「し、四郎・サイディズと一味だ!」
翌朝、四郎と太田とメアリアンは女王都スタアトに帰って来るやそんな声で迎えられた。
街にはすでに国境警備砦虐殺事件の新聞が出回っているようで、壁に貼り付けられたりあちこちに散らばったりしている。
それを拾って苦笑いで読みながら歩む三人へと、市民たちが容赦のない罵声を浴びせてきた。
「大量虐殺で国外追放になったんでしょ、どうしているのよ?!」
「騎士団はなぜ再入国させたんだ!」
「死刑にしないからこうなる、女王様は甘すぎだ! あいつのせいで戦争になるぞ!!」
「大臣の訴えが正しかった、空白地帯を女王国が占拠してたら事件も起きなかったろうに!」
「どういう立場でもオタクはキモいけどな」
「……なんかシンプルに罵倒された気がするのですが」
不満を述べる太田はともかく、擁護もあった。
「裁判自体行われてないんだ、犯人と決めつけるのはおかしい!!」
「錬金術師としていろいろ助けてもらったもの、無実を信じたいわ」
「発端は帝国での事件だ、女王様も真相を疑ってるんじゃないか?」
「四郎のことだもん、白黒はっきりしてくれるなら歓迎ね!」
「メアリアンたん萌え~」
最後の人物にメアリアンが笑顔で手を振っていると、ちょうど女王都スタアトの真ん中にある中央広場に到着した。
そこには、騎士団を引き連れた大臣ヤスが待ち構えている。
「やらかしたな宮廷錬金術師。いや、元宮廷錬金術師の犯罪者め!」彼は嬉しそうだった。「国の法律を存ぜぬか? 国外追放処分になった犯罪者が不法入国を行った場合、最高刑は死刑だ!」
「やらかしたのは貴様だ大臣。いや、元大臣の転生者よ」四郎は意趣返しする。「大臣を僭称するくせに法自体を知らないようだな。冤罪被害者はあくまで無罪だ」
「黙れ! 衛兵、捕らえよ!」
「メアリアン」
兵が動こうとしたときに四郎が指示すると、メイドは胸元から水晶玉を出す。
「固有スキル、〝ライブショー〟!」
唱えるや、水晶は天に光を放つ。通常は、表面に浮かび上がらせた撮影済みの動画や画像を壁などに投影できる技だ。
「〝
次に、両手を空に翳して唱えたのは四郎だった。
錬金術師の固有スキルで大気を露点温度に下げ、空気中の水蒸気を小さな水粒として、上空に分厚い霧を発生させる。
そこをスクリーンとして、映像は再生された。
映されたのは、ランプの灯りに照らされた国境警備砦の建物内。そこで机の席に着く、トナアリ帝国の紋章が入った布製鎧を纏った年配の男である。
案内の帝国兵に訊き、基地内で最も身分の高い者として示された人物だった。
『君の立場は?』
四郎の声が映像の中で尋ねると、帝国兵は名乗った。
『トナアリ帝国騎士団チョイサキ大草原警備隊隊長です』
『先程話してくれたサイショノ女王国のヤス大臣と皇帝の取り決めについて、改めて教えてくれ』
質問されると、彼ははきはきと答えだした。
『はい。皇帝は好ましくない兵を生け贄に四郎・ザイディズに罪を着せ、厄介な戦力となりうる彼を排除すると共に宣戦布告の正当性を得て、女王国に侵攻する手筈です。この計画は、ヤス大臣の協力のもとで行われました』
見上げていた市民たちにどよめきが広がる。
「でででででたらめだ!」
大臣ヤスは怒り、捲し立てた。
「四郎は犯罪者だぞ、帝国兵とまともに接触できるわけがない。誘拐して脅し、嘘を吐かせてるんだ!」
「〝メイド返り〟は用いましたが、このスキルでは本当のことしか口にできませんわ」反論したのはメアリアンだ。「主従関係が逆転してあたくしがご主人様になりますのに、嘘なんてつきませんでしょ?」
各職業の固有スキルは誰でもその職に就けば覚えられるので、そこらの本などで簡単に解説されており、みんなが調べられる情報だ。
「な、なら」ヤスは粘る。「あの隊長が最初から皇帝に虚偽を教えられていたんだろう!」
「なんで皇帝がんなことするんでござるか」
無理のある弁明に太田が呆れる。
「証拠は!?」だが次いで大臣が叫んだのは、厄介なことだった。「四郎にしか作れない黄金が現場の密室で発見されたという証拠があるんだぞ!!」
「覆してみせよう」
今度は四郎が答え、ジェスチャーで指示してメイドに映像を切り替えさせる。
「順を追って説明する。事件の概要は、もう新聞も出回ってるようだし市民も承知のはずだな」
まず、爆心地のクレーターが表示された。
「ここで何かしらの手段が使われたのが原因なのは確かだ。ただしそれは魔法じゃない、ユニークスキルだ」
市民たちは困惑する。
「ユニークスキル? 」
「個性的なのが多いけど、魔法以外の特技の延長みたいなもんのはずだよな。オタクさんのとかはすごいけど、攻撃向けではないし」
「そんな威力のもの、あるのかしら?」
「一番問題とされた現場を披露しよう」
四郎は怯まない。次に表示されたのは、監獄とされていた一室から地下牢までの動画だった。
「新聞には砦の内部に密室があったとしか書かれてないようだが、現場の実体は牢獄だ。地下には、水牢で拷問や処刑に用いられる設備まである。密室での被害者はそこにいて、黄金も同じ場所で見出だされた。
故に、わたしにしか作れない金の錬成方法を部分的に教えよう。水銀の同位体に中性子線を照射し、原子核崩壊を起こせば金に変えられるんだ。実際には魔法で手を加えているが、水銀は文字通り常温で液体の性質を有する金属。それが、この地下水牢の水に混じっていたんだよ。そこに中性子線が照射されて金に変化し現場に残った。この作業は、必要な道具や設備があれば誰でもできる。大量の中性子が必要となるので危険だから、わたしは魔法で補足するがな」
「……」
誰も完璧には理解できていないようだったが、どうにか受け止めた市民の一人が戸惑いつつも尋ねてくる。
「えーと。とりあえず、材料の水銀はどこから持ってきたっていうんです?」
「わたしが宮廷錬金術師の試験を受けたときの余りだろう。最後の処置をする前の錬成を披露した水銀が、スタアト城には保管されていたはず。真犯人が悪用したんだ」
また民たちが混乱する。
「じ、じゃあ城の関係者にも可能だったってことか」
「やっぱり大臣が?」
「でも、どうやって密室でできるの?」
最後の疑問の声は特に大きかったので、四郎はそのまま回答することにした。
「中性子は多くのものを透過する、石の壁なぞは簡単にな。ただ人体には有害で、DNAを破壊する。多量に浴びれば即死だ。これが密室殺人のトリックというわけだ」
「けど、新聞によれば水牢にいた人って一番長生きしたんでしょ?」
「中性子線は水素に当たると特に減速するんだ。犠牲者は水責めにされていた。ほとんど水に満たされていたために、被害が抑えられたんだろう。
ようするに、真相はこうだ。真犯人は帝国に通じる王国のそれなりの地位がある人間で、城にあったわたしの錬成途中の水銀を砦の水牢に混ぜた。仕上げに、クレーターとなっている爆心地で大量の中性子線を周囲にばらまくユニークスキルを使ったんだ」
そして、彼は確信に触れたのだった。
「ユニークスキル、〝中性子爆弾〟をな」