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第39話 治療

貞暁は妙な冷や汗に悩まされながら、もう一度、定家に視線を移した。


やはり、発疹は出ている。

だが、それらが、先ほどよりも黒ずんでいる事にも気づいた。


通常の疱瘡ならば赤みを帯びるはずなのに…。


浮き出る発疹に手を添えてみた。

体中を這いまわるようなしびれが通り過ぎていく。


間違いない。


「これは疱瘡ではありません。お二人は鬼脂の瘴気にあてられている」

「どういうことです?ありえません。お父上様は慎重な方です。少しばかりの瘴気にすら神経をとがらせるというのに…」

「ですが、定家様は力を持たぬ方。どこかで鬼脂に接触したとしても、それが危険な物か無害かを判断するのは難しいでしょう」


そもそも、どのような経緯で体に取り込む事になったんだ?


「とにかく、お二人を寝かせましょう」

「分かりましたわ」


因子様と共に二枚の布団をその場に引き始めた。

義宗は両脇に定家様と通具様を抱える。


細身とはいえ、成人男性二人を軽々しく持ち上げるって、どんな鍛え方すれば、そんな芸当が身につくんだ?

鎌倉の武士がどれもこれも、お前みたいな奴ばかりだと考えたら、恐ろしくてますます、あの地が別世界に思えてくるよ。


貞暁の心の声も知らぬまま、義宗は敷かれた布団の上に両者をゆっくりと寝かせていく。


「鬼脂って言ったが、治せるのか?」

「どうでしょう。このような事は初めてでございますから」


鬼脂は外法術の素材として使われるのはよく知られているが、このように疱瘡の症状を招くなど聞いた事がない。


一体、この都で何が起きているんだ?


「治療法があるのかどうかも…」


待てよ。義宗の霊力なら、鬼脂に含まれる瘴気を破壊できるやも…。

いや、それは良い考えとはいえぬかも?

疱瘡が全体に広がっている。

ただでさえ、弱っている状況で霊力を送り込んだら、むしろ定家様達の体が持たない。


霊力は神聖な力とされているが、人に害を及ぼさないというわけではない。

瘴気を祓うように生きとし生ける者の命を奪う事も出来る。

ただ、それらを扱う術者の多くが人に対して使わないだけである。


そういう点では鬼力と大差ないものなのかもしれない。


「どうか、お父上様をお助けください」

「因子様…」


俺だって、助けたいよ。

ああっ!クソッ!


思わず握りしめる指先に小さな痛みが走った。

さっき、切った部位が染みているのか。


指先に血の痕が薄っすらと残っている。

血?

そう言えば、昔、ばあさんが言ってたな。


「武坊。お前はほんに不思議よのう…瘴気が面白いぐらいに集まってくるわい」

「俺の名前は武丸だ」

「一丁前に意見するでないわ」


豪快に笑うばあさんの美しい顔がよぎった。

別れて随分経つのに俺の人生にはどうやっても切り離せないようだな。


「因子様。昌家様のお屋敷で使用した小刀をまだ、お持ちですか?」

「えっ!ええ…」


因子様は不思議そうにしながら、小刀を手渡してくれる。


「ありがとうございます」

「それで何する気だ?」


義宗の鋭い視線が突き刺さる。


「私の鬼力には瘴気が集まってくるのです」


一か八かだ。


――グサッ!


自分の手に小刀を突き刺した。


「何を!」


悲鳴に近い声をあげる因子様。


「武丸様!」


義宗に捕まれた腕から血が滴っていく。


「大丈夫です」


鬼力は血に馴染みやすい。


貞暁は小さく息を吸い、流れる血を両手で合わせた。

頭の中でそれらが一つの糸のように紡いでいく姿を想像しながら、定家様の頬を包み込んだ。


――ハッ!


定家様の中に鬼力を編み込んだ血か吸収されていく。


「うっ!」


意識が持っていかれる。


白目が向くかと思った瞬間、手を放した。

俺の鬼力は額の所でとどまっている。


自ら、痛い思いをしたんだ。頼むぞ。

上手く言ってくれ。


祈る中、定家様の周りを蠢く瘴気が額に集まってくる。


「次はおじさんの番です」

「俺?」


小刀を義宗に向けた。刃は熱で熱してから使った方が本当は良いが、今はその時間がないからな。貞暁は漂っていた瘴気を鬼力でぬぐった。


「その力、貸してもらいます」


乱暴に義宗の腕を掴んだ。


重っ!


「少しだけ痛むだけです」

「おぅっ!俺の命、武丸様に預けた」

「そんな覚悟はいりません」


義宗の太い指に小刀を突き立て、針ほどの大きさの血をつける。


やはり、思った通り霊力が血に張り付いている。

どれだけ、大きな霊力を秘めてるんだよ。全く…。


感心と呆れが通り抜ける中、ゆっくりと血玉に息を吹きかけた。

すると、血は真っ白な枠に覆われて、輝く。

今は瘴気が一か所に集まっている。これなら、体の負担も減らせて、使う霊力も少なくて済む。血玉を乗せた小刀を定家様の額で弾けた。


それと同時に立ち込めていた瘴気も消えていく。


とりあえずは上手く言ったか?


定家様の脈を取ると規則正しいものに変わってきている。


よかった。発疹も引いてきている。


「おそらく、定家様はこのままお休みなされれば、回復されるでしょう。さて、次は通具様ですね」


あっ!やばい。

急に立ち上がったせいか、血を流したせいなのかふらついた。

しかし、倒れる前に因子様に腕を掴まれ、難を逃れる。


「通具様もお助けくださるのですか?その方は貞暁様を侮辱されたのに…」

「実直なだけですよ。因子様にとってもご親戚筋のはず。そのような物言いをなさらずとも…」

「叔母上を妻にしていた過去があるだけです。ですが、そうですね。少しきつかったかもしれません。どうも、私は口が悪いようですから」

「それこそ、素直なだけでございましょう」

「もう、貞暁様のそういうところ、考えものですわ」


因子様は裾で顔を隠しながら、俺の腕をなぜだか思いっきり振り回し始めた。


「武丸様はやはり、頼朝様のお子だな。女心もお手の物か…」


はあ?そこでなんで、出自の話になるんだよ!


「全く、冗談を言っている場合ではないでしょう。そもそも、厄介なのは通具様の方なのですから」


定家様は症状がまだ、軽かったから上手く言ったが、通具様はかなり重症だ。

さて、同じ方法で助けられるのか?

危機が去るのはまだ先のようだ。

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