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第27話 合流

「因子様!よかった。ご無事で…」


真っ暗闇の中に現れた因子様にホッとした。


「ほらな。呼べば出てきただろ?」


頭をかきながら、笑う義宗の様子に思わずため息をつきたくなる。


「何の話です?」


首を傾げる因子様にどう返したらよいのか?

まさか、飼い犬を呼ぶみたいに名前を連呼していましたとはさすがに言えない。

何か適当な言い回しはないものか?


「ああ…はぐれた姫さんを見つけるために大声で叫んでたんだ」


おい!折角、俺が気を回して話題に出さないようにしていたのに!

それにしても、大きな声であった。

俺の鼓膜大丈夫かな?


「私を山にしたんですか?」

「どういう意味だ?」

「やまびこですわよ」


おお~。

飼い犬扱いよりは良い表現だ。


「やまびこか!そんな感じだ。姫さんは上手いな」

「褒めてない。貴方って男は本当に失礼ですわね」

「照れるなよ。俺の声を頼りにここまで来たんだろ?」

「違います。貞暁様のお声が聞こえたからです。断じて、おじさんではありません」

「俺は姫さんのおじさんじゃねえ!」

「貞暁様の叔父なのですから、構わないではありませんの?私の事も姫さんと呼ぶんですから自業自得です」


すっげ~。次から次へと言葉の応酬が…。

この二人、何だか、凄く似た感じがする。


苦手だ。


いやいや。一人で引いてどうする。

人の個性を尊重してこそ、一人前の僧というものだ。

うんうん。きっと、俺が思っている以上に仲良しなんだな。


「貞暁様!何を一人で納得されておられるので?」

「ああ~。いえ。特に深い意味はありませんよ。こうして、合流出来てホッとしております」


あぶない。顔に出る所だった。


「それより、どうなっておられるのですか?もう、月が昇っているなんて。不気味ですわ」


相変わらず空は暗い。だが、変わった事もある。

さっきまではどこに立っているのか分からないほど、闇が続いていたが今は通りの石造りが確認できる。


風景からすると、術の中に入る前にいた場所と同じだな。

義宗の霊力で少しばかり、浄化されたからか?

いや、だが、今のこの男は肉と間違えて瘴気を食ったばかりだ。

いくら、強い力を持っていたとしても、悪疫がらみに対処する修行を一切していない義宗では立て続けに瘴気に干渉するのは難しい。


それなら一体…。


因子様の細い指が貞暁の腕に回された。


「因子様?」

「怖いですわ。貞暁様…」

「私のそばを離れないでください」

「はい!」


その瞬間、虫が這っているような感覚におそわれた。

俺はこの空間で母上の幻を見た。


「我々とはぐれている間、何か見ましたか?」


因子様の瞳は揺れ、そして、俯く。


「お話されたくないのなら、良いのです」


この反応からすると、見たのだな。

それなら、なおの事不思議だ。


耐性のある俺が抜け出せたのは分かるし、義宗もまあ、あれだからな。

しかし、因子様は違うはずだ。

俺の推測が正しければ、この術の本質は踏み入った者の命を吸い取る。

その力から這い出すのは容易ではない。

それでも、因子様は自我を保ったまま、俺達の元に舞い戻った。


そして、彼女の着物から香るこの感覚。


「もしや、因子様は…」


その先の言葉を紡ごうとしたところで、二人を交互に見やっていた義宗は合点がいったとばかりに笑い出した。


「ああ…。姫さんあれか。将軍の正室を狙っているのか?」


はあ?

また、コイツは何を言いだす事やから…。


「まあ、ぶしつけですわね。私と貞暁様はご友人ですのよ」

「そうですよ。おじさん。あまり、冗談が過ぎますと私もさすがに怒ります」


なぜか、“全部分かってますよ感”を出す義宗が肩を二度叩いてくる。


痛い!


「そう言うな。俺は構わないぞ。将軍たるもの女性の一人や二人!むしろ、嬉しい限りだ。今から、心得が出来ていると言う事だからな」


なんの心得だよ。欲してないからな。


「まあ、すでに好いた方が?」


なぜだか、腕にしがみつく因子様の力が強まった気がする。


「私は僧でございます。欲物的な感情は無縁でありますよ」

「僧だって人間でありましょう?少しぐらい…」


なぜ?

悲しそうなんです?


「大丈夫だ。そう言った物は後からついてくる」

「私は将軍になる気はありません。何度言えば…」


この手の話、前にもした気がするんだが?


「私はどんな貞暁様でも友人ですからね」

「えっと、ありがとうございます」


見上げてくる因子様に思わずうなづいた。


「俺は武丸様の一番の家人だ」


いや、それは許可した覚えはない。


そもそも、そんな事言っていいのか?


お前の中にいる義経公が騒ぎ出すぞ。

そっちの方が厄介だな。

この話は一旦、保留だ。

にしても、この二人、本当に息が合いすぎじゃねえ?

やっぱり、仲良いんだな。


「言っておきますが、呑気に会話している場合ではないんですよ。私達はまだ、謎の術の中に招かれたままなのですから」

「えっ!そうなのか?」

「まさか気づいておられなかったので?」

「いや、まあ…。おかしいなあとは思ってたぞ」


視線を泳いでいるあたり、言葉が真実とは思えないがな。

なんだろうな。図太いというのか、能天気というのか?


俺にはこの男を理解できる日は多分、来ないだろうな。


「悪鬼がかけた術ですか?」

「悪鬼は術などかけませんよ。奴らは喰らうか殺すかだけです」


まあ、住蘭みたいに悪鬼の式鬼化している人間ならあり得る話だが…。


「この空間から死者特有の匂いがかなり強い」

「それはつまり?」

「外法術の類かと…」


まだ、推測の域をでないが、その力に用いられるのは死に由来する物だからな。


再び、着物の擦れる音がした。

瘴気のうねりを感じる。


「うまそうな猪…」


はいはい。お前には食い物が見えてるんだな。


「浪子様…」


因子様の言葉にそういう事かと合点がいった。


そして、俺にはその瘴気の塊は母上に見えるんだよな。

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