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第45話 京都守護

京都守護様が滞在する上屋敷は鴨川の東岸付近、六波羅ろくはらに置かれている。

北条家が貸し出しているという話もあり、かなり立派な門構えと広さである。

質素な装いの定家様の屋敷よりも豪勢に感じるのは公家が衰退し、武士の世になりつつあるという証拠なのかもしれないがな…。


そうは思っても、俺は居心地が悪すぎて倒れそう。

むしろ、倒れたい!


体面所と思われる大きな空間に通されてからそれほど時は立ってはいない。

何度か息を吐きだしても緊張は静まり返るどころか全身を震わせてくる。


だって、仕方がないじゃないか。


まるで俺を逃がさないとばかりに周囲を取り囲む十人以上の武士達の威圧感は見習い僧の俺には地獄でしかない。

特に孝道殿なんて、“いつでも斬れるぞ!”と言いたげに殺意も隠す気ないようである。


そんな中であるのに少し後ろに腰掛ける定家様は余裕そうに檜扇を仰いでる。

さすが、年の功。

いや、魑魅魍魎が住まう内裏に出入りするだけあって肝が据わっているのだろうな。

はあ…。ますます俺、場違い感に白目むきそうだ。


「これは、これは。貞暁様。御足労頂き、悪かったですな」


控えていた在京武士達が胤長殿と共に姿を現した男に頭をたれた。


この御仁が現京都守護。


中原季時なかはらのすえときだ。お見知りおきを…」


蓄えられた髭に鷹のような眼光。隠す気のない覇気に思わず吐き気がする。

“いつでも刀を抜けるぞ”という男の心の内が漏れてくるような錯覚にさせられる。

たしか、定家様と同年代だったと思うのだが、すべてが出来上がりすぎている。

この武者が熊と素手で戦ったと言われたら、多分信じる。

つわものである在京御家人を束ねなければならないのだから、こういった人物でなければ、務まらないのだろうな。


「藤原定家様もご一緒とは…。これまた、珍妙な組み合わせですな」


髭をさする季時殿は興味深げに目を細めた。


「私と一緒でしたら、先走りそうな武人も手を出しにくいでしょう。藤原定家に怪我でもさせたとなれば、一大事」

「おや、定家様はうぬぼれが過ぎるお方のようだ」


なんで、俺そっちのけで謎の戦い繰り広げ始めてるんです?


お二方から醸し出される殺気めいたものにあてられてチビりそう…。


「謙遜する必要もないでしょう。幸いな事に実朝様の覚えがよろしいようですから」

「鎌倉殿が和歌に精通なさっているからと言って、ご自分に危害が及ばないとおっしゃりたいか?」


そう言えば、実朝様は京にゆかりのある方をお傍に多く置いていると誰かが噂しているのを聞いた事があるが、和歌を嗜むというのは初耳だ。そうか。会ったこともない弟は繊細な感受性を持っておられるのかもしれないな。そりゃあ、定家様に興味を持たれるだろう。何せ、歌人として名だたるお方なのだから。


「それは、つまり、危害を加えるつもりでいると明言されているので?」


定家様は檜扇で口元を隠しながら、季時殿を射抜く。


京都守護と互角に渡り合ってる!

いつも瘴気に怯えている御仁と同一人物とは思えない。


「とんでもない」

「そうでしょうとも。秩序を守るべき幕府がいつまでも乱世のごとく血なまぐさいやり方で解決しようとしているとは思いたくありませんからな。これで鎌倉に招かれた際も安心できるというものです」

「おや、鎌倉に来る予定でもおありか?」

「今はまだ。されど、鎌倉殿にお会いしたいと何度か文を頂いた事がございます。良い歌も綴られておられましたよ。あれぞ、平和の世に相応しい将軍かと思いましたな」


やっぱり、口の勝負は定家様に分があるな。

さすが、公家。だが、その分、季時様の顔は怒りで歪んでいっている。

俺への危険度は増しただけな気がするんですがね。


「公家の言葉は理解に苦しみますな。私とて、何も無益な殺生を望むほど戦好きではありませぬよ。ですが、時と場合によりますな。例えば謀反とか…」


ほら、標的を俺に変えてきたじゃないですか!


「何の話でございましょうか?」


ここはすっとぼけるに限る。


「貞暁様は先日、よからぬ企みを潰してくださったとか?」


あっ!住蘭の件ね。


「たまたまでございます」

「ご謙遜は時に相手を傷つけますぞ」

「失礼しました」

「いいえ。分かってくださればそれよいのだ。我々ではなく、検非違使に助けを求めた事も特に気にしておりませんぞ」


それって、気にしてるって事だよな。

どうみても嫌味言われてるんだよな。今!

でもだからって、お前らに助けを求められるわけないだろ!


武士のほとんどは鎌倉幕府の意向に従い、任についているが事実はもう少し複雑だ。

京都守護を筆頭に在京御家人のあるじが鎌倉殿であるのは変わらない。

だが、検非違使や内裏などを守る西面武士達の主は朝廷である。


俺の命を狙っているのは幕府側の人間であるのは確実だ。

なぜなら、朝廷側には俺の命に値打ちがあっても、殺す価値はないはずだから。

この場にだって、もしかしたら刺客が紛れ込んでいてもおかしくはないのだ。

考えただけで、寒気がしてくる。


「京都守護様のお力を煩わせたくはありませんでしたゆえ」

「お気にせずともよろしいではありませぬか。貴方様が将軍となる日も来るかもしれぬであろう?」


空気感が一気に張り詰めていく。

明確な殺意が至る所で立ち上っていく。


やはり、俺をここに呼んだのは始末するためだ。

クソッ!


「そのような日がくるとは思えませんが…」

「だが、貴方様の母君のご実家はそうではない」


やっぱり、伊達家の件を引き合いにだされるか。


「私には関わりなき事に存じます」

「おやおや、貴方様のために立ち上がった伊達宗村殿を見捨てられるか?」


見捨てるも何も…。

本当に知らなかったんですが…。

謀反とか寝耳に水だったんですよ。

俺は京の都で穏やかに過ごしたんです。

それが無理なら高野山に引きこもりますから。


弁明したいが、絶対聞く耳持ってくれないんだろな。

義宗ですら、諦めないんだもん。


「貴方様の御祖父である宗村殿の行方もそろそろ、つかめる頃。戦を仕掛けるならさっさとなされればよかったのに。実朝様の死も近いかもしれませぬのに」


この男も結局、戦好きかよ。

待て。鎌倉殿が死ぬって?

どういうことだよ。

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