「仮にも主君の死が近いなどと、冗談にしては毒が強すぎるのでは?」
「おや、貞暁様の差し金ではないと?」
「京にいる私に何ができるというのでしょう?」
何でもかんでも俺のせいにするなよ。
腹の底が読めない京都守護の瞳がさらに細くなっていく。
こわっ!
俺、かみ殺されるのか?
相変わらず、控えている在京御家人達は静まり、息を殺している。
せめて、雑談ぐらいしてくれよ。
緊張が増すだろうが!
体面所はさらに暗闇が増していくようだ。
「それもそうですな。いくら貴方様が奇妙な術の使い手といえど、疫病を呼び寄せる事はできますまい」
鬼言が使える事を知っている!
なぜ?
「そのように驚かれる事もありますまい。貞暁様の噂は私…いや、わしの方にも伝わっておりますぞ。なんでも、瘴気を食して浄化なさるとか…」
はあ?
微妙に事実と異なってるんですが…。
「定家様もその力で懐柔されたのか?恐ろしい方だ」
京都守護たる季時様は胡坐の姿勢のまま、近づいてくる。
なぜ、距離つめてくるんですかね。
できれば、離れたい。
これが窮鼠猫を噛むという言葉の語源か?
ああ、なんだか吐きそう。
「京都守護様はほんに愉快な方だ」
閉じた檜扇が突然、季時様と俺の間にわって入り、その顎を抑え込んだ。
それが定家様が差し込んだ物だと気づくのに数秒かかる。
なぜだか、意味深な視線を向け合う定家様と季時様にどう声をかければいいか迷う。
本当にこの人達、なんなんだ?
とりあえず、圧が凄い。
歴戦の武者たる季時様はまだ分かるが定家様も殺気立っているのは疑問でしかない。
実はこの人もかなりの実力者とか?
いやあ~。さすがに考えすぎか。
瘴気に怯えまくってる定家様だぞ。
はははっ!
えっと、40歳を超えるとみんなこうなるとか?
はあ…。とりあえず、もう帰りてえ~。
――ズキッ!
頭まで痛くなってきたよ。
緊張しすぎて風邪でもひき始めたかな。
そういえば、さっき疫病とか言っていたような?
「実朝様はご病気なのですか?」
「疱瘡に見舞われたのだ」
疱瘡!
京だけではなく鎌倉でも流行り出しているのか?
「それも不思議な事に真っ黒でな。不気味であろう」
真っ黒!
定家様や通具様と同じ症状。
だとすると、まさか、妙奇薬がらみ?
どうする?
ここで余計な事を言えば、むしろ命がさらに短くなるだけやも…。
だが、何もしないというのは良心がとがめる。
「疱瘡と申しましたが、本当なのでしょうか?」
「何か心当たりがおありかな?」
季時様の太い腕が腰にささる刀に添えられる。
だから、俺を斬ろうとしないでくれ!
まだ、死にたくない。
「京の都でも疱瘡が流行っている事はご存じでしょうか?」
「う~ん。小耳にはな」
「では、話が早い。発症者の多くに真っ黒な発疹が出ているのでございます」
実際、見たのは定家様と通具様の二人だけだけどな。
「不思議な事だな」
「どうやら、妙奇薬なる薬玉が原因であるようでございます」
「すでにそこまで掴んでおられるのか?わしは貴方様を少し見くびっていたようだ」
「恐れ入ります」
見くびってもらってて良いんですよ。
変に期待されたらそれはそれで肩が張る。
「して、その妙奇薬とはどのような代物なので?」
さて、この京都守護が悪疫についてどれほどの知識をお持ちなのか分からない。
鬼脂の件も含めて、すべて話す事が得策なのか?
ああ、悩ましいな。
よし、探りを入れてみるか。
「かつて、陰陽師が危険と判断した外法術と縁のある代物によって作られた珍薬でございます」
「陰陽師か。京の都ではあまり聞かなくなった連中だな」
「鎌倉では違うはずでございましょう」
「そうだ。頼朝様は大勢の陰陽師を鎌倉に呼び寄せたからのう。だから、解せぬな」
ついに季時様は刀を抜き、俺の首筋にあてた。
言葉を間違えたかな…。
探りなどという甘い考えで京都守護と渡り合おうとしたのがそもそも悪い。
「定家様は動かれまぬように」
額から汗を垂らす定家様は季時様の圧がこもった声に動けずにいるようだ。
さっきまでの殺気と比べ物にならないほどの狂気にさらされている。
気分が悪い。
俺は武士じゃないんだぞ。
なんで、こんな目に合わなきゃ、ならないんだよ。
全部放っておいて、高野山に逃げればよかった。
ずっと、嘆いているが今言ったところですべてが遅い。
「実朝様の疱瘡が陰陽術由来の物ならば幕府に仕える陰陽師たちが何も言わぬわけはない。奴らがそれほどの腑抜けだとおっしゃりたいのか?」
「恐れながら、陰陽師様方が権勢をふるったのは100年は前の事。時は変わります。あの藤原道長様とて、公家に変わり、あなた方武士が台頭するなど考えもしなかったでしょう」
定家様の前で公家を悪く言うのは罪悪感がつのって仕方がないが、命がかかっているのだから許してぇ~!
「外法術に連なる書もほとんど出回らなくなった昨今、本物の狂気を目にした方々は減った事でございましょう。それは陰陽師様方とて同じ。少なくなったとはいえ、京の都にもまだ、陰陽師はおります。彼らもまた、内裏で精力を高めるという甘い謳い文句と共に出回っていた妙奇薬の存在に気づかなかったのですから」
むしろ、陰陽寮の陰陽師よりも魔問屋の店主のような民間陰陽師の方が知識を持っている時代だ。
「だが、貞暁様は気づいたのだな」
「奇妙な術に長けているとおっしゃられたのは京都守護様であられましょう。私は特殊な生い立ち故に人と違った物が視えるのでございます。あれは紛れもなく命を奪う毒でございます。この命にかけてもいい」
頼むから、納得してくれ!
「少し、頭に血が上ったようだ。申し訳ない」
「いえ…」
季時様は今にも首をはねそうな勢いの刀を鞘に戻した。
とりあえず、難は免れた。
思わず、息が漏れる中、
――「妙奇薬…」
――「そんなまさか…」
誰が発言しているのか分からないが小さな声が背中を通り抜けていく。
近くに控えている在京御家人達が動揺している?
もしや、内裏だけではなく妙奇薬は在京御家人にも広がっているのか?
うわっ!胃が痛くなってきた。
勘弁してくれよ。
下手したら今、この瞬間にも発症している人間がいるんじゃないだろうな。
眼球だけで周りを見渡すが、異変は感じられない。
妙奇薬の副作用は個人差があるようだから、まだ発症していないだけかもしれない。
だが、油断はできない。
もう、勝負に出るしかない。
貞暁は座り直した京都守護に頭を下げたのであった。