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第47話 覚悟

「京都守護様。鎌倉殿の疱瘡はおそらく人災によるものでございます。そして、魔の手は在京御家人にも忍び寄っていると考えてよろしいかと。ですが、私は彼らを罰したいわけではない。その毒によって、もたらされる被害を食い止めることこそが願いでございます。ですからどうか、そのお力で妙奇薬の回収をお命じしてくださいませ」


これでもかというほど、地面に額をこすりつけた。

喉が震える。

頼むから気分を害してまた、刀を抜くなんて真似はやめてくれよ。


「人災か?であるならば、誰かが実朝様に毒を持ったと言いたいのだな。その目ぼしは付いておるのかな」


どうする?

知っていると嘘つくべきか?

だが、下手な戯言が京都守護の役目を担っているこの男に通じるのか?


「私にはわかりかねます。ですから、まずは被害を最小限にするのが先決でありましょう」


ゆっくりと顔をあげ、未だ殺気立つ男を見上げた。

京都守護様はただ、まっすぐとこちらを見下ろしている。

恐怖でおかしくなりそうだ。

この時間、永遠と続くのか?

心臓が冷たくなっていく気がする。


「それもそうだな。よかろう」


えっ!

今、肯定の言葉が出たのか?


「お前達もよく聞いたな。妙奇薬なる毒を所持している者がいるなら明朝、我が寝殿の前に差し出すのだ。匿名で構わん。だがもし、この機会を過ぎてなお、持ち合わせていると発覚した際は、その場で首を斬ると心得ておけ。よいな」


――「はっ!」

――「承知いたしました」


まるで、小さな幕府の一幕を見ているように誰も彼もが中原季時という男に従っている。

これが京で最も力のある京都守護を任されている武士の貫禄か。


あの人もそうだったのだろうか。

目の前の京都守護よりもずっと若く優しかった人。


平賀様…。

貴方様も俺には見せぬ顔があったのだろうか?


「さて、これでよいか?貞暁様」


ねっとりとした音が混じった中原様の声に我に返る。

物思いにふけっている場合ではない。


「感謝いたします」

「まだ、お礼を言われるのは早いぞ。我が管轄化での妙奇薬を食い止められたとしても、内裏はそうもいかぬまい」


定家様は音を立てて、檜扇を開いた。


「そちらはお任せを…。内裏は公家の領分。私が手を回すと致しましょう」


貞暁は体を定家に向け、深々と頭を下げた。


「感謝いたします」

「いえいえ、これは内裏にとっても一大事にございます故なあ」


とりあえず、この件は両者に任せよう。

一介の僧ではこれが限界。


「だが、どうなさるおつもりか…貞暁様?」


今度は何だよ。

まだ、俺に何をさせる気で?


「妙奇薬が原因という疱瘡。治療法ももちろん、心得ておるのだろう?」


そう、来るか。

まあ、当然だよな。

でも、俺はそんなもの知らない。

ただの僧だぞ!


「当然ではありませぬか。実は私も妙奇薬による疱瘡に苦しめられていたのですが、貞暁殿のお力でこの通りでありますぞ」


その場で足ふみでもする勢いの定家様の頭を引っぱたきたくなった。


やめてくれよ。

状況がややこしくなる。


「ほぉ~。治療法をな。それは素晴らしい。ぜひとも、鎌倉にお戻り頂き実朝様を…」

「ちょっと待って…。待ってください」


なんで、鎌倉に戻るって話になってるんだよ。

絶対、無理だ。

あそこは俺にとってはかなり危険な地なんだぞ。

頼朝が何のために陰陽師をわざわざ、京から呼び寄せたと思ってるんだよ。

自分が生み出した悪疫を抑え込むためだろうが!


「定家様は症状が軽かったためにたまたま、疱瘡を鎮められただけでございます。他の方々も同じとは限りません。その証拠に定家様と共に疱瘡の症状が出ておられる公家の方も見ましたが完治までは至りませなんだ」

「ならば、弟君を見殺しにされるというのか?それこそ、謀反の疑いありとみなし、お命を奪わなければならなくなるが?」


正真正銘の脅しじゃん!

どうして、武士ってすぐに命のやり取りに持って行こうとするかな?

戦馴れしすぎて頭おかしくなってるんじゃねえ?


「とんでもない。どうか、しばしの猶予を頂きたく存じます。必ずや治療法を探して見せます」

「その言葉、信じてよろしいのかな?」

「はっ!僧ではありますが、一度口にした言葉を覆すような真似は致しません」


否定できる雰囲気じゃねえだろうが!

これで、無理ですなんて言ってみろ。

それこそ、もう命はない。


「だが、実朝様の症状は芳しくない。もし、治療法を見つけられないまま、あの方が亡くなった時は…」

「この命を持って、償うと致しましょう」


言い切った!

どうしよう。やってしまった。

俺は何で余計な事を…。

ああ。誰か助けて。

足もしびれて動けない。


しかもこの瞬間にも中原様は何も言わずにこちらを凝視しているだけだ。

静まり返る場の空気にいたたまれず、喉を鳴らした。


お願いしますよ。何か返答してください。

居心地が悪すぎて倒れそう。


そんな中、京都守護は突然、不敵な笑みを浮かべた。


今度はなんだよ!

悪鬼よりも恐ろしい!


「よい覚悟ですぞ。さすがは頼朝様のお子…」


いやいや、恐怖で動けないだけです…。

しかも、結局評価されるところは変わらないのかよ!

たくっ!

どいつもこいつも頼朝頼朝って…。

もう、どうでもいいや。

悪態をついたところで頼朝の名は付いて回る。

つまり、慣れろって事だ。


「今日は貴方様にお目見え出来てよかったですぞ」


俺は迷惑ですが…。


「私もこうして鎌倉ゆかりの方々とお会いでき、よい時間でございました」


それから連れてこられるなら日が昇っている時が良かった。

暗闇の中に影が浮かび上がる武士達は絵巻に出てくる鬼にすら見えてくる。

さっさとこんな場所から立ち去りたい。


その一心からふらつきながら、足を動かした。

指先が小刻みに震えている。

俺の体の血、ちゃんと巡ってるんだろうか?


背後に蠢く武士達の顔は今も恐ろしい。

俺、熊かなんかだと思われてる?

これでも頼朝の息子なんですが…。

恐怖が募りすぎて、頼朝の血筋だって事も肯定し始めている自分がいる。

本格的に参ってるな。

今日は何も考えずに寝よう。

それが一番の特効薬だ。


「それでは、お暇させていただきます」

「道中、気を付けて帰られよ」

「はっ!失礼いたします」


貞暁は頼朝の息子とは思えぬほど腰を低くして、深々と頭を下げる。


はあ…。でも、よかった。

とりあえず、命ある…!

いや、ちょっとだけ寿命が伸びただけだが…!

ううっ!これからどうするよ。俺!


治療法とかねえよ。

知らねえよ。

悪疫に足を突っ込んでるだけの僧に鎌倉殿の命運を握らせるな!


ああ…。逃げたい。

もう、泣こうかな。


それで解決すりゃあ、いいのによぉ。

照らす月を横目で見ても、妙案は浮かんでは来ない。

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