深央を見て最初に思ったのは、何でコイツがここに、ということだった。
深央は中学の頃にここから遠い場所へ引っ越したはずだった。
俺が内心疑問に思っている間にも、彼女は俺達のいる方へゆっくりと歩いてきた。
深央の姿勢は優雅であり、ファッションショーの舞台の上のモデルのごとく目を惹き付ける魅力があった。
「先生、お久しぶりです」
深央がペコリと頭を下げる。
「……久しぶりだな。深央」
「あら、
深央が手を口に当てた。
「中学のときと出で立ちが大して変わんねーなら嫌でも思い出すさ」
深央はショートボブを内ハネにした髪型であり、やや切れ長の目つきをしているのが特徴だった。
目の方はともかく、髪型まで中学時代を彷彿とさせるような形に整えていることに何かしらの意図が感じられた。
そして驚いたのは、たった今の言動である。
「お前もその演技、まだ覚えてるんだな」
「それはもう。他ならぬ先生の指導の賜物ですから」
艶めかしく微笑む深央が、俺にはそこはかとない恐怖をもたらした。
ああ、確かにその通りだよ。
俺がお前らに
でも今のこの状況で演じる意味は果たして何だ?
「先生との日々は今でも鮮明に覚えています」
「最後に会ったのは2年ぐらい前のはずだが」
「2年じゃ忘れられないほどに印象的でしたから、貴方は」
「そんなことないだろ。影の薄さには自信があるぞ」
昨日だって葵が俺達と雑談した後に葵狙いの男子が俺の方へ話し掛けるんじゃないかと念のため警戒していたが、そんなこと全くなくやり過ごせたんだ。
それどころか俺も周囲から視線を一切もらうことなくいつも通りの平和なものだった。
春野と初めて交流を持った頃も同じようなことを警戒し、それでも俺のことが全く相手にされなかったことも加味すれば俺に興味を持つ連中なんてまず現れないと言っていい。
それはさておき、俺の周りの女子達は深央にまだ一言も発していない。
安達も、加賀見も、春野も、日高も、そして葵も、俺達の会話の様子をなぜか真面目な表情で見守っていた。
ふと、さっきの葵が話した噂を思い出した。
……ああ、なるほど。
噂の主は、コイツ
「二学期になって転校でもしてきたか」
「ええ。今度は長いことここで過ごすことになりそうです」
「
「いえ、同じ二組ですよ。今も先生を探し回ってることでしょう」
深央はスマホをポケットから取り出す。
「さっき先生をこの教室で見掛けたときに連絡しましたので、間もなく来るんじゃないかと」
「……そうか」
直後、教室の出入り口に再び女子が見えた。
「胡星さん!」
名前は、
深央と同じく俺の中学時代の後輩にして、深央の双子の姉に当たる。
「おう、奈央か」
「おお、
「お前らがここに転校してくるとはな」
「フフーン、びっくりした?」
深央の隣にやって来た奈央。
その見た目は中学時代のものといくらか変わっていた。
中学時代の奈央は目つきも含め顔の作りは深央と同じ。
しかし、髪型はショートボブの深央と違い、奈央は長めのポニーテールに縛っていた。
今の奈央は、長めの髪を明るい赤茶色に染め上げて端にウェーブを掛けていた。
制服も深央に比べて着崩している様子が目立ち、ギャルに近い格好だ。
肌だけは色白を保ちたいのか中学当時から特に変わっていなかった。
「イメチェンしたのか」
「そ! 僕も高校になったら色々チャレンジしたくなってさ!」
ほう。
「その口調にピッタリの格好になってていいんじゃないか」
「でしょでしょ! 胡星さんから教えられたこともますます活かせると思うんだー」
ああ、やっぱお前もか。
深央も同じことやってるからまさかと思っていたが、その口調って俺が指導したものをわざわざ再現してるんだな。
じゃあ久しぶりに一つアドバイスしておくか。
「一人称だが、もうそんなムリして僕って言わなくていいんだぞ」
「えー、それ胡星さんが言う?」
「今でも実践し続けるよう言った覚えはない」
「随分勝手なこと言うじゃん」
勝手なんて評されてもな。
「胡星さんからしたらこういうキャラがお気に入りなのかなー、て思ったのにー」
「俺がお前らに演技をさせたのはそういう理由じゃない」
「そうだっけ?」
おい、そこだけすっとぼけんな。
「深央、お前は覚えてるんだよな」
「さあ、どんな理由でしたっけ? ウチも先生がこういうの好きだからって思ってましたけど」
うん、コイツもしっかり記憶に残ってるな。その上でしらばっくれてるよな。
どういう意図があって当時俺が教えたことを今でも実践してるのかはよく知らんが、とりあえず俺を困らせたいという線はありそうだった。