時刻は夕方になっていた。教会による日暮れを喧伝する晩課の鐘が鳴る中、四郎は衛兵五人に囲まれてオレンジ色に染まる街中を外に向かって歩いていく。
魔法による照明もあるが元世界より夜間の明かりは乏しいので、店も多く閉まるし出歩いている人もほぼいない。
城に連れてこられたときは比較的有名になっていたこともあり注目を浴びたが、今は市民自体がまばらだった。
「四郎」
そんなタイミングを見計らってか、唐突に衛兵の一人が馴れ馴れしい声を掛けてきた。他は部分鎧の中、一人だけ後から合流した全身鎧の兵だ。
彼はバイザーを上げ、顔を晒す。
「じ、女王様?!」
それがあのサイショノ女王だったため、驚く四郎。
他の衛兵たちは周りから彼女を隠すように動く、どうやら彼らは承知していたようだ。
女王は自分の人差し指を口元に当てて制するというこれまた元世界みたいなジェスチャーをした上で、小声で告げる。
「先程はすまなかったな。信頼できる側近たち以外、どれ程の者が大臣側についているかは把握しきれておらんのだ。すでに裁判官にも息がかかっているゆえ、ああせざるを得なかった。法廷では確実に有罪とされていただろう」
「いったい、何が起きているのですか」
「わからん。最近、大臣が急に人が変わったようになってな」
そこまで聞いて、四郎は顎に手を当てて推測した。
「すると、異世界の誰かに成り代わった系の転生か、あるいは前世の記憶を思い出した系ですかね」
「なにそれ?」
「お気になさらず。ですが大臣といえど、女王様の権威には敵わないのでは?」
「ヤスは、ネーションに殺害された先代から仕える重鎮。対してわらわはまだ戴冠して間もない小娘だ。権勢は薄い。側近の調査によれば、大臣はトナアリ帝国とも気脈を通じているというしな」
「えっ、発端は帝国の被害だと」
「帝国は強大だ、戦争になれば我が国の敗戦は必至。宣戦布告の大義名分を獲得するためなら、少数の犠牲での最大の効果ということだろう。虐殺された警備隊には皇帝に反抗的な兵士ばかり集められていたとも聞く。邪魔なそちを奴隷か処刑にでもできれば充分過ぎる成果らしい」
「兵法ですか。わたしは戦争には与しませんが」
「承知している、わらわも戦は好まん故に軍事利用への協力も要請しなかった。とはいえ、その錬金術が国力の維持を手伝っているのも事実、他国からすれば厄介な戦力だろう」
四郎は異世界ダイイチノ全体の利益になればと他国からの錬金術師としての仕事依頼にも応じてはいたが、この国に世話になっている以上、仲介の手数料などで定住しているサイショノ国が最も得をする構造になってはいた。
そこを科学者が悩んでいると、女王は継続した。
「帝国が魅力的に映る者も数多いらしい。周知の通り、魔王軍が支配していた地域は魔物の消滅によって空白となった。争いを避けるため多くの国は対話の末に空いた土地への進出を保留することで合意したが、帝国はこの隙に進軍して占領し、自国の領土と主張している。先を越される前に我が国もという勢力を大臣がまとめあげ、帝国と結託する代わりに厚待遇を受ける約束のようだ」
現実的な中世ヨーロッパ風の異世界ダイヨンノでも直面していた事態だ。結局、ファンタジー要素強めといえども、人間の住む世界。そうした問題を除外しきれてはいないらしい。
チョイサキ草原の向こうがトナアリ帝国になったのも彼らが空白地帯を占領したからで、魔王戦争時代は配下のいわゆる最初のボス的な幹部に支配されており、それ以前はサイショノの土地だった。
「おっと、ここまでだ」
街と四郎の家のある丘との中間地点に差し掛かると、女王は告げた。
「影武者にわらわのふりをさせているのでな、長持ちはしまいしそろそろ戻らねばならん。残念だが帰宅はせずに丘は迂回した方がいい、大臣の兵が見張っている。密かに使者を送ってそちの友たちには通知しておいた、チョイサキ大草原で待っているはずだ。もっと助力になれればよいのだが」
「いえ、充分です。後はわたしが解決してみせます、ありがとうございました」
四郎が丁重に礼を言うと、女王は「幸運を祈る」と残して街の中へと帰っていった。
丘を迂回して草原に出ると、「人目がないので我々もここで失礼を、大臣には隣国まで送迎したと報告しておきます。ご武運を」と、衛兵たちも敬礼して戻っていく。
四郎は最後に、灯りが点いて大臣の兵に囲まれた丘の上の自宅を見上げると、チョイサキ草原へと踏み出していくのだった。