輩と二人で行くことになった。



 奄美家から出ていくらか経った頃。

 話は奄美先輩から切り出された。

「黒山君、さっき言ってた件だけど」

「はい」

「榊君のことは、もう諦めようと思うの」

「へ?」

 王子と結ばれる作戦を諦めないんじゃなくて? その逆?


「一年ぐらい貴方と作戦を練ろうとしてもうまくいかなかったし、その上自分の進路も真面目に考えなくちゃいけない時期に来ちゃったし、もう見切りを付けるべきだって思って」

「はあ」

 まあ、奄美先輩がその気なら別に止めやしない。

 事実俺も奄美先輩と似たようなことを考えていたし。

「それで、ここからが本題なんだけど」

 へ、まだあるんですか。


「これから月に一回、気分転換に付き合ってくれないかしら」


 今しがた聞いた王子の件以上に驚くべき話が出てきた。

「……詳しく説明して頂いても?」

「半分はお願いで、半分はお礼を兼ねてってところかしら」

 奄美先輩が説明を続ける。

「受験勉強なんだけど、ずっと根を詰めてるとやっぱりなかなか辛くって。たまには違うことして発散したくなるものなのよ。だけど同じように勉強してる同級生の友達も誘いにくくて。そして黒山君には長いこと作戦を手伝ってくれたお礼もろくにしてなかったでしょ。それなら私の方でお金を出すから黒山君の好きな場所とか行って、私が奢ればちょうどいいんじゃないかと思ったの」

 と、詳細を明かしてくれた。


 俺としてはできれば遠慮したい。

 俺への礼をと言うのなら、これ以上関わり合いにならない方が俺としてはありがたい。

 しかし、これは奄美先輩のストレス発散も兼ねているとのことだった。

 奄美先輩の野望が失敗に終わったこと自体は仕方なかったにせよ、俺も関与していた以上は責任が俺に全くないとは言い切れないところもあった。

 奄美先輩の案に乗ればその辺りの後腐れもなく、今度こそスッパリと縁を切れそうな気がした。


「自分でよければ」


 俺は、奄美先輩のお願いを聞くことにした。

「ありがとね」

 奄美先輩のクスリとした笑顔が妙に印象に残った。


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