パーティー会場の中心では、
アレクシスの誕生日を祝う音楽が鳴り響いている。
貴族たちがドレスやタキシードを翻しながら踊りを披露し、
華やかな笑い声があたりを満たす。
──私は、その輪に加わるつもりはない。
少し離れたテーブルで、揺れる人の波をただ眺めている。
「ソフィアさん、どうして踊らないんですか?」
耳に届く声は低く乾いて、まるで私を試すような響きがある。
くるりと振り向くと、そこにはアレクシスが立っていた。
唇の端を少し吊り上げ、嘲笑の気配を漂わせているのがわかる。
「だって、誘われていないもの」
軽く肩をすくめて答えると、アレクシスは鼻を鳴らした。
その視線が探しているのはおそらく――エドガー。
「エドガー様なら、人の波にまぎれて、
パーティーが始まるなり消えたわ」
あっさりと言い放つと、アレクシスは大げさにため息をつく。
わざとらしく息を吐くその姿は、嫌味なほど嘲りを孕んでいる。
「僕の誕生日パーティーなのに、ソフィアさんがそんな態度では困りますね」
「私はここで静かにしているだけよ」
グラスの煌めきを見下ろしながら、微かに笑みを浮かべる。
周囲の貴族たちは、私を避けるように踊りの輪を作っている。
──演技を繕う必要もないし、むしろ好都合。
アレクシスは眉をひそめたまま、もう一度あたりを見回している。
そして、
「仕方ありませんね、母上」
普段は決して使わない「母上」という言葉を、あえて紡ぐ。
その低い調子には、どこか不穏な色が混じっていた。
「僕と踊りませんか?」
そう言って、小さな手を差し出してくる。
思わず目を見張る。アレクシスが、私を?
「あなたが私を?」
「ええ、僕は今日の主役ですからね。一人でいる可哀想な方を放っておくのは性分じゃないんです」
柔和そうな微笑みの裏側で、彼の瞳は冷ややかな光を帯びている。
返事を待たず、アレクシスは私の手首をぐっと引き寄せた。
「断るなんて、ありえませんよね?」
有無を言わせぬ圧。
重苦しい空気が胸に広がりかけた、そのとき――
「おい」
低く鋭い声が背後から割り込む。
視線をそちらに向けると、エドガーが立っていた。
つい先ほどまでは、私を避けるかのように人混みのなかへ颯爽と消えていった彼が、いまはまっすぐこちらへと向かって歩いてくる。
その様子に、アレクシスさえ息を呑んでいる。
「……ダンスを踊るか?」
不器用な言葉とともに、エドガーはぎこちなく手を差し伸べる。
思わず小さく息をのんで、それからわざとらしく驚いた声を出す。
「ええ、あなたが[[rb:私 > わたくし]]と?」
「断るのか?」
冷たい声色に混じる、ごくわずかな戸惑い。
その微妙な揺らぎを見逃さず、私の唇には自然と笑みが浮かぶ。
「まさか。喜んでお相手しますわ」
そっと彼の手を取ると、エドガーの肩が一瞬硬直したのがわかった。
その後ろから、アレクシスの焦った声が響く。
「父上! やめてください、それは魔女の術なんです!」
意味不明な言葉が叫ばれる中、
私はエドガーのリードに従い、ダンスフロアへ足を踏み入れる。
彼の不器用な手の置き方はわずかにぎこちなく、そのぎこちなさがかえって愛おしく思えてしまう。
「おかしいか?」
「いいえ。ただ、あなたが私を誘うなんて、
ずいぶん珍しいこともあるものだと思って」
わざと挑発めいた口調で言うと、エドガーはそっけなく顔を背けながら、
音楽に合わせてリードを始めた。
──ふと目が合う。
その一瞬、彼の視線が揺らぎ、低くかすれた声で呟いた。
「……下手なリードですまない」
「いいえ。これ以上ないくらい素敵ですわ」
唇の端をわずかに上げてみせる。
すると、エドガーの表情がかすかに緩んだ気がした。
心の中では興奮が弾けそうなくらい湧き上がっていたけれど、
私はそれを理性で押し殺し、淑女の仮面を崩さないよう努める。
だけど、そのとき。
エドガーの動きが、一瞬、止まった。
「え?」
不安が波紋のように広がり、私は彼の背中に視線を落とす。
次の瞬間、まるで時間が凍りついたかのような衝撃が走った。
矢――。
深々と背中に突き刺さり、彼の心臓を貫いている。
エドガーの体が力なく崩れ落ちた。
だけど私は、その場で立ち尽くすほかなかった。
眼前で倒れ伏す彼に、声すらかけられない。
「エドガー……」
名を呼びたいのに喉が塞がって、何も発せられない。
世界が音を立てて崩れ去るような錯覚。
息ができない。頭がまっ白になる。
──彼の倒れた姿が、ぐにゃりと歪んで見えた。
何かが終わりを告げるかのように、会場中に悲鳴がこだまする。
私の中でも、何かが途切れるように崩れ落ちていく。
まるで、この世界が――最悪の結末を迎えたかのように。