「ところでさ、胡星さん」
「何だ」
「周りにいる人達って胡星さんの新しい教え子?」
奈央が突然とんだ爆弾を投下してくれた。
「違う。ただのクラスメイトと後輩だ」
「胡星さんってそんな友達一杯なキャラだったっけ」
「いや、コイツらは友達というか……」
知り合い、と言おうしたところで葵が俺を手で制した。
何だと思ったのも束の間、
「こんにちは。ミオさんとナオさんだっけ?」
葵が岸姉妹に挨拶してきた。
岸姉妹もいきなり向こうから
「うん、まあ」
「そうですね」
急に言葉を少なくして、葵の出方を注意するような素振りを見せてきた。
「君の名前は?」
少しの間生まれた沈黙を破ったのは奈央だった。
「私は奄美葵。よかったらあなた達の苗字も教えてくれない?」
ああ、苗字の部分は明言してなかったな。
「岸。私の名前は岸深央」
「同じく岸奈央。葵ちゃんって呼んでいい?」
「うん、仲良くしよ!」
葵はそう、宣言した。
「すみません先生、よろしければ今の先生のお友達にもご紹介いただけないでしょうか」
深央が俺の周囲にいる女子四人に目をやった。
「いやまあ、お友達というか……」
「私は安達弥由。よろしくね、深央さん、奈央さん!」
安達によって俺の言葉がまたしても遮られる。
「加賀見真幸。よろしく」
普段と変わらぬ無表情でぶっきらぼうに淡々と自分の名前を述べる加賀見。脈絡なくてアレだけど正直帰ってほしい。というか俺と関わらないでほしい。
「私は春野凛華っていうの。よろしくね!」
安達よりも快活で、かつ優しげに自己紹介をする春野。直前のツインテールとは雲泥の差だな。
「日高皐月っていうんだ。仲良くやろう」
日高は可もなく不可もなく、何かカッコいい感じに自己紹介を決めていた。コイツ女子からモテそう。
しかし、紹介を頼まれたのは俺なのにコイツらの積極性は一体何なんだ。
……ひょっとしてコイツらは本気で岸姉妹と仲良くなりたいのか?
さっきまで妙に堅苦しい雰囲気になってたのは単に初対面同士で緊張してたからかと思ってたが、本当は女子四人や葵が岸姉妹を一目見て俄然興味が湧いたからか。
岸姉妹を見た瞬間に
(この人達とすごく仲良くなれそう!)
という直感が皆々に走り、紹介のときまで注意深く観察していただけなのか。
そういえば今このやり取りの間にも、女子四人・葵・岸姉妹にどこかお互いへの熱っぽい気分が見え隠れしているように感じる。
なるほど、これは俺にとっておいしいかもしれない。
コイツらが仲良くなれば俺の存在もそれだけ重視されなくなって、俺にとって過ごしやすい環境に変わるかもしれない。
岸姉妹の登場は俺にとって都合がいいことのように思えてきた。
何とかこのチャンスをものにすべく、俺は女子達にフォローを入れることにした。
「お前らなら仲良くやれそうだな」
「……」
すると、なぜか女子達が急に無言になった。あれ?
「そうですね」
少しして深央が俺に同意する。おお、やっぱ女子四人や葵へは脈があるか⁉
「私はクラス違うけど、一杯おしゃべりできると嬉しいな!」
葵が岸姉妹にアピール開始。いいぞ葵、そのまま奴らとくっつけ。
「葵さんは一年生?」
おお、いきなり下の名前呼びか。岸姉妹がさっき葵から同じく下の名前で呼ばれてたからそれに合わせた格好か。互いに距離が近くていいね!
「うん! 三組だよ」
「私達は二組」
「なら隣同士だね。よかったー」
同じ学年というのは葵にとって幸いだな。
「他の人達は、先輩、ですよね?」
奈央が俺達の内履きを見て確認する。
我が校では学年ごとに内履きの装飾の色が異なる。
転校して間もない二人だが、そのことは事前に聞いていたようだ。
「うん、そう」
「あー、そんな緊張しないで大丈夫だよー」
「そうですか」
「わかりましたー」
岸姉妹がここでいくらかリラックスしたように見えた。
春野の明るく、人好きのする優しい雰囲気に当てられたようだ。さすが春野。
「そろそろ休み時間も終わりですね」
深央がスマホで時間を確認し、そう呼び掛けた。
「おお、そうか」
「名残惜しいですが失礼します」
「わかった」
「あら、冷たいですね。少しぐらい惜しんでいってもいいでしょうに」
深央よ、クスリと笑いながら言われても少しも惜しそうに見えないぞ。
「ああ、大丈夫大丈夫。心の中ではちゃんと残念がってるから」
「そんな気持ちが表情に出ないタイプじゃなかったでしょ、貴方は」
そんなバカな。俺そんなわかりやすいタイプだったの。
似たようなことを加賀見にも言われた覚えがあるが、いよいよ気持ちを表情に出さない特訓をせねばならないと感じたよ。深央はそういうの得意だろうし深央に教わろうかな。
「では皆さん、また明日」
「またねー!」
挨拶の後、岸姉妹は去っていった。
「……お前も戻らなきゃマズいだろ」
「あ! す、すみません先輩方、失礼しますね!」
続いて葵が教室を出た。