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第6話


パーティー会場の中心では、

アレクシスの誕生日を祝う音楽が鳴り響いている。

貴族たちがドレスやタキシードを翻しながら踊りを披露し、

華やかな笑い声があたりを満たす。


──私は、その輪に加わるつもりはない。

少し離れたテーブルで、揺れる人の波をただ眺めている。


「ソフィアさん、どうして踊らないんですか?」


耳に届く声は低く乾いて、まるで私を試すような響きがある。

くるりと振り向くと、そこにはアレクシスが立っていた。

唇の端を少し吊り上げ、嘲笑の気配を漂わせているのがわかる。


「だって、誘われていないもの」


軽く肩をすくめて答えると、アレクシスは鼻を鳴らした。

その視線が探しているのはおそらく――エドガー。


「エドガー様なら、人の波にまぎれて、

 パーティーが始まるなり消えたわ」


あっさりと言い放つと、アレクシスは大げさにため息をつく。

わざとらしく息を吐くその姿は、嫌味なほど嘲りを孕んでいる。


「僕の誕生日パーティーなのに、ソフィアさんがそんな態度では困りますね」


「私はここで静かにしているだけよ」


グラスの煌めきを見下ろしながら、微かに笑みを浮かべる。

周囲の貴族たちは、私を避けるように踊りの輪を作っている。

──演技を繕う必要もないし、むしろ好都合。


アレクシスは眉をひそめたまま、もう一度あたりを見回している。

そして、


「仕方ありませんね、母上」


普段は決して使わない「母上」という言葉を、あえて紡ぐ。

その低い調子には、どこか不穏な色が混じっていた。


「僕と踊りませんか?」


そう言って、小さな手を差し出してくる。

思わず目を見張る。アレクシスが、私を?


「あなたが私を?」


「ええ、僕は今日の主役ですからね。一人でいる可哀想な方を放っておくのは性分じゃないんです」


柔和そうな微笑みの裏側で、彼の瞳は冷ややかな光を帯びている。

返事を待たず、アレクシスは私の手首をぐっと引き寄せた。


「断るなんて、ありえませんよね?」


有無を言わせぬ圧。

重苦しい空気が胸に広がりかけた、そのとき――


「おい」


低く鋭い声が背後から割り込む。

視線をそちらに向けると、エドガーが立っていた。


つい先ほどまでは、私を避けるかのように人混みのなかへ颯爽と消えていった彼が、いまはまっすぐこちらへと向かって歩いてくる。

その様子に、アレクシスさえ息を呑んでいる。


「……ダンスを踊るか?」


不器用な言葉とともに、エドガーはぎこちなく手を差し伸べる。

思わず小さく息をのんで、それからわざとらしく驚いた声を出す。


「ええ、あなたが[[rb:私 > わたくし]]と?」


「断るのか?」


冷たい声色に混じる、ごくわずかな戸惑い。

その微妙な揺らぎを見逃さず、私の唇には自然と笑みが浮かぶ。


「まさか。喜んでお相手しますわ」


そっと彼の手を取ると、エドガーの肩が一瞬硬直したのがわかった。

その後ろから、アレクシスの焦った声が響く。


「父上! やめてください、それは魔女の術なんです!」


意味不明な言葉が叫ばれる中、

私はエドガーのリードに従い、ダンスフロアへ足を踏み入れる。


彼の不器用な手の置き方はわずかにぎこちなく、そのぎこちなさがかえって愛おしく思えてしまう。


「おかしいか?」


「いいえ。ただ、あなたが私を誘うなんて、

 ずいぶん珍しいこともあるものだと思って」


わざと挑発めいた口調で言うと、エドガーはそっけなく顔を背けながら、

音楽に合わせてリードを始めた。


──ふと目が合う。

その一瞬、彼の視線が揺らぎ、低くかすれた声で呟いた。


「……下手なリードですまない」


「いいえ。これ以上ないくらい素敵ですわ」


唇の端をわずかに上げてみせる。

すると、エドガーの表情がかすかに緩んだ気がした。

心の中では興奮が弾けそうなくらい湧き上がっていたけれど、

私はそれを理性で押し殺し、淑女の仮面を崩さないよう努める。


だけど、そのとき。

エドガーの動きが、一瞬、止まった。


「え?」


不安が波紋のように広がり、私は彼の背中に視線を落とす。

次の瞬間、まるで時間が凍りついたかのような衝撃が走った。


矢――。

深々と背中に突き刺さり、彼の心臓を貫いている。


エドガーの体が力なく崩れ落ちた。


だけど私は、その場で立ち尽くすほかなかった。

眼前で倒れ伏す彼に、声すらかけられない。


「エドガー……」


名を呼びたいのに喉が塞がって、何も発せられない。

世界が音を立てて崩れ去るような錯覚。

息ができない。頭がまっ白になる。


──彼の倒れた姿が、ぐにゃりと歪んで見えた。


何かが終わりを告げるかのように、会場中に悲鳴がこだまする。

私の中でも、何かが途切れるように崩れ落ちていく。


まるで、この世界が――最悪の結末を迎えたかのように。

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