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第44話 残された者達

「貞暁様はご無事でしょうか?心配ですわ」

「ああ~」


因子は眠る通具を扇ぎながら、縁側に腰を据える義宗に視線を向けた。


「なんです!その腑抜けた声は!」

「武丸様が戻ってくるって言うんだから、待つしかないだろう」

「貴方がそれをおっしゃるの?」

「はあ?」


この男ならあの方が乗った牛車の後を追いかけていくと思ったのに…。


「いつも、貞暁様を振り回していますのにね?」

「それは姫さんの方だろ!」


顔を見合わせる両者。


なぜだか、腹が立ってきて、仰ぐ檜扇の速度を上げる。


「まさか、自覚ないのか?」

「私が貞暁様を困らせるような真似をするはずないでしょう。友人なのですから」

「友人ねえ~」

「なんです?鼻につきますわ」

「姫さん、武丸様に惚れてるだろ!」

「なっ!何を馬鹿な…」


本当に失礼な方だわ。


通具様の額に檜扇の要を無意識のうちに押し当て、高ぶる感情を押し込めようした。


「なあ、それ、眠っている人間にやる行動じゃないだろ?」


規則正しい寝息を立てて、眠る通具様の顔には薄っすらと発疹が浮かび上がっている。


いけない。私ったら…。

浪子様の形見をぞんざいに扱うなんて…。


「動揺させるような事言わないでくださいませ。貞暁様がお留守の間にこの男が息絶えるような事態になったら、顔向けができません」

「定家殿も一緒だって事、忘れてないだろうな?」

「お父上様は大丈夫です」

「随分、信頼してるんだな」

「信頼ではありません。状況を見ているだけです。お父上様は朝廷の人間。むやみに手を出すほど幕府の者達も間抜けではないでしょうから」


鼻で笑う義宗。


「甘いな。武士ってやつらは血の気が多い。その気がなくたって刀に手が伸びる事もあるやもしれぬぞ」

「なんと!武士とはそこまで野蛮な連中でしたの!そういえば、住蘭に組した者達も愚行に手を染めておられました。ああ~。どうしましょう。地獄に住まう輩の住処に貞暁様とお父上様を送り込んでしまったなんて…。こうしてはおられません。もしもの時は因子が…」

「落ち着けって。冗談も通じないのかよ」

「それのどこが冗談になってますの!だから、武士は嫌いです」

「武丸様も武士に連なる人間だぞ」

「あの方は僧様です。武士になる事を拒否されているのに貴方と来たら…」

「だが、今のままでは絶対、結ばれぬぞ」


小さく息を吐く因子。


「そのような願望はありませんの。好いた者同士が必ず結ばれるなど誰が決めたのです?私の想いはそもそも成就した試しがありません。だから、貞暁様は大切な友人なのです」

「姫さん、好いているって認めてんじゃん」

「このっ!おじ…さん!私の話聞いていましたの?」


再び、怒りがこみあげてきて思わず、通具様の額を軽く檜扇で叩いてしまう。


「あっ!」

「その男を看病する気ないだろ!」

「まあ…不本意ではあります」

「なんで、そんな冷たいんだ?その御仁にどんな恨みがあるんだよ」

「私とはありません。ですが、お父上様から幼少期から聞かされてまいりました。この方の蛮行を…」

「それほど、ひどい男なのか?」

「そうです…」


唇をかみしめながら、通具を睨む因子の言葉を待つ義宗。


「えっと…。なんだったかしら?」


首を横にひねる因子の態度に拍子抜けした義宗は前方へと倒れ込んだ。


「ご自身の主が危険な時に何を遊んでらっしゃるの?」

「姫さんのせいだろ!」

「とにかく、この方の一族とは何かとあるんですわ。お父上様はあまり語りませんけれどね。頻繁に訪ねてこられるたびに機嫌が悪くなるんですもの」

「頻繁に?それは仲がいい証拠なんじゃねえ?」

「現右大臣かつ国母様のご親戚だから無下にできないだけです。本当なら塩でもかけて追い返したいぐらい。今回の事だって、この方が持ち込んだ妙奇薬がすべての元凶。何より許せないのは貞暁様を悪く言った事ですわ。それなのに、助けられた挙句、気持ちよさそうに眠っているなんて!息の根を止めてやりたいぐらい」

「おいおい。武士みたいに血の気が多くなってるぞ」

「冗談です」


檜扇で口元を隠し、因子は微笑んでみせる。


「それが公家流なのか?理解できねえな!」

「先に仕掛けたのはそちらですから、お返しですわ。本当にやるわけないでしょう。我が屋敷で右大臣の息子に死なれてしまえば、処罰は免れませんもの」

「屋敷以外ならやる気だったのか?」

「まさか…。ふふふっ!」

「俺も大概だと思うが、姫さんも同類かよ」

「おじさんみたいな下品な方と一緒になされるなんて最大級の屈辱ですわ」

「同情したのに、突き返すのかよ」

「まあ!同情してくださってたの?」

「そりゃあ、公家の人間関係って思っていた以上に複雑そうで大変だなとか…」

「意外ですわ。そのように感情の機微を読み取る能力があったとは」

「おい!俺をなんだと思ってるんだ?」

「戦脳筋馬鹿!」

「姫さん!」


思わず立ち上がった義宗の前に檜扇を刀に見立てて、差し出した。


「それ以上、近づくと大声を叫びますわ」

「今度は何だよ」

「思えば、今、この屋敷にいるのは意識のない通具様と私達だけ!時は夜這いの頃…。申し訳ないですけれど、おじさんに魅力は感じません」

「俺もだよ!」

「ですが、間違いがないとはいえません」

「いや、ねえよ」

「そこは嘘でも、綺麗ですよ?とかいう所でしょう!」

「先に吹っ掛けてきたのは姫さんの方だろ?俺にあたるなよ」

「そうですわね。元より武士の貴方に公家のしきたりを期待したのが愚かでした」

「分かればいいんだ」


いつもにも増して八倒したい気分だわ。

貞暁様もいつ戻られるか分かりませんし…。

ここに集まっている必要はないのかもしれないわ。


「通具様も眠っておられますし、私は寝殿に戻ります。何かありましたら、お呼びくださいませ」

「おうっ!休めよ」


眠れる気配はないですけれどね。

貞暁様。どうか、ご無事で…。

この因子。いつまでもお待ちしてます。

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