「どうする勇者一行よ」
宇宙空間でも平然とキセルを吹かしつつ、花魁もどきは試す。
「残存するアルクビエレ・ドライブとやらは宇宙の一億倍分以下のエネルギーか。そうしている間にも減っておろう」
実際環境は元世界の宇宙と同等にされたが、故に生身では生存できないので、アルクビエレ・ドライブで周囲に仮初めの大気を絶えず生成している状況だった。
「どどどどうするのよ四郎?!」
「どどど童貞のまま死ぬのは嫌ですぞ!」
リインカと太田が相次いで案じ、四郎は後者を振り返って指摘した。
「やはり童貞だったのか」
「やはりとは何ですかやはりとは!」
「んな話してる場合!?」
「ではないな」女神のツッコみを認めつつ、科学者は諦めてもいなかった。「だが奴は、殺すならあのままやればよかったのにやめた。明らかに遊んでいる。傲り高ぶった神に、それが命取りだと教えてやらねば」
「手があるので?」
オタクに問われ、自分しか認識していない情報を交えて四郎は分析する。
「粉塵爆発もビッグバンにも耐えたが、それ以前にわたしがもたらした、たった時速60キロの衝撃にはよろめいた。常に無敵なわけではないはずだ。完全な隙さえ作れればあるいは」
「……ち、ちょっと提案があるけど」
そこで、静かにリインカは自分の策を口にした。
「おおそうじゃ、存分に議論せい」
星雲を背景に寝そべりながら、セイゾウは一行を見学している。
「外からは有限に見え内は無限として創造したこの空間に、何度も新たな世界を創って戯れておったが、どうにも退屈でな。久方ぶりの玩具が、簡単に壊れてはつまらん」
ほとんど回答など期待していないような小声で、彼女は気まぐれに脳裏で星を繋いで星座を考案しつつ呟く。
「のう、教えてくれ。かように容易く創造できる世界にいかなる価値があるのか。わっちには見出だせのうてな。面倒な手間をかけてさようなものをちょくちょく救わねばならんことに納得できず、転界を出たのよ。ここで実験を重ねても同じであったな。
現に、先の数分で99億の世界が生まれては滅びた。わっちは転界に魔王と呼ばれるが、こんな脆い世界は侵略する価値も感じん。刺激をくれ。なければおまえたちを殺したのち、このダイロクノがあるダイイチノも宇宙ごと消し去ってしんぜよう」
「相談は終わったぞ」
四郎が宣言したので、花魁もどきは身を起こす。
セイゾウと視線を衝突させたあと、科学者はそっと唱えた。
「〝アルクビエレ・ドライブ〟」
後ろにいた太田とリインカの姿が消えた。
「愚かしい」
花魁は嘲笑う。
「無力な二人がいては足手まといと、量子テレポーテーションとかいうもので逃がしたか。この宇宙はわっちが作り魔王はわっち。ダイロクノの異世界ネットはわっちの知りたいことを教えてくれる。どこに行こうが、死ぬまで出れもしないとも忠告したはずじゃがな」
彼女は後ろを向く。
その奥にある銀河の渦のさらに彼方に、オタクと女神がいるのだ。
瞬間。
さっきまでセイゾウが目を向けていた方向のすぐそばに、四郎は移動して両手を翳していた。
「〝アルクビエレ・ドライブ〟!」
「囮か?!」
悟るも、ぶつけられたエネルギーは花魁もどきを素粒子の一粒も余さず分解していた。
……星空だけとなった宇宙。
荒い息を吐きながら、疲れきって四郎は大の字に寝そべる。
しばしの静寂のあと。
その耳に、あるはずのないセイゾウの声が聞こえてきた。
「こんな子供騙しが、熟考した末によるものか」
跳ね起きる四郎に、声音は続ける。
「ビッグバンなどの衝撃は自分の周囲にそれを相殺する世界を創造することで防いでいたのみ。常に耐えられるものではなかったのは間違いないが、わっちの本体は一つの宇宙と申したはずぞ。素粒子の一粒でもあらば即座に増殖変質して人型を作れる」
さっきまでいた場所に、小さな粒から増えていく粘土細工のように花魁は再生された。
「素粒子も余さなかったつもりじゃろうが、この身体がそもそもただの一部。わっちを構成する粒子は、予備として宇宙中に散らせてあるわい」
彼女は赤色矮星の淀んだ茜色を背景に、眩い光を宿したキセルの先端を敵に向ける。
絶望のためか、四郎はなんら反応も示せずに対面することしかできていなかった。だいいち、抵抗の術さえないはずだった。
それを、セイゾウは暴く。
「わっちの一部を跡形もなく葬ることで、宇宙の1億倍のエネルギーも消費しきったようじゃな。もう玩具にもならんわ」
今度は、宇宙全土に隙間なくビッグバンの始まりの煌めきが無数に点灯しだしていた。
キセルの先端から放ったのもわかりやすくするために過ぎなかったのだ。最後に、アルクビエレ・ドライブなどとは違い無制限に放出できる力量を誇示するつもりだった。
かくして素粒子一粒一粒から隙間なく起きた無限の数のビッグバンにより、四郎たちと戦いだしてから、ダイロクノはおよそ99億と1回目の滅びを迎えた。