スタアト城、謁見の間。
玉座の女王の前で手を縛られ、膝をつかされた四郎は警備兵に囲まれていた。
「四郎・サイディズ」
優美なドレスの上からマントと冠を身に付けた、二〇代前半の若々しく美しい女王は告げる。
「本来、ここまでの罪人にわらわが対面するのは止められているのだが、そちに掛けられた疑いはにわかに信じ難くてな」
「わたしも身に覚えがありません。というか、罪状くらいで詳細もよくお聞きしていないのですが」
不満を述べる錬金術師に、サイショノ女王は眉を潜めて傍らのひげもじゃ禿げ頭で派手な服装の壮年男に訊く。
「ヤスよ、誠か? わらわに会うまでに説明を済ませておくよう命じたはずだが」
四郎はなんとなく、その大臣ヤスが真犯人のような気がしたが理由は謎だった。
彼は宮廷錬金術師の試験を受けたときからいた何の大臣かもわからないがとにかく唯一の大臣で、既知の人物だ。当時から、何のだかもわからないがなぜだか犯人のような印象を与える相手だったので、とりあえず今は気のせいだろうとおとなしくしていることにする。
「申し訳ありません、ちょっとした手違いがあったようです」
一言主君に謝って頭を下げてから、大臣は四郎に厳しい眼差しを向けて断罪する。
「しかし、この者が犯人であることは疑いようのない事実。そうであろう、四郎。お主はチョイサキ草原を挟んで、現場であるトナアリ帝国国境警備基地に最も近い家に住んでいる。二日前の夜、魔法で襲撃し、およそ100名からなる警備兵全員を殺害したな?」
「防犯カメラがあります」四郎は即答する。「家周辺ならわたしの外出がない事実、並びに付近を通った別な怪しい人物を記録しているかもしれません。アリバイになるかと」
「カメラ、とは?」
女王が頓狂な声を出し兵たちもざわつくなか、大臣ヤスだけが別な反応を示した。
「か、家宅捜査もしたがカメラなんて見当たらなかったぞ。映像はどこに記録した? USBか? ディスクか? ……あっ、水晶か。あれなら壊したわ」
「あんた地球人の転生者か転移者だろ」
ズバリ指摘する四郎に、大臣はおどおどする。
魔法と組み合わせて監視カメラの機能を持たせた水晶での記録があるのは事実だが、鎌をかけたつもりもないのにここまで簡単に尻尾を出すとは思わなかった。とはいえ、元世界の言葉を出されたところであまり女王たちには意味がないだろう。
「――じゃなかった、壊れていたぞ」即座に言い直す大臣。「おそらくは四郎、貴様が証拠隠滅をはかったな!」
四郎は考える。
科学と融合した魔法での水晶型監視カメラは、易々と壊れるものではない。物理や魔法での破壊ではかなりの威力が必要だし、先程の兵たちの反応から科学的な技術が含まれているのはわからないはずである。彼らの環視の中、ましてや留守番のクルスがいる中で安易な破壊工作などできはしまい。できるとしたら、彼らにとって未知で目立たない科学的な手段だろうか、と。
「
電磁パルスは、電子機器に損傷を与えることで知られる。
そんなものを扱えるとすれば、太田のように単に特技を強化したユニークスキルを与えられる転移者より、元世界の技術のうち仕組みを理解しているものの最も強力なエネルギーを扱えるようになるという自分と同じ
「転生者の可能性が高そうだ」
「証拠がある!」
流れを断ち切るように、大臣は懐から手のひら上に小石のようなものを取り出す。
黄金だ。
「純度は100%で、錬金術の形跡は一度しかない。あらゆる鑑定魔法でも解析済みだ。この金を作れるのは現状ハジマリノでただ一人。これが現場からいくつか発見された、密室でな! 犯行はお主にしか不可能ということだ!!」
「なぜ、それをわざわざ現場に置く必要があるんだ?」
「さぁな」
鋭く指摘したつもりの四郎だが、そこからはうまくかわされる。
「この金の製法はお主だけの秘密のもの、それ自体に有害な作用があったのではないか? そいつを利用して大量虐殺を行ったが、現場で発生した金を始末し損ねたというわけだ」
金の製法が狙いかとも思う。だが、教えたところで事件が起きたという現場に関する情報が少な過ぎる。冤罪は晴れないかもしれない。
アルクビエレ・ドライブを使えばどうにでもなるが、腕ずくで対処しても平穏は戻らないだろう。ヤスのスキルや企ての全貌も不明瞭だ。ここまで築いた新生活の基盤を捨てたくもなかった。
どうにか穏便に、と思索したとき。
「……承知した」
女王が口を挟んだ。
「四郎・サイディズ、そちに国外追放を厳命する」
「なっ」
四郎本人より先に大臣が異議を唱える。
「裁きが甘すぎます。このままではトナアリ帝国と戦争になるかもしれぬのですぞ!」
「女王権7条2項だ。これは女王に認められた、犯罪容疑者に裁判を経ず独断でとりうる措置の権限である。不満を申すか?」
「そ、それは……」
女王は玉座を立ち、背を向けて命じた。
「衛兵、四郎を国境まで送迎しろ!」
「はっ」
兵たちが敬礼すると、女王は奥に下がっていく。
四郎は城外へと引き立てられながら、悔しそうに睨んでくる大臣を振り向いて判断した。
これは、女王による最大限の配慮であったのだろうと。