放課後の昇降口にて。
「先生」
「胡星さん」
岸姉妹が待ち構えていた。何? バトルでも始まるのかな?
姉の方こと奈央は通学鞄を右手で持ち上げて取っ手を肩に掛けている。
左足の膝を少しだけ曲げている立ち姿も合わさって妙にサマになっていた。
妹の方こと深央は通学鞄を両手で持って腿のすぐ前の辺りにぶら下げている。
顔をわずかに傾けて薄い笑みを浮かべた彼女の姿はたおやかな様子を表現しているようだった。
二人とも演技をしているのは相変わらずのようだ。
しかし、演技が本当にうまいこと。
俺は事情を知っているからともかく、何も知らない奴が見たら奈央も深央もこれが自然体だと騙されることだろう。
「どうした」
「一緒に帰りませんか」
深央が下校を誘った。
基本的に一緒に誰かと下校するのは、本意ではない。
しかし、今日ばかりは今の岸姉妹が俺に対し何を思っているのか知りたかった。
知らなければ俺はこの先の学校生活を安心して過ごすことができそうになかった。
「ああ、いいぜ」
俺が誘いに応じると奈央が「やった」と指を鳴らした。
下校のときの並びに際して、最初は岸姉妹より三人で横一列になろうと提案された。
しかし俺が
「周りの通行人に迷惑だろ。三人で横一列だと人が通り掛かる度に避けるのも面倒になる」
と反対した結果、俺が前で岸姉妹が後ろの縦並びに動くことになった。
「懐かしいですね、この三人で集まるのは」
一緒に校舎を出て間もなく、深央が切り出す。
「ねー! 何せ私達が中二ぐらいのときだもん」
「長いですよね」
「まあな」
「そんな長い間でも先生は特にお変わりないようで」
「そうか。お前も特に見た目は変わってないな」
「あら、これでも背は伸びたんですよ」
「ほう」
俺からしたら当時と深央の見え方に差はなかったんだが。
……いや、俺も身長が伸びたからか。
身長そのものは上がっていても身長差が大して変わってないから特に変化を感じなかったってところか。
一方、俺達三人の中でとりわけ大きく容姿を変えたのは文句なく奈央だった。
「お前は髪染めたんだな」
「そーだよー! 似合う?」
「あー似合う似合う」
「うわ、テキトー」
「制服の着方といい、見た目までヤンチャになったんだな」
我が校の校則が緩いことに感謝しろよ。
「ギャルっぽくしゃべるんならこっちの方がいいと思ったからさー」
「ウチもこの姿ならしっくり来るかと思いまして」
ああ、あくまでも演技に合わせて見た目も調整していたのか。
「転校先でそのキャラはさぞかし注目を浴びただろうな」
俺も見たかったよ、その光景を。
「え……、いや、別に」
「そうなのか?」
口調だけでもだいぶ特徴的だぞお前ら。転校先はそんなお前らでも埋もれるほどのツワモノ揃いだったというのか。めちゃめちゃ羨ましい。
「だって私達普段こんな演技してませんし」
「へ?」
「やるわけないじゃんメンドくさいし。何より周りからドン引き確定だし」
わーお。何だそりゃ。
あまりにも自然な演技を一貫して続けているものだから岸姉妹はてっきりどこでもそのキャラを押し通してるものとばかり思っていたよ。
「俺の前でもわざわざやんなくていいんだぞ」
休み時間でも言ったけどさ。
「えー、胡星さんこういうの好きなんでしょ?」
それ休み時間でも聞いたな。
「あのな、俺がお前らに演技を教えたのは……」
「あ、そうそう先生、ちょっとお願いがありまして」
演技を教えた理由を岸姉妹に思い出させようとしたところで深央がいきなり話を変えてきた。何だオイ。
「どうした」
「実は連絡先を交換したいと思いまして」
「あ、忘れてた!」
……これはまた唐突だな。
「なぜ?」
「中学のときから今まで、私達お互いに連絡先を知らなかったでしょう?」
「コミュニケーションには特に支障なかったからな」
「それで私達が別れた後はまったく連絡が付かなかったでしょう?」
「それでも特に問題なかったと思うけどな」
「今後はそんなことないように、連絡先を控えておかないとと思って」
おや? 俺の言い分がそれとなくスルーされている? 俺の周りの奴らそういうの多くない? 今時の高校生ってそういうのがはやってんの?
「僕も賛成。ささ、胡星さん」
奈央がスマホを手に取るのとほぼ同時、深央も制服のポケットからスマホを取り出す。
「それって拒否権は?」
「ないよ」
「ありません」
にべもなく突っぱねた岸姉妹。何か急に雰囲気変わりました?
「わかった」
俺は大人しくスマホの連絡先の交換に応じることにした。
連絡先の交換が終わるのに数分も掛からなかった。
「これでいつでも連絡取れますね」
「暇なときは話付き合ってあげるよー、感謝してね!」
岸姉妹の反応をよそに、俺は現在の連絡先一覧の画面を確認していた。
安達。
加賀見(※)。
春野。
日高。
奄美先輩。
葵。
奈央。
深央。
画面に並んだ名前を見て、頭を抱えたくなった。
※「魔王」に変えることも検討したが本人に露見するリスクを考慮して現在の名前とした