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第23話 誤解ゆえ

「貴方は貞暁様に何をしたんです!」

「だから、何もしてないっつってんだろ。姫さん。ほんとに、しつこい!」


行きかう人々が何事かと貞暁達の方に視線を向けていた。


それもそのはずだろう。


因子様が義宗の胸倉を掴み、投げ飛ばす勢いで彼を揺らしているのだから。


屋敷を後にしてから、ずっとこの調子じゃないか。

しかも、白熱している。


この二人、意外と容姿が整っているせいか、目立つんだよな。


絶対、見物客となっている通行人には情がこじれているのだと勘違いされている。


だって、いたるところで人々の感想が聞こえてくるのだから。

間違、ねえじゃん!


「まあ、喧嘩?」

「他の女に情が移ったのかしら?」

「やれやれ。愛した女すべてを平等に気遣ってやるのが男というものだろうに…。若いから仕方がないのかね」

「あら、男だけ?女だって、心は複数持っているものよ」

「まさか、お前。他に男が?」

「さあ、どうかしら?」


背後で大人な会話が聞こえて、背筋が凍る。

さすが、京。

恋愛沙汰には事欠かないな。


いやいや、そんな場合じゃない。

別の男女がもめ出す原因をつくり始めているじゃねえか。

これはマズイ。

下手したら流血沙汰に!


「ほら、見て見なさい。おじさんのせいで、貞暁様の顔色がまたお悪くなったじゃない!」


えっと、これはお二人のせいです。

直球すぎるな。


「あの、因子さま。私は平気ですから」

「まあ、お優しい。ですが、この男にはもっと厳しい言葉が必要ですわ」


何度も試しました。


「姫さんには分からないだろうな。武丸様は妥当将軍という高い使命をお持ちなのだ。その重圧に押しつぶされそうになる時があっても、否定は出来まい」


いや、してないから。

むしろ、野心だらけの親族ばっかりで胃が痛くなっているんですけど!


「貞暁様は嫌だとおっしゃってるじゃない!」

「本音と建て前が同じとは言えない!」


お前はいつも通りだな。


肩が重たくなる中、さらに人々の声が大きくなった。


「あの僧を取り合ってるの?」

「可愛いものね」


俺も登場人物に加えられてる!


「どっちが本命なのかしら?」

「やっぱり、姫君の方じゃない?」

「でも、僧の中には男色もいるって言うもの」


いたたまれない。

見物客たちの妄想力が膨らみ始めている。


「もう、いい加減にしてください。お二人とも!これではいつまでたっても、昌家様のお屋敷にたどり着けません」


手を大きく叩き、二人の間に割ってはいる。


「そうですわね。私ったら…」

「おう、そうだな」


あっさり、やめてくれるんかい。

さっさとすればよかった。

手のひらは痛いが…。


見物客たちをかき分けて、貞暁達は六角東洞院ろっかくひがしのとういんの辺りに差し掛かっていく。


「だがな。一言いわせてくれ」


今度は何だよ。やっと静かになると思ったのに…。


「武丸様。悩みがあるなら、言ってくれ。この俺が半分は貰ってやる。だから、安心しろ」


今、言うのがそれ?

なんか、凄く良いことを語っているが、悩みのほとんどはお前が持ってきてるんだぞ!


「何度も言いましたよね。私は将軍になる気はないと…」


この話、もう100回はしてるんじゃねえ。


「それに貴方もあらぬ欲など捨てなさいと言ったはずです。ほら、ちょうどあそこ…」


貞暁は建設途中の屋敷を指さした。


「ごらんなさい。以前、平賀朝雅ひらがともまさ様がお住まいだった場所です。あの方のようになるのが望みだとおっしゃるのですか?」

「確か、二、三年前に在京御家人ざいきょうごけにんに討たれた京都守護様ですよね」

「さすがは因子様です」

「お父上様と何度か顔を合わせた事があるそうですから。私もなんとなく…」


さすがは定家様。という俺も何度か顔を合わせた事がある。

恰幅はよいお方だったが、囲碁が好きな近所のおじさんという雰囲気を漂わせていたな。


「貞暁殿。秘密ですぞ」


そう言って、朝雅様は小袋に入った小石を俺の手に握らせたのは遠い昔だ。


石には何かで削ったような×の印がつけられていた気もする。


「良いですか。これに想いを込めれば、願いが叶うそうです」

「はあ…」


僧侶として京都に来て日が浅かった俺に妙なホラを拭いた大人の一人だ。

何せ、朝雅様が川辺で適当な石を探しているのを見かけたのだから。

予想通り、願いは何一つ叶わなかった。


「そうですか。良い夢すら見なかったのですか?」

「夢ですか?」


夢と願いに何の関係が?


「俺は良い夢が見たいと夜な夜な願いましたら見事よく眠れましたぞ」」


それは朝雅様が単純だからでは?

とは反論できなかった。


「諦めなくてよろしいのですよ。僧といえど、男。夢の中でぐらい、良い女と…」


意味わからん。


そんな感じで俺に対しても頼朝の息子というよりは修行中の小僧を揶揄って楽しんでいるような人だった。


とはいえ、それだけの縁だ。あの方は京都にいる御家人達を束ねる立場におられた。

忙しい方だったのだ。だから、覚えている思い出も数少ない。

それでも、将軍などという大きな野心をお持ちだとは思えなかった。


辛うじて、覚えているふくよかな朝雅様を思い浮かべていると、義宗は神妙な面持ちで両手を握ってきた。


こうなってくるとさっきの見物客たちに関係を否定してもたぶん、信じてもらえない。


「平賀殿は優秀な方だったと父上は言っていた。だからとはいえ、頼朝様と血の繋がりのないあの方が将軍になるなどどう考えても無理な事だ」

「おじさんはその無理な事を私にさせようとしてるんですよ」

「全然違う。武丸様には大義名分がある」


頼朝の実の息子ってやつだろ。


「それを言うなら、朝雅様だって頼朝様の養子になられている」

「高々、猶子ゆうしだろう?」

「それはお前もだろ」


じじいと親子関係を結んだから、義経の忘れ形見として消されずに済んだのだ。


「確かにそうだな」


やはり、素直ではあるんだよな。


「分かればいいんです」


ああ、この話終わりたい。


「ですが、平賀朝雅様は北条家に担ぎ出されたという話も聞きますけれど…」


因子様!良く言ってくださった。

それはまさに俺が言いたかった事!


前執権、北条時政ときまさ様は何を血迷ったのか実朝様を排して朝雅様を将軍につけようと画策されたのだ。扱いやすいというのもあったのかもな。朝雅様は時政様の愛する妻と縁者であったという話だし…。


だからとはいえ、荒業だ。だから、政子様や義時など、自分の子供達に反対され、権力の座から引きずり降ろされるはめになったのだ。本末転倒もいいところだ。


しかし、あの時はもしかしたら、時政様も心乱れておられたのかもな。

突然の病で息子、政範まさのり様が亡くなって間もなかったという話であるから。

朝雅様もその場に居合わせ、助けられなかったのを悔いておられる様子だった。


あの頃は俺を揶揄うのも忘れて、川辺を見つめておられたな。


あの時に気のきく言葉でもかけられたのならあの方の人生も少しは変えられたのやも…。

あいにく、右も左も分からぬ子ども。

それが分かっていたとしても、たまに悔やむよ。


結局、そのすぐ後に戦に行かれてしまい、気づけば、討たれていた。


多分、時政様達の申し出を断れなかったのだろう。

罪悪感がそうさせたのか?

あの方の心はもはや、推測するしかできないのが寂しい。


「私は朝雅様のようになるのはごめんです。おじさんだって無駄死には嫌でしょう?」

「武丸様のためなら、この命ぐらい…」


嘘ばっかり。復讐したいだけだろ。

それだって、本当のお前の言葉かどうかも怪しい。


今だって、おそらく義宗の中で義経公の念めいた物は蠢いているはずだ。


「やめてください」


静かに聞いていた因子様に腕を掴まれ、彼女に抱きすくめられる形で引っ張られる。


あぶない。気を抜いたら、彼女の上に覆いかぶさるところだった。

僧としてあるまじき行為だ。男としてもどうかと思う。


「義宗殿。貴方は武士ですから、戦狂なのは仕方ありませんが…」


そこは肯定してるのか。


「貞暁様を死にいざなう話はほどほどにして!」


まるで、彼女の心からの叫びのようにその場が静まり返る。


「因子様?」


彼女の瞳が少しばかり濡れている。

そうだった。彼女も友人を失くされている。

あまり、うかつに話す内容ではなかったな。


「謝ってほしいわけではありません。私も大きな声を出して申し訳ありません。お二人の言葉遊びだとは分かってはいるのです」


いや、言葉遊びではないんですが…。

とは、絶対口が裂けても言えない。


「悪かった。配慮にかけた」


素早く、土下座した義宗に正直驚いた。


「それこそ、やめてください。気持ち悪い」


おどけたように因子様は笑い、義宗に背中を向けた。


「貞暁様。あんな戦狂なんて放っておいて、行きましょう」


戦狂が定着してきそうで恐ろしい。


それよりも何とか話題を変えなくては…。


「ところで、因子様。昌家様にお返ししたいというのは?」

檜扇ひおうぎです」


因子様は美しい月が描かれた檜扇を開いた。


「見事ですね」

「そうでしょう」


微笑む因子様にホッとした。


しかし、その姿は霧がかかったように突然、見えなくなる。


――ッ!


「因子様!」


また、日が沈むには早すぎる時間だというのに、夜は星一つない真っ暗な世界へと変わっていく。


「おじさん?」


義宗の姿もない。


どこへ行った?


貞暁は一人、静かにこの状況を傍観したのであった。

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