目の前で、推し──エドガーが命を落としかけた。
いや、背中を貫いた矢は、どう見ても致命傷。
これでは、もう助からないかもしれない。
頭の中が真っ白になり、体が小刻みに震え始める。
現実と幻覚の境界が曖昧になっていくようだ。
(……こんなの、信じられない。
推しが、このままいなくなるなんて。
彼がいるから、私はこの世界で生きてこられたのに。
彼がいなくなったら、私には何も――)
そのとき、アレクシスの声が鋭く耳を刺す。
「父上……!」
ハッとして彼の方を振り向くと、目が合った。
その瞬間、背中に矢を受けて倒れたはずのエドガーが、かすかに体を動かし、低く落ち着いた声を漏らす。
「皆、大丈夫だ。」
嘘のように、エドガーは矢を背中に突き立てたまま立ち上がった。
「これは幻覚魔法だ。」
ぐい、と矢をつかんで引き抜くと、それは光の粒になって消えていく。
「一瞬気づかず、俺としたことが取り乱したが……怪我も何もない。」
まるで何事もなかったかのように冷静に言い放つエドガーに、私は声を失ったまま立ち尽くすしかない。
「しかし、一体誰がこんなことを仕掛けた……?」
周囲を鋭く見回すエドガーの瞳が、不意にこちらを向く。
その視線に、背筋が凍るような、深い憎悪の気配を感じた。
思わず喉が詰まり、息を呑む。
「ソフィア……?」
エドガーの表情が驚きに大きく見開かれる。
息をのむように私を見つめる、その様子を周囲も固唾を呑んで見守っている。
(今の私……どんな顔をしてるの?)
胸がせわしなく高鳴り、背中に冷たい汗がにじむ。
アレクシスまでが「おばさん……? ど、どうしたの?」と困惑気味に私を見つめる。
そのときだ。
一人の女性が駆け寄り、私の肩をそっと支えてくれた。
「ソフィア様、大丈夫ですか? エドガー様はご無事ですよ。どうかご安心を。」
その声が、胸の奥に深く染み渡る。
エドガーが無事だという事実が、私の心をふっと軽くする。
……そのはず、だった。
けれど、次の瞬間、胸の奥から突き上げるような苦しみが突然襲ってきた。
「……ヒュッ……!」
喉が詰まって、呼吸ができない。
まるで体内が凍りついたように冷たく、痛いほど息苦しい。
「ゆっくり、息をして──」
やさしい声が聞こえるのに、頭の中をぐるぐる回る眩暈がすべてをかき消していく。
言葉が届かない。目の前の景色がにじんで、ゆらゆらと揺れる。
「誰か、医者を呼べ!」
エドガーの声が聞こえる。
けれど、それさえも遠くに聞こえて、まるで別世界の出来事みたいだ。
足元から崩れ落ちるように、私は膝をついた。
ぼんやりした視界の隅に、慌てて駆け寄る人影が映るけれど、
何が起きているのかさっぱりわからない。
体が氷に閉ざされていくようだ。
沈み込むような、重く冷たい暗闇が意識を覆う。
「ソフィア……!」
遠くで、エドガーの声が、私の名を呼んでいる。
けれど私はもう、応えられない。
どうしてだろう。
動かない体をやきもきしながら、まぶたが降りていくのをどうすることもできない。
意識の最後の端で、エドガーの姿だけを探しながら、私は深い闇へと落ちていった。